ふうせんのホームページ

合唱とパソコンを趣味として、つれづれなるままに、書き連ねます。

合宿

2010-10-31 07:05:12 | 日記
合宿2日目
といっても、今日で終わり。

久しぶりの合宿。
以前、初めて合唱団での合宿の時は、わくわくした。
学生時代のような、錯覚を覚え、うくうきと出掛けた覚えがある。

今回の合宿は、いや、その前からだが、合宿が苦痛になっていた。

2回目からの合宿もそれ以降のもずうっと、旅行は好きだが、そもそも寝床の変わるのは
どうも、気がおもい。

たいてい、なかなか寝付けず、就寝前の飲酒も手伝って、何回もトイレに立つので、良く寝たという感想から
は程遠いことが多いから、外泊は嫌いになった。

かつての、合唱団は、合宿参加者が少ないことが何度か続き、いつもの練習場で、土日に設定。拡大練習に
変わって、合宿から遠ざかった。

その時の団には、今は所属していない。
聞くところによると、また合宿が復活したそうな。

最近、所属し始めた団では、いずれも合宿自体なかった。

今回は、久しぶりの合宿ということになった。

気の重い合宿初日。
近付く台風の影響で雨風のひどい状態だった。

団員の半数程度。練習ピアニストは、台風の影響を受けた電車の運転中止に会い、まだ到着していなかった。

しかし、集まった人数で、発声練習は始まっていて、和やかな雰囲気だった。

この団は、いつも、和気あいあいというところがある。
合宿もいつものように和やかな感じでスケジュールが進んでいった。

時間とともに台風の影響も含め、遅刻者も少しづつ、集まってきてだんだん人数も増えてきた。

合宿のよさは十分に味わえた。

ベッドが良かったのか、熟睡したし、さわやかな目覚めを迎えた。

今日は9時から再び練習開始。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

メンデルスゾーン

2010-10-29 09:57:48 | 日記
偉大な作曲家。
後世に名の残る音楽家。

数奇な運命に翻弄された作曲家は多い。
短命だったり、薄幸だったり。

国から疎まれたり、国民から、迫害されたりという作曲家も結構多い。

今でいうバッシングに翻弄されることも。

一時期歴史に埋もれた偉大な作曲家たちの業績が見直され、曲が演奏されるようになった
ことは、音楽を愛する者にとっても、ありがたいことだ。

今回、何気なく「メンデルスゾーン」の本を手にした。

9年の合唱歴で、メンデルスゾーンの曲はまだ経験がなかった。
先日、東京トロイカ合唱団の定演で「葬送歌 Op.116」というのをはじめて聞いた。
図書館で、 「メンデルスゾーンの世界」のタイトルを見つけて、借りた。

オペラから管弦楽曲、ピアノ曲、室内楽曲、そして声楽曲と幅広い曲がある。
それなのに、なじみがあまりなかった。

偉大な作曲家がたーくさんいて、合唱曲はそれ以上に豊富にあるということだろう。
有難いことです。


「疲れたよ、ひどく疲れた」(Ich bin müde, schrecklich müde.)

メンデルスゾーンの最期の言葉だそうだ。



メンデルスゾーンの世界
船木元
文芸社
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

負の歴史

2010-10-28 13:38:53 | 日記
67年ぶりに学徒出陣し、フィリピンで戦死した青年兵の日の丸の旗が遺族の元に返ってきた。との記事があった。

遺骨の収集が延期になったとの記事もあった。

遺骨の収集は、1957年に始まり、08年までに約13万柱が日本に戻ったという。

まだまだ、故国に帰れない遺骨がたくさんあるということ。

遺品も遺骨と同じくらいは、あるのだろう。

戦後の前後あたりには、戦死の報と遺骨を納めた骨壷が遺族に渡されたものの、
骨壷の中身は、髪の毛だったり、身体の一部だったり、空の時もあったと聞く。

遺骨でさえ、そんな状況なのだから遺品も戻ることのほうが珍しかっただろう。

年に一回か2,3年に一回くらいか、遺族に戻ったというニュースがある。

今回のように、親や兄妹はすでに亡くなっていて、ということも。

もう少ししたら、手掛かりの途絶えてしまう事例もでてくるだろう。

遺族に戻るからニュースにもなるが、戻れない遺品も数多いだろう。


そういえば、ひところの中国残留孤児も年々、判明率が低下しているとか。

負の歴史が徐々に覆い隠されていく。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ラフマニノフ『晩祷』

2010-10-27 12:50:25 | 日記

先日、プロの合唱団による、ラフマニノフの「晩祷」全曲演奏会があった。

来年1月23日にはアマチュアの合唱団が、2回目の全曲演奏に挑む。

「晩祷」は、あるwebサイトによると100人必要とあった。

プロの合唱団の演奏会は、今回48人だったそうな。

今度のアマチュア合唱団は、40人にも満たない。

パートの人数のバランスも平均的になっていない。

教会スラブ語でキリル文字の楽譜ということもあって、合唱経験者からは敬遠され、
見学会をしたり、色々呼び掛けたりしているが、団員は最近さらに減り気味にある。

2002年の10月に合唱隊でデビューし、地道に練習を重ね、抜粋でジョイントコンサートを
重ねて昨年第一回の全曲演奏会を行い、次は第二回目の全曲演奏をと、取り組んできている。

