寓居人の独言

身の回りのことや日々の出来事の感想そして楽しかった思い出話

寺田正夫 高等学校へいく(180)    

2017年06月16日 16時17分51秒 | 寓話

 1月は瞬く間に終わってしまった。3学期は中間試験がない

ので3月の学年末試験で3年次のクラス編成の順位が決まるこ

とになる。正夫は日本史を選択しないので関係ないが、日本史

を履修する生徒は順位を少しでも上げようと血眼になっていた。

正夫は彼らに負けないように頑張って勉強した。学期末試験は、

3月10日から始まり、3日間で終了した。翌日の土曜日は休

日にだった。

  正夫は明子と約束していたので、弘に断って明子の家を訪ね

た。東北本線への乗換駅まで来ていた明子は、列車から降りた

正夫みつけると、正夫の方へ駆け寄ってきて、飛びついた。正

夫は他人の目を気にしたが誰もホームにいなかったので安心し

た。

「マオさん、会いたかったわ。元気、風邪引かなかった」

「アコ、僕も会いたいのを我慢していた。会えてよかった。ア

コの方こそ元気でいた」

「私は元気でいたわ」

 10分間ほど待合室で待っていると東北本線の列車がホー

ムに入ってきた。

 二人は手をつないで列車に乗り込んだ。土曜日なので客車

の中はがら空きだった。二人だけの貸し切り車両のようだっ

た。

「アコさん。おじいさまの容体はどう」

「寒いうちは辛そうに見えるときもあったけど、3月に入って

からは起き上がって庭に出たりできるようになったわ。それ

とおばあさまが少しやつれてきたのも心配なの」

「僕がお邪魔したら迷惑じゃないかなあ」

「どうしてそう思うの。おじいさまもおばあさまも毎日のよう

に正夫君は今度いつ来るんだって聞くのよ。学期末試験が終

わったら必ず来て下さるわっていうとずいぶん先だなあなん

ていってるのよ。だから今日来てくれるわよっていったら、

とっても喜んでいたわ」

「そう。僕もおじいさまともお話ししたいし、おばあさまの料

理も食べたい。もちろんアコとレコードも聴きたい。ごめん

ね自分のことばかり言ってしまって」

「そんなことないわ。マオさんがおじいさま達のことを気にか

けてくれていることが分かって嬉しいわ。それに約束通り私

に会いに来てくれたんですもの」

 話に夢中になっていたら、降車駅にすぐ着いてしまった。

正夫はホームに下りて松島湾をみた。3月中旬の海は温かい

日差しの中に少しかすんで見えた。

  二人はホームの階段を下りて、改札口に向かった。明子は駅

員に挨拶をして外へ出た。正夫も続いて外に出た。いつものよ

うに海岸通りを北に進んだ。さすがに町中では手をつながなか

った。でも明子はずーっとしゃべり通しだった。そんな明子を

正夫は愛おしくて仕方なかった。

 明子は八百屋と肉屋で買い物をした。店の人が何かを言って

明子をからかった。明子はそれに対してニコニコしながら返事

を返していた。そして正夫を店の人に紹介した。正夫はおどお

どしながら挨拶した。

「どうも、正夫です」

「お似合いね。かわいいわ」

 正夫は顔がほてるのを感じた。きっと赤くなっていると思っ

た。正夫は明子の買い物の荷物を持った。正夫はお土産を持っ

ていないことに気がついた。明子にそのことを言うと明子は、

「マオさんはそんなことを心配しないでいいのよ。来て下さる

ことが一番嬉しいことなのだから」

「ありがとう。アコ、君を大好きだよ」

「私もよ。マオさん大好き」

 二人は顔を見合わせてニッコリしあった。丘への道へ入ると

二人は手をつないだ。明子の家が見えてきた。庭に二人の人影

が見えた。只野夫妻だった。正夫と明子に気がついて、二人は

門の方へ近寄ってきた。正夫と明子は早足になって門へ近づい

た。正夫が門に入ると、おじいさんが杖をついて近づき正夫を

抱きしまた。正夫もおじいさんを抱きしめ背中を優しく叩いた。

明子は目を潤ませてそれを見ていた。正夫も目頭が熱くなるの

を押さえることができなかった。正夫は挨拶もしていなかった

ことに気がついた。おじいさんが正夫の身体を離したので改め

て挨拶をした。四人は連れだって家に入った。明子はキッチン

へ買い物をもって行き、おばあさんに渡した。二人で飲み物の

用意をしてもってきてカウチのテーブルの上に置いた。

「おじいさま、おばあさまご無沙汰していました。今日もお招

きいただきましてありがとうございます」

「正夫君よくおいで下さった。ありがとう」

「お体はいかがですか」

「そう、春になって温かくなったら大分楽になりました。気を

遣わせてすまなかったね」

「ほんとによく来て下さいました。正夫さんも元気にしていま

したか」

「お陰さまで、この通りです」

 正夫は胸を張って見せた。

「最近また身長が伸びました。胸囲も大きくなりました」

「それはそれは、結構なことです。若い人が元気で丈夫という

のは頼もしいです」

「兄が野菜をとれるようになったら、お届けしたいと言ってい

ました。それから5月末から7月頃までの間、イチゴがたくさ

ん採れます。それも楽しみに待っていて下さい」

「ほう、正夫君の家の畑にはイチゴも植えてあるのですか」

「はい。時期になると隣町へ毎日売りに行くんですが、取り切

れないものは近所の人たちに分けるほどできます」

「それは楽しみですね」

「ほんとにねえ」

 正夫が只野夫妻と話している間、明子はニコニコして眺めて

いた。明子は、正夫が祖父母と話をするのを見るのが楽しかっ

た。

 しばらく正夫と話していたおじいさんが疲れを見せたので明

子がおばあさんに合図をした。おばあさんがおじいさんにそれ

となく、お話しはまた後にしましょうと言った。おじいさんは

肯いて、正夫君またお話ししましょうと言って階段の方へいっ

た。正夫は近寄っておじいさんの脇の下に腕を入れ支えて階段

を上がっていった。明子もその後について階段を上がった。正

夫はおじいさんを寝台に寝かせて、明子と二人でかけ布団をそ

っと掛けた。おばあさんはその様子を見ていたが、目頭を押さ

えていた。

「また後でお話しを聞かせていただきたいので少しお休み下さ

い」

「ありがとう。正夫君」

 おばあさんを残して正夫と明子は静かに階段を下りた。応接

間へ入った明子は、

「マオさんありがとう」

「気にしないで。アコのおじいさまは、僕のおじいさまでもあ

るんだから」

「.....」

 明子はジッーと正夫を見つめていた。正夫は明子の手をとっ

て自分の方へ引き寄せた。

「アコにお願いがあるんだけど」

「マオさんのお願いってどんなこと。マオさんの言うことは何

でもききます」

「アコはもうやってるんだと思うのだけど、おじいさまに前と

同じようにしてほしいんだけど」

「そうね、私まで暗い顔をしたら、この家全体が沈んでしまう

ものね。気をつけるわ」

「泣きたくなったときは僕の胸でよければ貸してあげるよ。僕

の胸で思いっきり泣くといい、僕はアコを支えていくからね」

 明子は心から正夫を信じるようになった。今までは一抹の不

安があったけれど今はそれが氷解した。

 正夫と明子はほんとの意味で信じ合うことができるようにな

った。

 

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