タローさんちの、えんがわ

京都在住のアーティスト・きしもとタローの、日々をかきとめるブログ。音楽とか笛とか人とか…美しいものたち。

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遅ればせながら…8/9 『空のささやき、鳥のうた』 全国一斉発売

2015-08-03 00:00:00 | お知らせ


引っ越して早8か月。このブログで、その報告も未だ出来ないままで何ですが(笑)遅ればせながら…2013年暮れに完成した最新作品『空のささやき、鳥のうた(8曲入りCDの2枚組+308ページの書籍)』を、全国のタワーレコード、HMV等のショップで一斉発売!

相変わらず国内音楽業界の通例・定石からことごとく逸れ、逆走に逆走を重ねたこの作品…小さい字で延々と書かれた謎深き書籍に音楽作品がオマケの如く添えられた、音楽家にあるまじきこの作品…ほとんど自給自足でバカのような長期間をかけて作られた割には、どうやって売るかをほぼ考えていなかった、無計画極まるこの作品…

を、このたび海の如く深い懐で取り扱って頂くことになったのは、ワールド系ではお馴染みの「アオラ・コーポレーション」。

自分でも「えらいもの作ってしまった…」と途方に暮れていたところに、見切りをつけていた?はずの音楽業界から、まさかの救いの光が。まるで出所後、やさぐれて行き倒れていたところ、心優しいシスター達から手を差し伸べられ、更生施設に拾われたヤンキーのような心持ちです。

お近くのレコードショップでもご注文頂けますし、アオラ・コーポレーションのHPからもご購入頂けます。店頭に見当たらない場合は「アオラ・コーポレーション取り扱いの『空のささやき、鳥のうた』を注文」と仰って下さい。


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“楽曲も楽器もゼロから作るアーティスト” きしもとタロー4作目
 ナチュラル・サウンド+文明社会に問いかける、哲学的エッセイ

『空のささやき、鳥のうた』 きしもとタロー著 雲水舎刊
 308ページ、変形A5版 2枚組CD(各8曲、合計16曲) ¥3000(+税)


書籍に音楽作品が付随するという、新しいタイプの作品集…第一弾。
2枚のCDに収録された16曲の作品の大半は、2009年の夏から秋にかけての一か月半程の間に生まれたもの。
それら16曲に添えられた散文詩(英語訳・スペイン語訳付き)と解説、作品作りや録音の裏話・覚え書き、そして楽曲にリンクする8つの長編エッセイが収められた、合計308ページの書籍。

◆収録エッセイ◆
テーマは「感じること」と「しあわせ」、そしてこの人間社会の「進化」について
『Auftact』『夜と、朝と、昼と』『心のひだ』『橋の上で』『作ること、使うこと』
『いのちの輪郭』『しあわせ』『空のささやき、鳥のうた』

◆収録楽曲◆
Disc1「霧の中を」
①霧の中を ②声のする方へ ③誰もいない道で ④風に向かって
⑤木枯らしの道 ⑥わだちを踏んで ⑦過ぎ行くままに ⑧時の名残
Disc2 「春の鳥」
①夜空の鳥 ②霜が降りた道 ③振り向きながら ④夜露
⑤夜の足音 ⑥夜明けの風 ⑦若葉 ⑧春の鳥

◆演奏者&スタッフ◆
きしもとタロー…ケーナ、チョケーラ、アンタラ、シーク、ブズーキ、
          ギター・ブズーキ、チャランゴ、チャランゴ・バリトノ、ボンボ
熊澤洋子   …バイオリン    田中良太   …パーカッション
千葉泉     …ギター       澤朱里    …チェンバロ
増永雅子   …アルパ      角南麻里子  …チェロ
佐藤孔治   …エンジニア


AHORA CORPORATION (アオラ・コーポレーション)
http://www.ahora-tyo.com
TEL:03-5336-6957 FAX:03-3247-1263

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引っ越し

2014-12-13 01:53:01 | 日々を綴る
このところ僕は、一足早い年末大掃除に突入していた。と言うのも、12月の中旬に今の家を出て、引っ越すことになったからだ。今年に入ってから、親の家で眠っていた幾つもの段ボール箱を引き取り、人生初になる規模の、過去の品々整理作業に取り組み始めていたことも、今から思えば決して偶然ではなかった(未だ終わっていないので、新居でも引き継がれることになる)。自覚はなかったが、この引越しを心のどこかで予見していたのだろう。

現在の家にやって来た時には、ここから再びどこかへ移る事など想像もしていなかった。僕はこの京都の岩倉という地域とこの家のことを、とても気に入っていたからだ。周囲に残る田舎の風情は、まさしく僕が求めていたものだった。4.5メートル程の高さで片側が尖がった形の天井のリビングや、所々に昭和の香りを漂わせたこの古い洋風の木造家屋は、なかなかに個性的で…この家と土地に導かれたからこそ、この数年の僕の暮らしがあったのだと思う。

今から思えば可笑しい話だが、別の場所・別の建物に暮らしている夢を見て(大概、摩訶不思議な建物だったりするのだが)、その夢の中で突如気付き、「いや、ここじゃない、岩倉の家に移り住んだはずだ、あの家はどうしたんだ」と、たまらない気持になって、飛び起きた事も度々ある。それ程までに僕はこの家と土地に、ある意味執着していた。何故だかは、わからない。

移り住んだ明くる朝、吐く息で少しパリパリと凍っていた布団の縁に驚き、爪先立ちで外を覗いたら、そこは一面の白銀の世界で、その年初めての大雪だった訳だが、冬の澄んだ空気を吸いながら、雪をかぶった比叡山を眺めて、ここにやってきて本当によかったと思ったものだ。大家さんとも仲良くさせて頂いたし、隣の年配ご夫婦とも、世間話をしたり農作物を頂いたりして、日頃から親しくさせて頂いた。近隣の住人と道端で犬話に花を咲かせたり、サルの襲撃で大騒ぎになったり、近所で倒れた人を運んだり…とにかく、ここへ来てから、特別な想い出が沢山ある。

連日の大がかりな庭仕事で、滝のような汗を流し、4キロやせた事があった。裏手には野山が残っていたから、飽きもせず辺りを散策し続けたものである。蛍を見に行って、鹿が飛び出して来たり、タヌキが住宅街をテクテク歩いてたり。夏の夜にはカエルの声を聞きながら、暗闇の風呂タイムを楽しんだ。近所で見つけたお気に入りのお店は数知れないし、思いついたらすぐに車で走っていける距離に素敵なパン屋やいい感じの市場が幾つもあった。ここは田舎でありながら、とても便利で暮らしやすい場所だったのだ。

