鳳凰堂のランダムウォーカー <伏見の光>

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特別支援教育 12 授業「豆」(3)

2012-05-31 23:28:52 | 特別支援教育
 どこまで書きましたか・・・。

 展開

 で、まず、この黒い紙を貼った合板の坂の上から、ポロッと一個、大豆を落とす。と、コロコロと転がっていきますわな。

 一個転がるだけでは、これは音はしないです。わずかにするかも。ただ、スポットライトに照らされた中を豆が一個、コロコロ~。

 これで既に注目できる子どももいます。何度か授業を繰り返すと、最初のこの場面から注目できるようになってくる場合もあります。

 で、今度は手にひとつかみぐらい、いや、その前に数粒ぐらい流したかな。どっちだか忘れましたが。

 量が多くなると、ザーッと転がって行く時に音がしますね。

 これを少しずつ間をおきながらする。この「間」というのが大事。また、子どもたちにはたらきかける時は、そのはたらきかけ(刺激)
の程度が強くなりすぎない、過剰なものにならないように考えることが大事。

 それよりも変化に気づかせたい。「間」の中で、子どもら自身がちょっと考える、あるいは疑問に思う、そういう場面や状況を意図し
てつくりたい。

 視覚でも聴覚でも、体の揺れでも、はたらきかけの内容が強くなるというのはわかるのです。それは子どもらに反応してほしいからね。
なにかはたらきかけをして、ダイレクトにその反応が返ってきてほしいわけです、する方としては。だけど、それが過剰なものになって、
ただびっくりさせたりとか、緊張を強めたりとか、そういうことになってはしょうがない。

 で、これ、だんだんと量を多くしていく。もう、でっかいゴミ捨てのバケツに満杯、大豆はあるわけですから。

 少し高い位置から落とすとか、一気にこの大バケツを傾けてザッザッザーーーーーーーッと流すとかそういう工夫をする。

 坂を大量の大豆が一気に流れるというのは、その流れる様子も音も、なかなか迫力があります。

 こうなると、もう、あたりは大豆だらけです。ブルーシートの上にほとんど残ってはいますが、時々、かなり遠くまではねたりすること
もあります。これ、あとで拾わないといけない。また、子どもの服の間に大豆がはいってしまうこともあります。これも注意深く取り除かない
といけない。後から服の間から出てきたりすると怒られますね、。

 まあ、服の間から出てきただけならまだいいですけど、手指の操作が巧みな子だったりすると口に入れてしまったりする場合もある。

 と、気をつけなければいけないこともあります。

 で、この様子を見たり聞いたりしたら、今度は触ってみる。指先で、手のひら全体で、腕全体でとか。感触は悪くないですよ、小さいツブツブ
が動く感じは。

 で、さらには、自分の手元で、そのあたりにもう大豆はいっぱい転がってますから、それをちょっと集めて、小太鼓の上に落としてみる。
小太鼓の上で豆が飛び跳ねる様子とかその音はなかなか刺激的です。小太鼓の上に豆をしきつめて、手のひらを動かしてみるのも面白い。

 と、視覚、聴覚、触覚などへのはたらきかけを行うということです。

 こういう経験は、まあ、学校の授業でもないとできません。こういう教材を準備できて、それを子どもに合った形で提示できて、そして指導する
場合は、一対一であるかどうかはおいといて、相当の人がそのためにいる、そういう環境というのは学校が中心。学校しかないとは言わない
けれども、他の場所ではなかなかこういう条件が整わない。

 何も「文化」というのは、文学的な教材を持ってこなければいけないわけではない。

 子どもに合ったはたらきかけの中味を考え、それをその場にある様々なリソースを活用して示していくこと、そういうことそのものが
「文化」ということにつながっていく営みなのではないか、と思いました。

 授業「豆」はこれでおしまいにしときましょう。
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えつこ×ザイFX!のFXは「待つこと」が一番大事!

2012-05-31 08:11:07 | 株式投資・資産運用
えつこ×ザイFX!のFXは「待つこと」が一番大事!
クリエーター情報なし
ダイヤモンド社


 これも図書館で借りました。

 ピンク色の文字は、なにか目が痛い感じで私は見難いですが、内容は意外と悪くないように思いました。

 結局のところ、記録をつけて自分のルールをきちんとつくり、資金管理をしっかんりするということで、著者にとってはいい方法が自分に合うとは限らないので、本書のような内容も含めていろいろと参考にし考えながら、自分のスタイルを確立していくしかないです。

 相場の行方はテクニカル分析でもファンダメンタルズ分析でもわかりません。ですが、どうなったらどうするという事前の方針や対策をあらかじめ考えておくということはできます。
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相場の波動はシンプルに読め!

