寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

寺田正夫 高等学校へ行く(134)

2017年04月29日 18時58分08秒 | 寓話

 展示室へ戻ると早速、健樹が近づいてきた。

「正夫。あの子は静かに帰ったのか」

「特に騒ぐようなことはなかったぜ」

「それはよかった。今ちょうどお客さんが途切れたところだ。

1年生に食事に行ってこいって言ったところさ」

「正夫はもてるんだなあ。どうしてなのかなあ」

「それには一つ心当たりがあるのさ」

「なんだい。教えろよ」

「多分、言葉の問題だと思うんだ。俺は東京から諏訪村に来て

からずーっと言葉では少し苦労してきたんだ」

「それはわかるな」

「俺は諏訪村の子のしゃべりかたをまねすると、みんながおか

しいと言って笑ったんだ。それで俺はそれなら普通に使ってい

た言葉で話すことにした。俺の話すことは彼らには理解できる

んだが、困ったことに彼らが話す言葉が理解できない。すると

彼らの方で俺の話し方のまねをするようになった。だから、少

なくとも俺のいたクラスというか学年では奇妙な日本語がはや

ってしまった」

「それは分かるな」

「それは俺が諏訪村に来た初めの頃の俺と同じ状態になったんだ

な。けどな、彼らは中学を卒業すると例えば東京へ就職してい

く子がたくさんいたので、なんとか東京の言葉というか教科書

に出ている言葉を発音まで含めて勉強したんだ。それはもうみん

な懸命だった。ちょうど俺たちが英語の勉強をしているのと同じ

ような状態になったんだ」

「なるほどな。中学を卒業してすぐ親元から遠く離れたところへ

就職するというのは大変なことだし、言葉でハンデキャップを背

負いたくないというのも分かるな」

「それで俺のことを怖いと思いながらも近づいてくる子がたくさ

んいた。その中でも積極的に近づいてくるのがいた。しかし俺は

特別に親しい付き合いはしないことにした。というのは、俺はい

ずれ諏訪村から出て行くことを決めていたからな」

「正夫はそこが偉いと思うんだ」

「別に偉いということじゃないけど、漢詩で出てきただろう。”男

子志を立てて郷関を出ず 学もしならずんば死すとも帰らず” な

んて心境じゃないがというのは郷関を出ずというところが違うか

らな」

「それは言葉のアヤというもんだぜ」

「少なくとも今の俺には、決めた目標があるからそのために全力を

注がなければならないんだ」

「なるほど。そういうところが彼女らにはピーンと感じるのかなあ」

「なんだい変な感心するなよ」

「ところで、それはそれとしてさ正夫は誰か好きな人がいるんじゃ

ないのか。例えば諏訪村から大川女子校へ通っている女生徒とか

さ」

「何でそんな話になるんだい」

「実はな、この前正夫と付き合いたいという子がいたろ、あの子が

正夫のことを諏訪村から通学している同級生に何かを頼んだらしい

んだ。そうしたら、その同級生は、彼には決まった人がいるから

諦めた方がいいと言われたって言うんだ。それで諦めたらしいん

だな」

「なんだか生臭いことになってきたな。俺は身体がもう一つあれば

助かると思っているほどいろんなことをしなければならないんだ

ぜ。そんな人ができるわけないだろうが。これは例の子には絶対

言うなよ。変な期待を持たれるとやっかいだからな」

「それは絶対言わないさ。なんだか俺も彼女らと同じ考え方をして

しまったようだ。悪く思わないでくれ」

「この種の話はやめようぜ。俺たちにはもっとやらなければならな

いことが山ほどあるんだから」

 1年生が食事から戻ってきた。正夫と健樹は、1年生の労をね

ぎらって大学芋を食べに連れて行こうと話していた。しかし、部

長は今日は展示終了後打ち上げ会をやるので後片付けは明日やる

ことになったと伝えていた。それで正夫達は1年生にご苦労さん

会を明日やると伝えた。

 展示はあと3時間で終了する。午後は来場者が切れ目無く続い

てきた。そのために部員は全員が総出で説明に当たった。そして

午後4時になり入り口の扉が閉め切られた。今年の学園祭は無事

終了した。不思議なことに扉を閉めると誰も来なくなった。昨年

はその後も戸をたたいて見学したいという人が数人はいた。

 結局最後の見学者がいなくなったのは午後5時近くになった。

とりあえず1列だけ実験台の上を片付けて、そこに牛乳とジュース

が人数分置かれちょっとした駄菓子瓦半紙の上に配られた。それか

ら顧問の先生方をお迎えしてご苦労さん会見反省会が開かれた。

 1年生から幾つか上級生に質問が出てそれを3年生が答えた。最

後に顧問の先生から労いのお話がありそれでお開きになった。

 正夫は今日は早く帰ると言って、健樹とまた明日と言って自転車

置き場へ行った。

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