春になったらウグイス、夏になったら虫の群れ、比叡山を仰ぎ見ながら、この地に刻まれてきた様々な歴史に、度々心馳せる。そして何と言っても、このブログでも登場してきたノラ夫との出会い。先の作品、「空のささやき、鳥のうた」も、ここでの静かでマイペースな暮らしがもたらしてくれたようなものだ。今聴けば、僕にしては(普段舞台などで演奏するのに比べたら)恐ろしく素朴にシンプルに演奏している曲が多い。

これまでの人生の中でも、特に平和で美しい経験の一つ一つ、それらももうあと数日で、文字通りの過去となる。家中の物が次々に箱詰めにされ、部屋の壁が大きくなるにつれ、ここでの生活が過ぎようとしているのを感じる。いつの間にか7年が経っていた。ある意味、夢幻のような7年、仕事的には随分ノンビリした7年、そして世間から距離をとっていった7年だったようにも思う(と言っても元々、この10年位はその傾向にあったのだが)。この数年で僕は、孤独で自由な在り方について、以前よりも考えるようになっていたし、音楽としては更にプリミティブなものに対する関心を強めていた。真実味のあることについて、自分が本来求めていたものについて、改めて考えさせられていた。

引っ越しに限ったことではないが、僕は比較的変化の多い人生を歩んでいるような気がする。今回の移動は僕にとって11回目。新居や別天地を探していた訳ではないし、今の所で困ったことがあった訳でも不満があった訳でもない。むしろその逆で、ずっとここでも良かった位である。しかしやはり僕はどういう訳か、変化に引き寄せられる。

幾つもの不思議な縁が重なり、やがて一本につながると、グイと引き寄せられ、何だ何だと歩んでみると、それが必然的なものだったと分かる。流れに身を任せてみたら、その瞬間から僕が一番好きな、謎解きの日々が始まる訳だ。

僕は引っ越してからも、この家を夢に見るに違いない。そして目が覚めて、あれ?と思うに違いない。今までの引っ越しは、今を過去とするための、極めて能動的なものだったが、今回の引っ越しは、今を過去にし切れてはいないままの、自分としては不思議な引っ越しだ。こんな引っ越しは、もしかしたら初めてなのかも知れない。

この7年の間に、静かで緑豊かな岩倉は、その自然を徐々に失っていった。子供の頃住んでいた土地を久しぶりに訪ねた際に感じたショックと、同じものを、今この地域の変化に感じている。今、最も心残りなのはもちろん、ノラ夫のことである。連れて行く訳にもいかないから…時々、この付近には様子を見に来ようと思ったりしている。

この岩倉に移り住んだのは、冬。「冬にこの岩倉に引っ越してくるなんて、どんな変わった人かと思ってたら…」と大家さんに言われたのを想い出す。そしてまたまた冬のさ中に北へ引っ越す。「よりにもよって」と思う方もおられるだろう。しかし、冬の引っ越しはいいものである。やがて迎える春に向けて、しばらく住まい作りの作業が続く。こんどの土地と家は、本当に素敵なところだ。この縁に導いて下さった方々に、感謝したい。

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ノラ夫、奇跡の帰還

2014-10-09 11:20:41 | 日々を綴る

9月30日の深夜、帰宅してリビングでくつろいでいると、雨戸をノックする微かな音が聞こえた。「もしや」と思い、急いで雨戸を開けると、そこにはちょうど5か月ぶりに姿を見せたノラ夫がいた。

「おおおおおっ!」と喜んだのも束の間。見ると左耳後ろの首がえぐれて、肉が見えてしまっている。この位置、この傷の深さ…おそらく命を懸けた死闘であったのだろう。かなり広い範囲で毛ごと皮ごと噛み剥がされている。一体、何とやり合ったのか。

やはり彼は付近のノラ猫の中では小柄な方だ。顔はどちらかと言うと可愛い方だと思うし、物静かで常に飄々としている。そんな彼のどこに、あの闘志が隠されているのだろう。目ヤニをいっぱい付けて、さすがに年齢を感じさせるものの、正面から相手に向かい行く性格は変わってはいないようだ。いつも、顔や手に闘いの痕を残してやってくる。

しかし今度ばかりはヤバかったのであろう。本当は治療の一つもしてやりたいところだが、そうもいかない。窮地に我が家を頼って来てくれたことは嬉しくもあるが、彼はやはり根っからの野生である。静かにこちらを見て座ってはいるものの、そして指を出せば鼻先を近づけるようにはなっているものの、それ以上の接近はなく心の交信のみ。その体に触らせてもくれない。

それにしても、これだけの怪我なのに、しょげている様子もなければ、痛がっているそぶりも見せない。人間ならば、怪我の瞬間を思い起こしたり、怪我をする前の自分と怪我をした後の自分を比べて落ち込んだりして、多少なりとも喪失感を味わったりするものだと思う。だが彼らにはそれが感じられない。かつて子供の頃に学校の帰り道にしばしば出くわした野犬(当時は結構見かけたものだ)にも、こんなヤツがいた。

もう過去の瞬間は過去の瞬間として、そこに置いてきたかのように…そして傷を負った自分もまた、新しい自分であるかのように、「フツーに、そこに在る」。僕は、そんな彼らが何とも好きだ。

いつか生きて帰って来た日の為に…と、片づけないままで置いていた餌袋が窓近くにあった。久しぶりに我が家で食事にありついた彼は、食べ終わるとこれまた相変わらずユックリと体を伸ばし、悠々と、そして静かに夜の闇に消えて行った。

彼を見送る夜が、再び訪れたことに感謝したい。

それからノラ夫は、フラリとやって来るようになった。相も変わらず、彼はどんなに空腹でも鳴き声一つ上げない。雨戸やサッシの窓を、本当に微かな音で小さくノックするのみである。

なので、我が家でもいつも静かに耳をすましている。
窓の外に置いたスノコがカタンと揺れたら、そこにはノラ夫がいるのである。


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その後の、ノラ夫物語

2014-09-16 22:04:23 | 日々を綴る


ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの流れにあらず…

5月の頭に我が家にやって来たのを最後に、ノラ夫が近所から姿を消した。
かすかな望みを残しつつ、時折庭を眺める日々をおくったが、さすがに今度ばかりはもう、逝ってしまったのかも知れない。

6月になり7月になり、そして雨ざらしになり、カビだらけになってしまった彼の器に、再び餌を注ぐことはなかった。

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やがて迎えた、夏のある日のこと。我が家の周りでノラ猫たちの雄叫びがいつになく激しく響いた。早朝の5時過ぎから、我が家の裏庭辺りでドタン、ガシャンと、雄叫びに混じって乱闘の音が聞こえる。もしやと思って飛び起き、目をこすって外へ出てみると、そこには走り去る数匹のノラ猫がいた。

