寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

寺田正夫 高等学校へいく(213)

2017年08月10日 22時43分12秒 | 寓話

「今朝は二人でのお食事になりました。お祖母様は、お祖父様の

ところでお食事をするそうです」

「そうだ、お祖父様にお早うを言ってこなくちゃ」

「お祖父様はお食事の後、身体を清めてからお会いできるわ。そ

れまで待ってて下さるかしら」

「もちろんです」

「それでは食事にしましょうね」

 といって明子は味噌汁をおわんに注ぎ、ご飯をよそって正夫と

自分の前に並べた。こういうときの明子はまるで正夫の母か姉の

ように振る舞っていた。いや妻のようにといった方が当たってい

るかもしれない。

「いただきます」

「いただきます」

 といって食べ始めた。この家で食べるものの味は、どんなダシを

使っているのか判らないけ正夫にとってはなんとも言えないもの

だった。もちろん正夫の作るものは煮干し汁と鰹節を使っている

ので味は悪くない。が明子の家の食物を食べると自分の作るもの

は何か物足りなかった。明子に聞いたが、これは秘密ですと言っ

て教えてくれなかった。しかし後で教えてくれたのは、鰹節の代わ

りにあごだしというものを使うこともあるといっていた。それか

ら重要なのは昆布だしを使うということだった。正夫の家ではお

正月の煮物やお雑煮に使うが普段は使うことがなかった。でも明

子の家の味を覚えるまでは大変だと思った。

 食事の後正夫の家では、お茶を飲むことは両親がいるときだけ

で、それ以外はのときは白湯を飲むのが普通だった。明子の家で

はお茶、紅茶、コーヒーなど好きなものを飲むことが出来た。時

々抹茶も飲むことも出来た。

「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「ごちそうさまでした。お粗末様でした」

 と明子が言った。このとき明子は正夫が緊張している様子に気

がついた。明子はどうやったら正夫の緊張を解くとが出来るか考

えた。今の状態で明子の家から大川高校へ通学することに少し不

安を感じたからだ。それにもう一つ緊張する原因があることに気

がついた。正夫が明子の家から通学することを両親にどうやって

納得してもらうか考えているのだろう。このことに明子は何も力

になれないことを歯がゆい思いだった。正夫についていって説明

することは不可能だった。

 食事の後片付けを正夫に手伝ってもらった明子は、

「片付けが済んだら私と少しお話ししてくれないかしら」

「もちろんいいよ。アコと話をするのは楽しみだからね。それに

してもアコから言い出すなんて何かいつもと違うね」

「だいじなことなの。お茶は何がいいかしら」

「紅茶を飲みたいなあ。もしかして赤ちゃんが出来たとか?」

「そんなに早く赤ちゃんが出来たかどうかわ判らないわよ」

「そうなの。後は何か大事な話というと....。判らないや。

それじゃカウチの方へいこうか。それともアコの部屋がいいかな

あ」

「そうね、私の部屋にしましょう」

「わかった。お茶が入るまでここで新聞を少し読んでるね」

「はーい」

 正夫は久しぶりに新聞を読んだ。正夫の興味がある記事は、ビ

キニ環礁で行われた水素爆弾による被爆者のその後の状態だった。

幸いなことに被爆死亡者がいるという記事はなかった。それから、

京都のある中学校で変な授業が行われているという事件の顛末が

でていた。この事件はその中学校で教職員組合に所属する教員が

行う授業と教育委員会の実施する授業が並列で行われているとい

うことだ。中学生はとんだ迷惑なことにあっていると言うことだ

。戦争が終わる前までは教育委員会というのはなかったというこ

とだったが、敗戦後に外国の教育法が採用され教育委員会という

のが出来た。これがまた敗戦後、教職員組合というのが出来て、

そこに所属する教員とが対立することがしばしば発生していると

いう。そういえば、正夫は中学二年生のときのことを思い出した。

あのとき担任の教諭に暴行を受けた生徒は教育委員会へいことし

た。そうしたら教頭先生が必至にそれだけは止めてくれといって

止めた。生徒はそれで教育委員会へ行くのをやめた。あれは、も

しかしたら中学校の教員の不祥事を教育委員会に知られたくなか

ったから必至に止めたのかもしれない。そのせいか生徒たちには

何も起きなかったのだと思った。

 何かの事件が起きると、正夫は自分の周りにもごく普通に同じよ

うなことがあることなのかもしれない。

「マオさん、お茶が入りましたよ。私の部屋へ行きましょう」

「はい」

 二人は二階の明子の部屋へ入った。カウチに腰掛けるとテーブル

にトレーをおいてお茶を正夫の前に置いた。明子の座るところにも

お茶をおいて明子が座った。

「話ってなんだい。なんでもいってごらん」

「聞きたいのは、マオさんは4月からこの家から大川高校へ通学して

くれるのよね」

「それはみんなで話し合ったことだからそうさせてもらうつもりだ

けど、なにか不都合が出てきたのかい」

「ううん。そうじゃなくて、マオさんがご両親にどうお話しするのか