2012-05-31 06:45:46 | 株式投資・資産運用
相場の波動はシンプルに読め!
クリエーター情報なし
小学館


 これも図書館。3月刊の比較的新しい本です。

 図書館のサイトでは新着図書の検索もできるので、週に一回か二回はチェックをして、とりあえず興味があるようなものは予約をしておきます。人気のあるものは既に何人もの予約がある場合があります。で、受け取れる状態になるとメール連絡が来ますので、受け取りに行くと言う形です。やはり、近くに図書館があるのはありがたいです。

 あ、この本ですが、旧来からある「株本」という感じでした。実用的ではないです。
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自転車買ったよ

2012-05-30 21:53:46 | 
 自転車買いました。

 あさひのオリジナルブランド。なんやかんやで3.5万くらいです。

 多分、これです。


 一応、クロスバイクというジャンルのようですが、タイヤは太めのタイプ。
 ちょっとだけ駐車場で走ってみたのだけど、細いものは道路の感覚がかなりダイレクトでかたい感じ。
 オンロードで突っ走るなら細い方がいいみたいですが、汎用性はタイヤ太めの方。
 といっても、MTBほどのタイヤではないですが。

 いやー、なんか嬉しい。21段変速~。思わず、家の近くを走り回ってしまった。小学生か!。

 しかし、自分の自転車を買うのって、大学に入学した時以来です。

 日常の近いところの移動はこれにしようかと思います。
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8058三菱商事 1566円 100株 買

2012-05-30 18:41:05 | 株式投資・資産運用
8058三菱商事 1566円 100株 買

さて、どうかな。予定の買いではありますが。

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特別支援教育 11 授業「豆」(2)

2012-05-30 18:36:06 | 特別支援教育
 どこまで書きましたか?。

 実際の授業に入るところから。どうだったか、もう忘れてしまったところもありますが。

導入

 あいさつのあと、合板でつくった斜面の両サイドに子どもらを座らせます。
 中心指導の指導者以外はこのサイドの子どもらがいるところにつきます。

 この授業の「あいさつ」というのは結構重要でね。
 まあ、そんなに長い時間を使う必要はないのですが、例えば、いつもの教室で授業をするにしても、この「あいさつ」
の部分から、教室は「授業」の空間になるわけですから。そのはっきりとした区切りになるように。
そのことが子どもらにわかるように始めたいものです。
 そのためには、その時その時で適当なはじめ方をしないで、やっぱり一定の、言い方なり流れなりを確定して取り組みたいですね。
 授業を見ていてこの最初のところがいい加減だと「あら・・・」とか思ってしまいます。

 で、中心指導の指導者が登場です。ここは、まあ「つかみ」ですよね。
 ということは、子どもらをひきつけないといけないわけです。

 まあ、ベタな手法として私がよくするのは、足音とか。教室に入ってくる入り方とか。
 あるいは、「しゃべり」というか「台詞」。場合によっては、ここはかぶりもの、キャラクター的なものを持ってくる場合もあります。

 ついつい、その場その場での適当な「しゃべり」で持っていってしまうようなことが私は多かったですが、はっきりとした台詞とか言葉、あるいは効果音、そういったものは決めて繰り返していくのがいいでしょう。
 それが子どもらの「あ、始まった」「また、あれだな」という認識につながっていくと思うので。

 それで、教室を暗くします。最初から暗幕は閉めておいて、蛍光灯だけにしておき、この時点でパッと消して暗くします。
 しばらく真っ暗になったりするのも場面の区切りとしては面白いですが、真っ暗だとびっくりしたり怖がったりする子があったりもします。このあたりは子どもらの実態に即してですね。

 で、スポットライトをオン。合板の斜面、黒い紙を貼ったところを照らします。子どもは合板の斜面の両サイドにいますので、この場合、必ずしも子どもの背後から襲名をあてもという形にはなりません。
ということは、場合によっては強い光源、強すぎる光源が直接子どもらの視界に入る可能性もありますので、とりあえず最初は注意が必要です。このあたりはサブの指導者が気をつけるところ。