その中に、ノラ夫とノラ夫に言い寄っていた性悪のメス猫(過去のFBや通信など参照)、二匹のDNAを明らかに引き継いだ、彼らの子供たちがいたのである。

一匹は、体の大半が白い猫…コイツは目が合った瞬間(猫は目をしばらく合わせると、大概何らかの交信ができるものだ)、「あの性悪メス猫の気質」を強く感じさせるヤツだった。振る舞いもまるで瓜二つ、イヤな種類の警戒心と内奥の浅ましさを瞬時に発し、仰々しく身構えて逃げ出すその様子は、母猫そのままのようだ。

そしてもう一匹、これは上半分がほとんどキジトラ模様の猫…コイツは不思議なことに、ノラ夫と見紛うばかりの「ノラ夫的気質」を感じさせるヤツ。少し目を合わせると、騒がずに落ち着いてこちらの様子を見、不思議なタイミングを狙って、シャープな動きでスッと姿を消す。まるで、少し若い頃のノラ夫のようである。

同じように出くわしても、全く異なる「気質の違い」を見せる猫たち。猫相手に何だが…僕は動物相手に、イマイチ博愛主義にはなれないでいる。猫だろうが犬だろうが(大概のヤツは好きになれるんだけど)、やはり性格も様々で、自分との相性の善し悪しというものはある。

そんな訳で、体のほとんどがキジトラ模様の、ノラ夫柄の「子ノラ」は、最初に目を合わせた瞬間から、何だか気が合うのを感じたのである。向こうも、同じようなものを感じたのだろう、出くわした際には長い時間目を合わせ、やがて少し目を細めるようになり、窓越しならば、すぐには逃げなくなった。

それどころか、最近はこうして(写真)、庭のベンチの上のザルに入って寝るようになったのである。
ザル、片づけられぬ…。

妙に馴染んだ様子でザルの中で丸まって眠る子ノラを眺めていると、ノラ夫が初めてやって来た時のことを想い出す。
もう、随分昔のことのようである。

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そんなある日の夕暮れ。

車を運転中、家から少し離れた道路端の草むらで、少し小柄の、キジトラの猫のかげが目に入った。
落ち着いた様子で、少しとぼけた顔、そしてスイッと姿を消す、その姿。

「あ、ノラ夫だ」…瞬時にそう思った。


彼はどこかで、生きているのかも知れない。
会えずとも、生きていてくれさえすれば、いい。

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「カムイ伝」を読み直す

2014-08-29 13:31:12 | 日々を綴る


白土三平の代表作「カムイ伝」第一部・第二部を改めて全巻入手し、読み直してみた。子供の頃、飛び飛びで目にはかけていたものの、これだけ腰を据えて、入り込んで読む機会はなかったように思う。どういう訳かこの歳になって無性に読みたくなり、8月頭からお盆の辺りまで、家にいるタイミングを狙っては、半ば引きこもりのようになって読んでいた。

このところ「この国」の中央から漂って来る、ある種の「醜悪な匂い」が、僕をこの作品世界に駆り立てたに違いない。

たかが昔の漫画じゃないか…と思う方もおられるだろう。中にはカムイ伝を、単なる忍者物語と思ってる方もおられるようだ(白土三平はアニメ化された「サスケ」や、「忍者武芸帳」「ワタリ」など、忍者もので知られた大家…そして「カムイ外伝」は確かに忍者物語だった)。しかし「カムイ伝」は、ある種、文学作品のような深みをも持った作品であり、芸術作品とも言えるのではないだろうか。少なくとも、通常の漫画よりも、知力と体力、そして時間をはるかに要する、漫画を超えた作品であることは確かだ。

この作品を読み進めていると、この列島の歴史や風土、民俗に関する見識が、僕たちに如何に足りないかを、度々痛感させられる。作品を通して鮮やかに描かれる、かつての自然環境・かつての人々の暮らし…その一つ一つは、僕がずっと前から関心を寄せてきたことでもある。そんな訳で、気がつけばこの「カムイ伝」の延長線上で、柳田國男や宮本常一、その他この列島の民族誌に関わる多くの著述に手が伸びてしまった。

ただでさえ仕事熱心ではないのに&そろそろ自分の仕事というか、近い未来の身の振りを考えなくてはらないタイミングなのに…心惹かれることや学びたいことが多過ぎる(とは言いつつも実は、僕は長時間本を読むことが、あまり得意な方ではない)。


「カムイ伝」は、本当に「情け容赦のない作品」だ。これほど明確に、反権力・反差別を謳い、時に危うく時に醜い人間の心理を正面から描写し、人間の残忍で狡猾で暴力的な行為、絡み合う運命・宿命を、矢継ぎ早に淡々と描いてゆく作品も、なかなかない。江戸時代の封建社会とその矛盾、冷酷極まる階級制度、人々を覆い尽くす支配・被支配の関係、そして何と言っても被差別民の人々の暮らし…非人や穢多と呼ばれ、賤民とされた人々の過酷な境遇や暮らしを、これ程までに真正面から描いた作品は、類を見ない。

社会における差別構造は「作られてゆく」、人々の間に起こる争いも「作られてゆく」…何によって?

権力者や支配者は、狡猾なまでに人々の心の隙間に入り込み、人々の関わりを・人間社会の在り方を、都合のよい形にコントロールしてゆく。選民思想に酔いしれる連中の周囲で、多くの人々が巧みに脅迫され、誘導され、いとも簡単に判断能力を失い、暮らしも権利も尊厳も奪われて、次々と命を失ってゆく。この作品中でも、凄まじいまでの数の登場人物が・動物が登場し、それらが次々に過酷な境遇の中で、死んでゆく。争いをやめ、差別を捨てようとする人々のたたかいが、そして慎ましく生きる人々の、小さくて大きな夢が、まるで「余計なもの」であるかのように、巨大な力によって次々と水泡に帰してゆく。これ程までに救いのないまま、怒涛の如く突き進む作品は、珍しいのではないだろうか。

この時代の社会と現代の社会…そこにどれほどの違いがあるだろう。かつての時代に比べれば、簡単には人が殺されなくもなっているし、為政者の暴力もずっと抑えられてはいる。依然、社会の闇は大きいとは言え、人間の尊厳や権利に関しては、多少なりとも社会の成長はあったと言えるだろう。

しかし一方で、失政政治家も、人災の責任者も、都合のよい言い逃れを繰り返しては、切腹もせずに金庫抱えてバックレることもできるのだから…「公の立場にいる人間の覚悟が失われてきている」「金と力が集まる立場はあっても、公の立場や責任ある立場というものは、半ば言葉上だけのものになりつつある」という点に関しては、かつての時代よりも、始末が悪くなっている気さえする。