と思って心配していたの」

「そのことはね、後でお祖父様にお願いしたいことがあるんだけど

ね」

「どんなことなのかしら。私に何かお手伝いできることがあるかし

ら」

「今のところ判らないけれど、お願いすることが出来たら、そのと

きはお願いするよ」

「絶対話して下さいね」

「よろしくね」

「お祖父様にはどんなことをお話しするのかしら」

「僕の立場をしっかりしておいた方がよいかもしれないと思ってね。

例えば何の名目もなしにここに住まわせてもらうというのは難し

いと思うんだ。それで、高名な先生の書生という身分にしていた

だくことが出来ないか、お願いしたいんだけどね」

「そうかあ、それなら十分理由になるわね。お祖父様がどんなに偉

い方かどうか判らないのだけど」

「昔から、”灯台もと暗し”っていうからね。僕もついこの前知ったば

かりなんだけどね、大川高校の理科の先生方が一度お会いしたい

というほど高名な方らしいんだよ」

「そうなの。何か人と違うという気はしていたんだけどね」

 正夫は明子に自分の考えを話した。明子はその案に賛成した。

只野はどう考えるだろう。明子は、

「ちょっと持っててね、おじいさまの都合を聞いてくるから」

 正夫は紅茶を飲んで待っていたが、2,3分間後に明子が戻って

きた。

「お祖父様がお話を聞きたいといっています。正夫さんさあ行きま

しょう」

「お祖父様はなんというかしらね。ちょっと心配だよ」

「大丈夫よ。お祖父様は私のためになることなら大抵のことは聞い

て下さるわよ」

 正夫は明子について只野の部屋に向かった。正夫はドアを軽く

叩くと「どうぞ。お入りなさい」

 という返事が戻ってきた。正夫はドアを開けて先に入り、明子

が続いて部屋に入って只野の近くへ行った。只野はいつものよう

にベットの背当てを起こして寄りかかり新聞をようんでいた。

「そこへお掛けなさい」

 といって二つ並べてあった椅子に二人を座らせた。

「正夫君、何か私に話したいことがあるそうじゃね」

「はい、お願いがあって伺いました」

「正夫君、そんなに堅苦しいしゃべり方は終わりにしましょう」

「はい、判りました」

「その話というのはどんなことかね」

「はい昨日、新学期からこちらから高校へ通学させていただくこと

になりましたが、そのことでお願いがあります」

「判りました。何でもいって下され」

「それでは申しあげます。こちらから高校へ通学させていただくの

は、この上ないことと喜んでいます。そこで出来ましたら、只野

さんの書生という身分にしていただければ両親に話しやすいので

すが。そのようにお願いできますでしょうか」

「これは私としたことが、そこまで考えていませんでしたね。よろ

しいでしょう。正夫君を私の書生ということに決めましょう。そ

れですべてがうまくいくでしょう」

「ご承知下さってありがとうございます。この家で僕に出来ること

があったら何でもしますので申しつけて下さい」

「正夫君には、この家で勉強してもらうのが目的ですから決まった

仕事などはありません。いや一つありますかな」

「それはどんなことでしょうか」

「この家で一番難しい仕事かもしれませんぞ」

「お祖父様、正夫さんの勉強の邪魔になることはさせちゃダメです

よ」

「ほれ、ご覧の通りです。仕事というのは明子の面倒を見てあげて

ほしいということですよ。明子、それでよかったかな」

「お祖父様ったら、ありがとうございます。正夫さんよろしくお願

いします」

 正夫は二人のやりとりを楽しく見ていた。

「判りました。明子さんお手柔らかにお願いしますよ」

「正夫さんまで」

「それで何か書き付けのようなものを書きますかな」

「それは多分不要だと思います」

「それでいるから来て下さるのかね」

「4月5日頃に参りたいと思います。それでよろしいでしょうか」

「結構ですな。明子、よかったな。引っ越しの荷物はどのくらいあ

るのじゃろうか」

「着替えと書籍が少々と学校の道具だけですから大きな風呂敷包み

で間に合うと思います」

「着替えも持ってこなくてもいいのじゃが、明子が揃えておいてく

れるじゃろう。明子頼みましたよ」

 明子はニコニコして、

「それは任せておいて下さい。いいわねマオさん」

「ご面倒をおかけします。よろしくお願いします」

 ということで何も心配することがなくなった。正夫は”うむは案

ずるよりもやすし”だと思った。ただ言葉遣いにまだ不安があった。

目上の人に対して失礼の無い話し方を学ばなければいけないなあ

と思った。

 その後、正夫と明子はお祖父様としばらく雑談をして明子の部

屋へ戻った。

「アコさんありがとう。これで何の心配も無くなった。4月から一

緒に通学できるね。でも本当にこれでいいのかなあ」

「何いってるんですか。お祖父様が進めた話ですから、何も問題は

ありませんよ。もうそういうことは考えないでいいのよ」

「わかった」

 ということになった。正夫はまだ戸惑いを持っていたが、それ

を顔に出さないことにした。

 

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