 これ、今、考えなおすとこう思うのですが、当時、どこまで配慮できていたかは自信ないです。

 続くよ。




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廬山寺、梨木神社の御朱印

2012-05-30 17:44:27 | インターネット・パソコン・デジカメ
 御朱印帳もようやく裏面になりました。表面しか使われない方もあるようですが。

 下鴨神社で新しい御朱印帳を買ったのですが、これはスタンプ帳にしてしまいました(こら!)。

 こちら、廬山寺。洛陽三十三所観音霊場ということです。

 御朱印のある如意輪観音像は、ここのページの左側でしょうか。京都国立博物館にあるということ。




 こちら、梨木神社。若い男性が書いてくれました。シンプルな感じ。

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9割の人が株で勝てない本当の理由

2012-05-30 14:11:09 | 株式投資・資産運用
9割の人が株で勝てない本当の理由
クリエーター情報なし
扶桑社


 図書館で借りました。

 うーん、内容はあまり濃いとは言えません。徹底してないです。入門書、初心者向けのようで、そうでもなし。

 結論的には「カラ売りも取り入れろ」「損切りしろ」の2点しか言ってないです。テクニカルとかマクロ指標云々についてもふれていますが、これらはいずれも「当たるも八卦・・・」的なものと認識しています。あるいは「お好きならどうぞ」的なもの。

 このタイトルを見た時に私が思ったのは、
・それは下手だから
・それは株価が下落しているから
の2点でした。

 副題で「なぜ個人投資家は「買い」から入るのか?」とありますが、まあ、いきなり売りから入るという人はまずない。それは、本書で指摘があるように、それが通常の「買い方」とは異質なものだからでしょう。私自身、売りは活用できてません。確かに下落相場で売りを活用できれば利益につながり、買いだけよりも売りも活用できた方が「手」は広くなります。しかし、それに慣れるのには、また時間も手間もかかります。「手」を広げるのはいいことですが、無理にしなければいけないということでもありません。この株価水準から、さて、売りでどれだけ取れますか。それは、偶然とテクニックの掛け算でしょうけど。

 「損切りしろ」については、趣旨はわかりますが、これは投資のスタンスによります。
 株価の上昇を期待して大きな(過大な)ポジジョンを取ったような場合は、損切りは必須でしょう。一方、資金の投入を分割して、細かく買い下がり、売り上がりをするような手法の場合、損切りするよりも機械的に一定の値幅で売ったり買ったりを繰り返す方が利益につながる場合もあります。

 カラ売りを推奨する(というか「手」の一つとしてもっておくことをすすめる)のであれば、コストやリスクについて、より具体的に実際の金額なども示して紹介する方が実用的です。

 全体として、どうも単純化しすぎというか、楽観的すぎるという印象のある本でした。

 書棚には残りません。いや、そもそも図書館に返さないといけないのですが。2日で返却です。

 あ、「トンデモ本」ということではないですよ。



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特別支援教育 10 授業「豆」(1)

2012-05-29 17:05:48 | 特別支援教育
 たまには、具体的な授業のことを。

 長く仕事をしていると、いくつか、印象に残る授業というのがあるものです。その中の一つ。

 これは、最初の養護学校での授業です。

 簡単に言うと、大豆を教材として使い、視覚や聴覚、触覚などにはたらきかけるという授業です。実際はなんという授業の名前にしたかは忘れてしまいました。

 対象は四つ這いなど、自分で少し移動することもできる重度重複、「乳児期後半」の子どもらでした。

 まず、準備。

 教室にブルーシート(工事用などに使われる大きなもの)を広くしきつめます。大豆をたくさん使い、これが散乱するので、
なにもしていないと後から片付けるのが大変になりますので、後から一気に集められるようにしいておきます。

 合板の大きなパネルを2~3枚。その下に置く巧技台をいくつか。この巧技台の上に大きな合板バネルを斜めにおいて、上から大豆を転がそうということです。

 板2枚、あるいは2枚半ぐらいの斜面をつくります。なお、合板は、そのままの木の状態ではなく、上の全面に黒い紙をはっておきます。

 もうひとつはスポットライト。小型のものでも光量があればそれでいいですし(板の斜面全体が照らせればよい)、大型のものでもよいです。

 あと、大豆そのもの。これはわずかな量では面白くない。この学校では、たまたまですが、教材用に大きなごみ捨て用のポリバケツいっぱいの大豆がありました。あまり長くおいておくと、虫がついたりする可能性もあるので、時々、日光にあてたりもして保存していました。これを全部持っていく。

 他には、小太鼓とかタンバリンのようなものもあると面白いです。


 はい、もう、これでだいたい授業の内容もわかったのでぱないか思いますが、それはまた次回に。
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今日の懸賞 29日