多くの人々を踏み台にするような連中の感覚や、そういう連中がとるような行動は、昔からさほど変わってはいない。この作品を読む中で、現在のこの国の社会が、為政者が、煽られるままに拳を振り上げ互いに傷つけ合おうとする人々が、次々に想起されてしまう…という読者の方は、決して少なくはないはずだ。


ご存じない方の為に、発刊されている作品全貌を紹介すると、1964年から連載され始めた「カムイ伝」は、第一部が単行本21巻、ずっと間を置いて1982年に再開された第二部は22巻までで、事実上未完のような形で締めくくられた(新たに出版された全集12巻の最終刊に、完結部分が加えられてはいる)。第一部はペン入れが途中で変わり、前半が小島剛夕、後半が岡本鉄二。第二部は一貫して岡本鉄二が作画。当初より予告されていた第三部は未だ構想中とされ、発表の目処も立っていない。このように第三部が発表されてもいないのに、この作品は白土三平の代表作とされており、漫画界に輝く金字塔と評されもいる。

この「カムイ伝」の、何がそれ程までに「すごい」のだろうか。

第一部は、一言で言うと「壮絶」である。夥しい数の登場人物・動物たちが、次々に登場し、次々に殺され、次々に死んでゆく。僕などは、物語のしょっぱなで、犬追物で秋田犬が射殺されてしまうシーンから、心が痛んで、精神的にまいってしまう。なので当然のことながら、その後に続く物語には、腰が立たないほどに、打ちのめされてしまう。愛すべき登場人物が、信じられないほど呆気なく、無残な死を遂げ、消えていってしまう。

「カムイ伝」とは言いながら、主人公のカムイは、とにかく信じられないほど少ししか登場しない。物語の冒頭部分も、連綿と繰り返されている動物世界の様子だ。実際この作品では、動物たちの営みが、「これでもか」というほど緻密に描かれてゆく(それがまた、この作品の不思議な魅力ともなっている…僕にとってはモロにツボだ)。物語に直接関わる話なのか、人間世界の物語とリンクするエピソードなのか…それすら、読者にとっては定かではないまま、何かの意図を以て「淡々と、そして緻密に、描かれてゆく」。まるで地球上の全ての出来事を、「どこかからか眺めている目線があるかの如く」に。

村々を覆い尽くしてゆく、逃れようのない過酷な運命・社会構造、その一方で「人間世界のことなど一切気にも留めないかのような」過酷な自然の様相。ヒロインのように颯爽と登場した美しい女性が、悲業の死をとげ、屍になり、骸を晒し、いたいけな子供たちが、呆気なく惨殺されてゆく。様々な登場人物たちが、いとも簡単に自身の身体の一部を失ってゆく。

そう、それはこの作品で特筆すべき事の一つだ。多くの登場人物が、事故や暴力・斬り合い・動物に襲われる等で、指や片腕、片足、目などを失ってゆく。それがこの時代でどれ程ヘビーなことであるかは、想像に難くない。しかし登場人物たちは、義手・義足をまといながら、変わることなくその身体を駆使し、情熱をもって生きてゆく。この生きることへの執念・エネルギー、出来事や運命を受け入れてしまうパワーは、どう言い表わせば良いだろう(第二部では猿までが、義手を得て逞しく生きてゆく)。

壮絶な一揆、必然的で逃れようのない登場人物たちの処刑という運命、その全く救いを見出せないほどの展開には、多くの人々が言葉を失うだろう。連帯責任・密告制度があり、反逆することはそのまま死を意味していたような時代の物語…今の漫画のように、わかりやすいヒーローやヒロインがいる物語でも、仲間だ絆だ夢だ希望だと、受け入れやすい展開が用意された物語などでもない。そもそも、この「力によって支配されていた時代」に、描きやすい人々の夢など、やすやすと実現したりはしない。

言いようのない怒りと祈りが、嵐のように心の根底から湧き上がり、身体の中でうずまく。そして読者は、答えられないような問いの前に立たされ、諭されるよりも前に気付かされる。これまで、この星に登場してきた生命たちは・この土地に生まれきた先人たちは、僕たちが想像する以上のパワーを内に抱き、生まれた瞬間から、全力で生きたのだ。僕たちはその足跡の上に、誕生させてもらっている。

この「カムイ伝」第一部を、階級闘争、共産主義・マルクス主義と読み込んで論じる評論家や読者は多い。確かに時代的にも、それらを彷彿とさせる表現が多数あることは確かだ。しかし僕は、そのような読み方は、かえって短絡的なのではないか…と思う。それらの表現は、登場人物が「当然叫んだであろう、言葉であり主張」なのである。「カムイ伝」は単に農本主義を描いた作品などではないし、「理想社会とは何か」をテーマにした作品でもない。作者は、共産主義の危うさも、社会主義の危うさも、資本主義の危うさも描いている。

第二部は一転して、動物たちの世界や、幕府中枢の権力闘争などが中心に描かれている。江戸の生活が丹念に描かれていたり、お色気シーンが多かったり、第一部で苦汁を舐めていた登場人物達が再び登場し、正義の味方の如く活躍するシーンがあったりするせいもあるだろう…この第二部を「芸術性を失った、単なる冒険活劇」と捉える人は多い。特に、第一部を「壮絶な階級闘争とその結果」と読んだ人々にとっては、第二部は肩すかしで、テーマが見えにくい腑抜けた作品に見えるらしい。

第一部にも増して、動物の世界が延々と描かれている点に関しても、難色を示す人が多いようだ。「カムイ伝は、第一部で充分」「動物の世界描写は、物語と直接リンクしておらず、それ程意味があるとは思えない」「第三部は、作者の年齢からいって、おそらくこのまま発表されないだろう」という意見も、中には多いようで、それに関してはちょっと驚いてしまった。

そういう人々は、作者が第一部の最後に記している「物語の真のテーマは、いまだに現れていない。何と不可解なことであろう。」という言葉を半ば無視しているし、「動物世界の描写は直接、人間の物語とつながっている訳ではない。」と、わざわざ作品中で明記した作者の意図も、そっちのけにしている。不可解な部分を、そっちのけにして、論じるために論じようとしてしまっているのではないだろうか。そのような人々は、第一部を前提にして第二部を読み過ぎている。それでは、作者の意図は見えてこないだろう。

第一部では、過酷な社会構造と、その底で流れる人々の「夢」、そしてそのための「たたかい」が描かれていた。一転して第二部では、様々な「欲」が描写されている。生存欲、権力欲、支配欲、金欲、成功欲、所有欲、知識欲、成長への欲求、依存への欲求、自立への欲求、評価への欲求、肉親への欲求、(異性・同性含めての)性欲、食欲、遊戯欲、怠惰への欲求…。様々な欲求、そしてそれらのぶつかり合い・それらの結実が、次々に描かれてゆく。だから第一部に比べて、人間世界は多分に俗っぽい描かれ方が多くなっているのだ(故に第一部に比べて軽く見られてもいるのではないか)。