2012-05-29 16:53:43 | 懸賞
今日の懸賞 29日

今月の応募総数 1942
今月の当選総数 8

当選、主な応募先など
 crocosでボールペンが当選したぐらいで、応募の方も他のことにかまけて全然進んでいません。
 今月、応募総数3000をめざしていましたが、せいぜい2000強というところか。
 復活へはまだ助走段階。懸賞は、いわば「どうでもいいこと」系なので、ま、ぼちぼちと。

今日のくじなど
楽天のEdyのくじが初めて当選しました。1ポイントですけど。

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ソーバル 457円 100株 売

2012-05-29 14:45:02 | 株式投資・資産運用
5/8に446円 買 なので、1100円・・・。

また細かいです・・・。

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5802住友電気工業 907円 100株 売

2012-05-29 07:31:21 | 株式投資・資産運用
5802住友電気工業 907円 100株 売

ということで、売り。もう、細かい・・・。
利益1000円。電車代です。

また下落で拾いましょうか。

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廬山寺、梨木神社から京都御所、金融街へ(2)

2012-05-29 05:50:07 | インターネット・パソコン・デジカメ
 廬山寺や府立医大の図書館あたりには御土居(おどい)言われるものが残っています。秀吉が京都市内に造った土塁のあとですが、現存するものは少ないようです。といって、ただ土が盛られたところに樹木が生えているという感じで、見てもよくわかりませんけど。




 これは梨木神社の本殿の東側。なんか糺の森のような雰囲気です。梨木神社そのものは明治時代の創建で、そんなに古くはないですが。ここは、秋の萩がよいです。


 梨木神社と御所の間の道を南へ。木漏れ日がきれいです。


 清和院御門から御所の中へ。このあたりは、予備校に通っていた時、昼ごはんを食べたり、授業をさぼってごろころしたりしていた所です。
御門から東を見ると後ろに大文字山がよく見えます。

 御所内、警備の車がゆーっくりと走ってます。


 で、烏丸通に出て、地下鉄丸太町駅へ。あー、もう疲れてきた、ちょっと暑いです・・・。

 四条烏丸のりそな銀行へ行き、親父さんの口座確認と解約の手続き。窓口はすいているのに、手続きに30分くらいかかりました。遅いよ・・。

 ジュンク堂書店に寄って、それから大和証券へ。親父さん用の口座を開設しようかと思って寄りましたが、必要書類が足りず、昨日は開設できませんでした。また後日。まあ、証券会社の口座といっても、定期預金か、せいぜい国債までみたいです。株式等リスクをとった運用は認められないとか。それはいいんだけど、国債の運用についても、家裁の人はなんかしぶい顔をしてたなぁ。これは解せないですが。

 で、京阪の祇園四条から帰りました。南北の移動は主に電車で、歩いたのは烏丸から川端の東西の幅の分と寄り道した分ぐらいだから、そんなに歩いてないのだけど、それでも足はだるいです。

 でも、ちょっとでも動いておかないと、さらになまっていくばかりですので。

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廬山寺、梨木神社から京都御所、金融街へ(1)

2012-05-28 22:48:31 | インターネット・パソコン・デジカメ
 今日は親父さんの成年後見の関係で金融機関まわり・・・・。

 車で行こうかと思いましたが、最近、歩いてないので電車に変更。

 まずは京都地方法務局へ。ここで成年後見の登記事項証明を取らないといけません。場所は河原町通の荒神口を東に入ったところ。

 京阪の神宮丸太町で下車。あ、その前に京阪の宇治線は、まだ全部ではないけれども、新型車両の割合が増えてますね。

 電車を下車して、鴨川の東側をひとつ北の橋まで歩きます。鴨かなにかがいます。最近はヌートリアも増えているとか。でっかいねずみみたいなのね。それは見ませんでしたが。

 法務局の場所はすぐわかりました。「あー、こんなところにあったのね。よくこのあたりはよく来たことか゜あるのに知らなかった。」という感じです。普通は法務局にはあまり用はないからね。

 成年後見の登記事項証明は3階の窓口。2階の不動産関係とかのところはわりと人は多かったですが、3階はすいていて、すぐに書類はできました。

 で、河原町通りをすぎて、御所の方へ。途中、清荒神(きよしこうじん)というお寺がありました。これもしらんかったがな、存在を。だから「荒神口」という地名になったそうです。


 御所の横の道を少し北上。「あー、ここは立命の広小路学舎があったところだ。」と、また河原町通りの方へ。今は府立医大の施設になってます。ここは「二十歳の原点」によく出てきます。