しかしそれによって、それぞれの(特に武士の)立場の人間の「その人そのもの」が、第二部ではより描かれるようになっている(第一部では、支配階級・被支配階級の人間が、それぞれの立場そのままのキャラクターとして描かれがちだった)。より多角的に、登場人物が描かれるようになった、とも言えるだろう。それは動物の描き方にも共通している。「武士とは農民とは工人とは商人とは賤民とは」でもなく、「猿とは犬とは熊とは鳥とは狼とは」でもない。その中での、「それぞれの個性や在り方」が、細やかに描かれるようになっているのだ。

つまりそれは、「立場と立場のたたかい」ではなく、「個性と個性のたたかい」「個性と個性の関わりの可能性」が、より描かれるようになったということだ。「立場と立場のたたかい」の構造では見えてこなかった、「個人としての強さとは何か」が、そこでは問われるようになっている。そして、どの立場にいようと、どの階層のどこにいようと、そこには「それぞれのたたかいがある」ということも、より描かれるようになった。

若い侍の描写然り、猿たちの群れの描写然り、狼たちの描写然り…筆者の言うように、そして読者の多くが感じるように、「それらの物語は互いに直接関わりなく展開している」としても、それらを眺める「視線」は、それらの中に流れる「同じ理(ことわり)」を見つめているのだ。

また第二部では、宗教や信仰(これら二つをあえて分けておく)・修道、その中で派生する矛盾や、人間が陥りやすい落とし穴までも、克明に描かれようとしている。そういった点に関しては、第二部の方が「いよいよ踏み込んでいった」感がある。

多少テーマが見えにくく、(全貌が今だ見えない故に)謎めいた部分が大きくもある「カムイ伝」だが、やはり、その壮大で不可解なテーマに向かって失速することなく、(第一部の締めくくりの如く)荒波の中を「突き進んでいる」のではないだろうか。「闘う相手も目的も見えやすかった時代の世相を受けて描かれた第一部が完成されており、学生紛争・全共闘が終焉した後、シラケ時代とやがて迎えるバブル時代を目前に、闘う相手も目標をも失った世相を受けた第二部は、失速し大衆迎合し腑抜けてしまっている」…などという読み方は、かなり思い込みが強く、表層的な気がする。そんな訳で僕は、第三部を心待ちにしている。


ともあれ「カムイ伝」では、一貫して「自然の節理とは何か」「何が人間を人間たらしめているのか」が問われている。「地球上の生命の摂理」を、一人の人間が「自身に内包して生きること」の重要性・必要性が、途切れることなく描かれている。第一部・第二部とも、「生命として強くあれ」ということを、謳い続けている。

非人の村(夙谷)で生まれたカムイは、閉塞した階層社会構造の中で、個としての強さを求め忍者となり、そしてやがて「そこにも厳然として在るシステム」に対峙し、抜け忍となり、追われる者となる。そして、その追われる立場からも「抜け出ようとする」のだ。彼はある時から、追ってくるものに背を向けなくなり、追ってくるものの方に向かい、追ってくるものを知ろうとする。システムから脱し、そしてそのシステムを支える矛盾に直面し、システムから追われ、そして在る時、「追われる自分であることをやめる」。

そこで出会ってゆく人々は、いずれも境界領域に生きる人…つまり、属するところを持たずに渡り歩く「システムからの逸脱者達」だ。この物語では、苦難を乗り越える人々が、次々に逸脱者となってゆく。そしてやがてその過酷な階層社会の中で、「自らを居場所」としながら、人々との関わりを「個から創造してゆく」。

システムの中に居場所を求め、システムの中に在る闘いに身を任せ、ただそこで「得て・失って」しながら生きてゆくのではなく、自身が自身の居場所となり、「自身の在り方を創造するための、たたかい」を人知れず始める訳だ。そのたたかいこそが、生命としての強さを個の内に育んでゆく…それがこの物語の底を流れる、一つのテーマとも言えるのではないだろうか。

「強さとは何なのか」「その強さを支えるものとは何か」「その強さは、何によって生み出されるのか」「生命としての強さとは何か」「生命を生命たらしめているものは何か」…カムイ伝は、諭すこともなく、ただ問い続ける。

この荒波のような作品を描くことは、表現者にとっての「たたかい」だったのではないだろうか、とも思う。壮大な物語は、心身を削って描かれる。「カムイ伝」からは、たたかいの拳音が響いてくる。

これは、僕が音楽に関わる人間として特に触れておきたい事なのだが…この「カムイ伝」の中で描かれる音楽のシーンが、何とも素晴らしいのだ。中でも、第二部の7巻で20ページ近くに渡って描かれる、無宿人達の集まる戸面原での笛と太鼓と舞いのセッションのシーンは、秀逸である。このシーンは、雑種賤民とされた人々や身分制度から外れた境界領域を生きる人々の、「内に流れる古の血」について言及が及ぶ、重要なシーンだ。

カムイの名付け親ともいうべき巨体の怪人・山丈が登場するシーンは、作品全体を通しての、非常に重要なシーンばかりだ。第一部でカムイが名付けられた時、そして作品中最も美しく感動的なシーンである、暴漢に襲われた直後のナナを正助が抱きかかえ、村人たちを前に裸で宣言をするシーン(下人出身で百姓となった正助が、非人であるナナとの愛を宣言するシーンだ)、そしてこの戸面原でのセッションのシーン…それらでは、いずれもこの山丈が唐突に登場し、「カムイ!」と叫ぶ。それはまるで、何かからの祝福の光が人々の上に注がれたようなシーンだ。

僕自身(音楽家ということもあるが)、海人・山人、遊行民・遊芸民、茶筅・炭焼き、木地屋に青屋、皮屋、そしてサンカといった、芸人や職能集団の人々の歴史や文化にずっと興味を持って来た。それらの人々の中に、そしてその文化の中に、この列島の先住民とも言うべき人々の痕跡や、かつて様々な時代にこの列島に渡って来た人々の痕跡が、何かしら残っているかも知れないということに、ずっと関心を寄せて来たからである。このカムイ伝は、そのような「境界に生きる人々」「システムの周縁に身を置く人々」の、力強い生き様や哲学をも描いている。

僕は、何かというとすぐに「日本」という国家名を連呼し、「侍」をこの上なく素晴らしく格好良いもののように連呼する昨今の風潮には、正直辟易している。多くの人々は、謳い文句に弱い。つまり、思考が単純にされているだけでなく、感性まで「単純にさせられている」。大木になろうとしない人間ほど、目の前にわざとらしく置かれたドでかい丸太にすがろうとするものだ。

やがてしがみついた丸太ごと濁流に流され、流れのままに互いにぶつかり合い、共倒れしてゆく生命たち。

言うまでもないことだが、ある立場の人々が全て素晴らしいなんてことは、ない。年寄りが全員賢者ではないように、先人だって全員が素晴らしい人間ではなかったろう。自分の周囲を見渡せば、誰にでも分かることだ。侍だろうが軍人だろうが、中には理想に燃えた高潔な人間もいたかも知れないが、どうしようもない下衆だって沢山いただろう。「まともに歴史を紐解けば」、誰だってそのことを垣間見ずにはいられない。立派で高潔な人間など、どこにだって一握りしかいない。自分がどうなのかを棚に上げ、「そっちに属しているような顔」が出来る人間は、その時点で立派で高潔な人間とは逆のものに「成り下がっている」。

実は、この「カムイ伝」の前に、手塚治虫の「シュマリ」も読んでいた。戊辰戦争…函館戦争直後の北海道が舞台のこの物語は、ある意味大河ドラマのような壮大な物語だ。読んでいる人は少ないが、僕は名作だと思う。心に残るシーンやセリフは沢山あるんだけれど、思わずハッとしてしまったのは、アイヌ出身のポン・ションが、日清戦争開戦後、「日本軍は強いね」という元華族の華本の言葉を受けて、酔った勢いで「日本軍なんてコテンパンに負けりゃあいいんだ」というシーンだ。彼はその後、徴兵で引っ張られて行く訳だが…確かにこの登場人物なら、必ずそう言ったに違いない。今はあんな漫画、簡単には連載できないだろう。手塚治虫の作品は、いわゆる芸術的作品というよりは、読者を楽しませる要素を重視して描かれているものが多いとは思うんだけど、このシーンには、彼自身の本当の想いや、彼の作家としてのたたかいの軌跡を垣間見た。

考えてみれば、シュマリ(キツネ)もアイヌの言葉だが、カムイも(ご存じの方は多いことだろう)アイヌの言葉だ。そして、シュマリも逸脱者…境界領域にいるものだった。表現者たちが、強い者…「本当の意味で、生命として強くあろうとする者」を描こうとする時、自身が境界領域の人間となって、境界領域の人間を描こうとするのは、何故なんだろう。

「カムイ伝」第一部の終わりで、片手片足を失った猟師クシロが、荒れ狂う波の中で笑いながら「波はゆりかご、風は子守唄」「海はおやじとおふくろ」と叫ぶシーンがある。人喰いサメが行き交う中で銛を飛ばしながら、「どんとこい」と叫ぶクシロ。この荒波は、この星の自然様相、そして生命を取り巻く運命や宿命、そのものとして描かれている。壮絶な農民一揆、子供の頃から描かれてきた登場人物たちの壮絶な死、人々の希望の光となった人間を、当の人々が攻撃する、何とも暗喩に満ちた結末(この作品では様々な宗教的で普遍的な物語が描かれている。故に第二部でキリシタン弾圧などが描かれていることも重要である)。そして、それらを経て描かれるのが、この海のシーンである。

何故か。それはそこに「カムイ伝」の強烈なメッセージの一つが込められているからだ。

この荒波が生命を生み(海)、時には生命を喰い、生命を育む。過酷で凄惨で、心引き裂かれるような運命の荒波までもが、何かを生み出す父母である。そしてそこに生まれ、そこを棲み家とし、自らを育む強きものこそが、「カムイ」なのだ。

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今年も大学での授業が終わった

2014-08-08 10:48:36 | 日々を綴る


今年も、大学で前期のみ引き受けている授業が、無事終わった。

この授業は(昨年もこのFB投稿で触れたが)、実践的文化交流論という、笛を使いながらも半ば好き勝手に?色んな話をしてゆく授業。前期終了後、テスト代わりに学生さん達からメールで答えてもらうアンケートを、このところ一人でゆっくり読み込んでいる。

ちなみにそのアンケート、今年は(授業への感想を除くと)8つの質問が並んだもので、それらは次の通り。

1)あなたが、あなた自身の可能性を最大に活かし、あなた自身の「最高のあり方」に成り...得るなら、あなたはどんな風にして、一日一日を過ごすでしょう?想像して書いて下さい。
2)もしも今、自分が「そんな風には成れていない」としたら、そう成るのを阻止し、邪魔しているのは、一体何でしょう?思いつくまま書いてみて下さい。
3)日常生活の中で、誰かを、拒絶したい欲求、否定したい欲求、そして時に攻撃したい欲求などは、なぜ我々の中から、生まれ出て来るのでしょう?
4)人間と人間が、より深く対話、より深い交流をするためには、どんなことが大切だと思いますか?
5)人類は、今よりも「進化」すると思いますか?もしするとしたら、どのように「進化」し得るでしょう?
6)あなた自身を「楽器」にたとえるなら…それは何でしょうか?また、その理由は何ですか?
7)戦争は、この人間世界からなくなると思いますか?もしも、なくすことが出来るとするならば、どうすればそれが可能になるでしょう?
8)数日の内に死ぬとしたら、その残りの数日間にやっておきたいと思うことを、三つ挙げてみて下さい。

…学生さん達の答えは、本当に面白い。

今年は特に授業の中で、ただ形なきものを形にする「表出」と、それを誰かとの間に置こうとする「表現」の違いにも、かなり時間を割いて言及した。理解することによる知と、感じることによる知の違い、感性と知性の相補的な関係についても突っ込んだ話をした。

そんな訳で、学生さん達がそれらを踏まえ、その若い感受性でどんな風に言葉を連ねてくれるのか、楽しみにしていた訳である。授業が始まった頃のアンケートでは見えて来なかった、それぞれの学生さんの心の広がりが見えてくる。

毎度のことながら、僕自身が様々な事を学ばせて頂いている。職業も立場も年齢も関係なく、色んな人に、色んな感性が息づいている。

見上げれば空はますます高く、広い。今年もまた、出会いに感謝したい。

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風を起こす

2014-07-04 14:11:55 | 日々を綴る


「まずはチャンスをつかめ。そのためにも東京に出るように」「脇を固めて自分の価値を引き上げろ。そのためには有名アーティストと共演するように」「大半の日本人は近いものの価値を認められない。故にまずは海外で活動し、逆輸入を目指すように」「楽器が安そうに見えたら仕事単価は上がらない。故に楽器もケースも高価に見えるものにせよ」…僕が音楽活動を始めた20代の頃に、方々から「頂いた」提言や忠告である。「認められ、成功するための道しるべ」というやつである。