 で、河原町通のその少し北、府立医大の向かいに、押したら倒れそうな幅のない茶色の建物があります。今は特に使用されていないみたいでしたが、ここは元は予備校。1年弱、通った場所です。建物には「定礎 1979年4月」の銘板がはめられていました。そう、このすぐ後に通ったのです。
と、昔を振り返りがちになるのは年とったということか。校舎入り口の「鳳凰」は昔のままでした。




 御所の方に戻り、廬山寺へ。紫式部の邸宅跡として知られるところ。小さいお寺です。平日の午前ということで参拝の人も少なく静か。





 お寺を出て向かいの梨木神社へ。

 ここには井戸がありまして、その水を汲む人が、列をなすというほどでもないけど、ひっきりなしに来ていました。神社の人に聞いたら「(水質の)保証とかをしているわけではないんですけどね。」と言ってました。でも大丈夫そうなのでちょっと飲んでみると、おっ、これは!。そんなに冷たくはないけれど、とても柔らかい感じがするおいしい水でした。


 続く
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特別支援教育 9 「感覚的感じ分けから、認識をくぐった「わかる」へ」

2012-05-27 10:07:07 | 特別支援教育
感覚的感じ分けから、認識をくぐった「わかる」へ

ちょっとこちらの記事はお休みしておりましたが、復活。

 「感覚的感じ分けから、認識をくぐった「わかる」へ」っていうのは、以前から私が使っている言い回しなのですが、一般的な用語とか言い方ではないのでわかりにくいですね。

 なんのことかというと、認識面で「乳児期前半」~「乳児期後半」期にある子どもたちの指導のねらいの基本的なあり方について言ったものです。

 例えば、非常に緊張が強かったり、あるいは、睡眠・覚醒のリズムが整っていなかったりする、視覚障害や聴覚障害がある、感覚面でも様々な過敏さもある、全体として認識面では「乳児期前半」の課題があてはまる、そうした子どもたちにまず指導の中でねらう、望むことは、こちら側の様々なはたらきかけを落ち着いた状態で受けて止めほしいということです。

 私は「刺激」という言葉をあまり使わずに「はたらきかけ」という言葉をよく使います。

 それは、前者が様々な環境からの影響全般を指すのに対して、後者はそれらの中から指導者が意図をもってはたらきかけているものという意味があります。

 つまり「はたらきかけ」は「刺激」の中に含まれるが、そこには「こんなことを感じ取らせたい」という意図をもった中味が用意されていなければならないということです。

 で、とにかく、まず落ち着いた状態ではたらきかけを受け止めてほしいわけです。それは視覚なり聴覚なり、前庭覚、固有覚、触覚等々いろいろな内容があると思いますが。

 これは、まずは心地良いはたらきかけを受け止めるということが基本になる。いきなり不快であるとか、強すぎる刺激となるようなはたらきけを行うことは適当ではない。

 それは具体的には「だっこをした状態でゆっくり揺らすとリラックスできる」とか「温かいお湯の温感ゆお湯の中で手や足を動かされる感覚」だったりします。

 これはどう評価したらいいのかな?。どういう状態だったら「受け止める」ことができていると評価できるのでしょうか?。当然、個々の子どもらの実態によってそれは異なりますが、例えば、表情であったり発声であっったり、体の緊張の状態であったり、そういったことでしょうね。

 で、この「受け止める」というのはまずできたと。だったら次はどうか?。次は感覚へのはたらきかけとしては同じであっても、その違いを感じ取れるようになってほしい。

 それは「温かい」「冷たい」の違いであったり、「ゆっくりした揺れ」と「細かいバイブレーションを伴う揺れ」であったり、色々なことが考えられると思います。

 で、まずは感覚的なところでいいから、この違いというのをはっきりと感じとれるようになってほしい。と、ここまでは感覚的なことが中心です。

 で、この感覚的に違いを感じ分ける、そういう取組を継続して何回も何回も続けていく。あれこれ、あれこれといろんなことをするよりも、継続的に一定の内容を繰り返し、繰り返し取り組んでいく。

 そうする中で「あ、知ってる」「前にした」「いつもと同じだ」「これが好き」「こっちがいいな」、そういうわかり方ができるようになってほしい。言葉でこのように認識できるようになってほしいということではない。言葉になおしてみるならばこのような中味になるように「わかり方」ができるようになってほしいということです。

 これは単に感覚的にどう感じ取るかということとは質的に意味が違うわけです。このことをまとめて、私は「感覚的感じ分けから、認識をくぐった「わかる」へ」という言い方をしているわけです。

 これは重度の子どもたちにとっては、かなり普遍的なところでねらいとして大事にするポイントになるだろうと考えています。

 ちょっと舌足らず・・・。まあ、アップしときます。


 


  
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