なるほど、確かに世の中そういうことなんだろうね…と思いつつ、想い返せば僕はことごとく、その逆を選んで活動してきた。青臭い歳頃の僕にとって、それらは心に響く「かっこいい」大人の提言・意見などではなかったからだ。

さてそんな僕が駆け出しの頃、度々仕事の話を頂き、多くの提言と学びの機会を与えて下さった方に、N氏がいる。

地方から文化を発信する・地域を活性化させる…その使命に燃えて役所という場所を選んだN氏は、「他の課に移される時は、役所を辞める時」と言い続け、役所の文化課課長として数多くの催しを企画し、数多くの斬新な発想の仕事を続けて来られた。中には全国の先駆けとなったような企画も多い。長くに渡って文化課で働いた後に移動を命じられ、潔く役所から去られた。

久しぶりにお会いしたN氏は、放置されていた灌木だらけの600坪の畑を耕し、農家となっていた。安心して食べれる食材作りに邁進し「アグリカルチャー」に取り組む氏は、役所で文化の仕事をしていた時と同じく、最も我々の生活に直結した文化に関わりながら、かつてとかわらぬ「たたかい」を続けていた。畑だけではなく、多くの地域企画の運営に携わり、昔と変わらずアイディア・マンとして、また様々な運営委員会のリーダーとして、個人の立場でなお地域文化を牽引していたのである。僕が一緒に仕事をさせて頂いていた頃にN氏を発起人として発足したシニア男声合唱団も健在であった。ただの合唱団ではない。ある意味、男の人生の模索の場として誕生したユニークな合唱団だ。土で出来た畑も、人間で出来た世の中という畑も、同じ線上に在るという訳だ。知らぬ間に伸び散らかした灌木を切り、燃やし、再び耕す。時間をかけて面倒を見る。

再会のひと時は、昔と変わらず清々しいものだった。若かりし頃のN氏が様々な先人に出会い、刺激を受けてきた話には、はじめてお聞きした話が幾つもあったが、今だからこそ深く理解できるものもあった。そんなN氏が今、若い人々や子供たちの教育・育成に、熱い想いを抱いている。文化に向き合おうとする人間が、食や教育について人並み以上に取り組もうとするのは、極めて自然なことだ。

年齢の離れた僕を、友人として扱い導いて下さった恩義は、僕の中で大きい。先輩方の人生哲学や行動力に刺激をうけながら、僕も自分をとりまく畑に向かおう。

国家も手駒でしかないエコノミック・ジャンキーのような連中をバックに付け、成金宜しく気が大きくなったのか、国家愛やら詭弁のような平和を謳っては市民を煽り、植民地の支配者の如く国を私物化してゆく中央に巣食う者達。そんな魑魅魍魎や亡霊共の動きを横目に、かつてよりも多くの人々が、根源的で、そして新しい、人間の生き方や関わり方を探求している。今は本当に凄い時代だ。

N氏と、氏が名付けた「風のミュージアム」で、雨上りの後、風を待った。あちらこちらに設置された大小の新宮晋氏のオブジェは風に動くオブジェだ。鉄やステンレスでできた、巨大な金属のオブジェが、丘の上でやがてゆっくりと動き出す。風がないように見えて、実はどこからか吹いているのだ。そんな微風を受けて、巨大な金属の塊が動く。モダンな人工物の舞う姿に、風の動きが見え始める。

幼い頃、見渡す限りの田んぼの上を走る風に、長い時間、見惚(みと)れていた。正確に言うと、風に見惚れていた訳ではない。風に舞う穂に見惚れ、風に舞う穂を通して、「風の所在」に見惚れていたのだ。

巨大な金属の塊が、微風に動く。
風は見えなくとも吹いている。
風を起こすのは僕たちでもある。


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タイムカプセルをあける

2014-05-30 23:30:34 | 日々を綴る


「必要なものは全部持った。残りは全て廃棄し燃やしてくれ」…かつて実家を離れる際に、そう頼んでおいたつもりだった。ところがどういう訳か、母親のマンションの押し入れ奥に残されていた、大量の段ボール箱。5月中頃にそれらを持ち帰り、人生初の規模になる身辺整理を決意した。本格的に過去に向き合う時が、僕にも巡ってきたのだろう。

もちろんこれまでの人生、前ばかり見て突き進んで来た訳ではない。自分の歩みは、これまで何度か整理はして来たつもりではあった。しかし僕の20代30代は変化が多く、あたかも彷徨うが如き日々であったので、その都度過去を振り返ってはみても、どこかその一つ一つに「実感」が湧かず、まるで過去世の話を聞かされたような感覚にもなっていたような気がする。つまりその時々の僕は、まだ大きな変化の途上であり、「過去を振り返る準備が充分ではなかった」訳である。

しかし今、これが機が熟したということなのかも知れないが…10代や20代の頃の自分との再会に、驚かされ、そしてどこか晴れやかな気持ちにもさせられている。

あちこちの紙に書きなぐられた、人間社会への疑問、権威主義へのアンチテーゼ、純朴に過ぎる無数の創作メロディーのかけら、それとは真逆である、様々なテクニック追求の足跡、そしてこれまた完全に異なる振り子の可愛い漫画の数々や、神話の如く壮大に過ぎる物語の構想…。当時の僕が、何を目指すともなく、何になろうとすることもなく、ただただ、想像力を暴走させるようにして暮らしていたことがわかった。

20代の頃の僕は、30代や40代に間違われることが多く…つまりそれは、決して中身が成熟していたという訳ではなく、社会に対して対等に生きようと、肩をいからして生きていたということだ。根拠のない自信、現世離れした理想や美意識、滾るような社会へのわだかまり。今だからこそ、そう感じられるようになったのかも知れないが、背伸びだけはするまいと自らを戒めつつ生きてはいたものの、実際その頃の僕は、心の中は常につま先立ちだったに違いない。

段ボール箱の中のノートや紙片には、ついこの間、発刊&発表した書籍(アルバムと書籍がドッキングした新作「空のささやき、鳥の歌」)に書き綴った内容と、ほとんど同じようなことが書かれていた。それら、社会や人間、音楽文化に関する文章の数々は、今よりもずっと稚拙で極端で、勢いに任せたものではあるが…「10代や20代の初めの頃の僕が、既に今の僕でもあった」ことを物語っている。

そんな過去の自分を眺めてみて大きく感じたことは、「こんな調子じゃ、コイツは随分生きにくかっただろうな」ということだ。そして大いに驚かされたことは、「僕はどうやら、それをあまり気にはしていなかった」ということだ。今の自分が激しく突っ込みを入れたくなるほど、幼い頃の僕は、底抜けに夢見がちで楽観主義者で感覚的で、苦笑する程に反体制的・反権威主義的だった。

なので、今の僕がそんな10代や20代を生きている若者に出会うと、ウキウキと嬉しく感じると同時に、どうしようもなく照れ臭くも感じてしまう。あの頃の自分の「こだま」が聞こえ、あの頃の自分の後ろ髪が、頬をくすぐるのだ。他人であってもそんな風なのだから、自分の過去に向き合うとなると、その「くすぐったさ」は最大級になる。

高校生の頃に作った物語「シ-アルの陽(ひ)」は、架空の民族が多数登場する壮大なストーリーで、生命エネルギーの最大規模の共鳴が人間世界の在り方を転換させるというものだ。戦火で父母を失い軍人となった青年が主人公ではあるが、エネルギーを反転させる不可思議な技術を受け継ぐシャーマンの末裔の女、日常の言葉を様々に言いかえる事で日常の出来事を次々に転換させてゆく知恵を受け継いだ、「言い直す男たち」と呼ばれる一族の男…などがキィパーソンとなり、複雑な物語を展開させてゆく。

この物語に登場する民族の、言葉から文字から衣装から音楽から、一から設定して、僕は「新しい神話」を作ろうとしていた。それもあって、僕は10代の終わりから20代の初めにかけて、民族学博物館に通い、あらゆる地域の民族音楽を聴き込んで、文化人類学や様々な宗教の本を読み、自身の中の世界を膨らませることに夢中だった。ミュージシャンになること、ミュージシャンとしてそれなりのステージに立つこと、自分の音楽や芸術を創造すること等、その頃の僕にはまるで眼中になかった。

しかし如何せん、(粗筋や物語の着想はさておき)10代20代の若者が細部から全体までを描くには、物語が壮大過ぎた。自身の知識があまりにも未熟故、僕は大学に進むことを決意した訳だ。ところがその後、音楽文化に対する興味が予想以上に膨れ上がり、こうして音楽の仕事をするように「なってしまった」のだが。

くすぐったくも感じる、その頃の僕に、「今からの僕を誘(いざな)っている先」のようなものを、垣間見た。

そしてこの春から僕は、かつてケーナに出会った頃と同じ「熱」を、ある笛に感じ始めている。一応簡単な構造のものを手に入れてはいたのだが、あまりにも「誘(いざな)う声が大きい」ので、一大決心し、改めてその笛を海外の製作家に発注することにしたのである。奇しくも僕をケーナの世界に導いた名手ウニャ・ラモスが昇天したその日、その笛が届いた。この歳になって、再び新たな世界に飛び込む訳だ。

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とある翁の言葉に時を経て出会う

2014-05-15 11:47:19 | 日々を綴る


驚いた…そして面白かった。

目下整理中の古い荷物から突然出てきたのである。
当時から僕はこういうことに興味があったのだろう…1980年刊行で300円の冊子。

筆者は戦時中海軍の人造石油工場で研究と用法指導をしていたという人物…弟さんの一人は日本電力の発送電第一予算係長の後、徴兵され戦死しており、もう一人の弟さんはマッカーサーからの指名で学徒親善使節としてアメリカに渡った米英哲学の権威、この方も先に亡くなられたらしい。

石油ショック後にこのアイディアを著述出版しようとするも、「その時...わたしは八十才、今更未来産業開発でもあるまいし、また悪くすると、私はやられるかも知れない不安もあって、企画を放棄して今日に至った」とある。そしてこの年「人は死後に良きもの残せの信条により」、ご自身の米寿記念と、そしてご自身の墓碑のつもりで、この小さな冊子を刊行したという。

「水や空と緑の間に人間生活が点在する。人生、原始生活と文化的生活のどちらがより楽しいか今尚はっきりしないが、何処へ行っても電気とガスは必需品になった。その電気とガスがなくなったら人々はやり切れないとボヤくだろう。だがそうはさせない、私の代替新エネ対策、そこに水が充分あれば電気とガスは別条ない。欲しいだけ作ればよい。」「されば皆さん読者の皆さん、私のプロジェクトが大成功するよう、私の後継者をどうかご支援ご鞭撻願いたい」「弟二人は短命であったが、水素エネルギーは長命間違いない」「電気もガスも水で作ろう、民族千年の未来にそなえて」

僕が幼少を過ごした所の近所に住んでいた、この翁。その夢を語る言葉に時を経て出会い、朗らかな気持ちにさせられた。

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蜂の羽音のような音色

2014-05-09 20:48:49 | 日々を綴る

笛演奏家なんだけど、最近なりゆき的にギターを教えることに。

東欧音楽ユニットでは弦楽器を持って舞台に立っているのだが、もちろん弦楽器が僕のメイン楽器ではない。東欧音楽のユニットを作るにあたって、いわゆる奇数拍子なんかもフツーに登場するこの手の音楽を…それなりの技術があったとしても、そういった地域的音楽を聴き馴染んでいない弦楽器奏者が、ただ珍しく刺激的なリズムであるかのようにしてデジタルに刻みながら弾くよりは、それらの音楽を10代の頃から聴き馴染んでいた僕のような人間が弾く方が、(たとえ弦楽器を一から練習するとしても)結果的にはそれなりのサウンドを作れるのではないか…という安易な閃きがあったからである。
このユニット、熊澤洋子トリオで用いている“タロー流”ギリシア・ブズーキはさておき…ギターの方は本当にいじる程度で、正直僕は人に教える程、ギターが弾ける訳ではない。まぁこれを機会に自分でも改めて練習してみようと思っている。

生徒さんは、お料理上手のルーマニア人・アニさんの娘さん。どうも本人は将来ロックがやりたいらしいが、そのうち一緒にやってみよう…。今は簡単なルーマニアの歌からスタートしている。これが結構楽しい。

さて、僕が最近ハマっているモルドヴァ地域の笛は、チャンゴーと呼ばれるマイノリティーの人々の奏法で、声を出しながら吹くのだが…この「ギョ~ッ」という音を聞かせると、ここ日本では驚かれることやドン引きされることが少なくない。僕はこのホーミーのような音を美しく感じるし、そして何よりも心揺り動かされ、癒されるのだが。

この笛を、ある日ギター・レッスンのついでに、娘さんに聞かせてみた。するとどうだろう、「すっごい綺麗な音!こんな音はじめて聴いた!」というではないか。「蜂が飛んできた時の、羽音みたい!」

…そう、その通り!この音を、美しく、そして蜂の羽音のような音と形容してくれたことに、凄まじく感動した。同じ小学生でも、日本の小学校でこの笛を吹いて、このような反応をされたことはなかった。とんでもなく嬉しい。



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