3か月を切って、練習にも力が入っているだろう。なんとか成功させたいと、取り組んでいる。

興味をもたれた合唱経験者は、是非、一度、ラフマニノフの「晩祷」を歌ってみてはいかがだろう。

難しい曲をやってみるのも、技術の向上の助けになる。

団員募集中。見学、入団の申込は下記サイトから。
アリルイヤ合唱団URL (http://alliluiiachorus.web.fc2.com/

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

メールのルール

2010-10-26 07:11:36 | 日記
コミュニケーション手段のEメールが重要なアイテムになっている。

何件いや何百万件をはるかに超えるメールがweb上にとびかっているだろう。

手紙やはがきのルールの薄れてきた昨今。新参のeメールのルールは、メールの送受信の
仕方を学んでも、ルールについて学ぶ機会は皆無のようだ。

職場や家庭。メーリングリストも複数利用しているが、最近、ルール無視のものが増えてきた。

ホームページに慣らされて、シンプルな文字には、物足りなさを覚えるのか、htmlの特殊性を
多用する人が増えてきたようだ。

職場では、パソコンのOSがvistaに変わった時、メーラーがバージョンアップして、文字化けや添付ファイル問題が続出。対応に追われたことがある。

「今まで、大丈夫だったのに」という利用者に、何度となくメールのルールを説明した。

いまだに、ルール違反が生じている。理解してもらえないことに、匙を投げた。

メールのルールを、自転車にたとえてみた。
自転車を乗り回すのは、ちょっと練習すれば、小学生以下でも簡単にできる。
しかし、自転車で公道を走るには、信号のこと、自転車の整備のこと、交通ルールをしらずに
いると、事故が起きることもある。一つ間違えば死に至ることも。

簡単に使えるから、どう使っても安全というわけではない。

物を使うには、基準がある。

メールは誰でも、キーで文字をうち込めば、作成できる。難しい漢字を知らなくても変換すれば、
簡単に難しい漢字を使うこともできる。
htmlを使えば、文字に色をつけたり、記号を使ったりすることもできる。

便利なメールだからこそ、利用者側のちょっとした、心遣いは必要だろう。

自転車が、歩道を走る時のルールは、歩行者優先ということも知らない大人さえいるように、メール利用者
にもルールを知らない人が多いようだ。

web上に、「メールのルール」とか「メールの使い方」とか、サイトがあるけれど、あまり利用されていない。

伝えようとしても、なかなか伝わらないことに最近は気持ちが落ち込む。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

プロ

2010-10-24 10:52:13 | 日記
東京トロイカ合唱団の今年の定演、「晩祷」全曲演奏会が終わった。

今年は50名近い参加となり、ppの響きがまだ、耳に残っている。

デクレシェンドのすぅーと消えていく様は、もさすがプロ。

素人の音の切れはぷつっとなってしまって、溶けていくような感じにはなかなかならない。

人数がいながらのppの重厚さは心にも響く。

アマチュアの場合、ロングトーンは特に苦手?
音程が下がる。
勝手にリットがかかる。

音程が下がらないようにと、「上向きと考える」「すこーし思っている音より上を狙う」
など、色々アドバイスがある。

「オーケストラとやるときには、少し上の音程を心がけると、オーケストラに埋もれない」
とのアドヴァイスもあった。

オーケスラトラが一緒でないときにも、心持ち、上を狙うとか、下がっていくときは、上昇させるつもりでないと、
より下がるとはどの指導者からもアドヴァイスされる。

注意しなければいけないことがたくさんある。
ppのときffのときロングトーンの時は、より繊細な神経を要求される。

pppの曲は、最近演奏する機会がないが、美しいpp、感動させるロングトーンにしたい。

今日は、二つの練習がある。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ラフマニノフ

2010-10-22 07:05:23 | 日記

第17回全曲演奏会

ラフマニノフ作曲 
晩祷

曲目 F.メンデルスゾーン Op.116
    葬送の歌

   S.ラフマニノフ Op.37
   『晩祷』 全15曲

2010年10月22日
開演 19時 開場 18時30分
東京カテドラル聖マリア大聖堂
目白「椿山荘」前(目白駅より都バス61番で10分

自由席 4,000円
指定席 5,000円

指揮 河地良智
合唱 東京トロイカ合唱団



主催  トロイカ音楽事務所
後援   恵雅堂出版株式会社/ロシアレストラン・チャイカ
問い合わせ トロイカ音楽事務所   
URL  http://tokyo-toroika.jp/



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

重い作品

2010-10-21 07:04:10 | 日記
文春文庫35周年に山田詠美、桐野夏生、石田衣良、沢田耕太郎各氏の
愛読書、おすすめの作品のシリーズ刊行版。

さすがにお勧めだけ、あって、どれも読みごたえがあった。


山本周五郎の「大炊介始末」は、重い作品だった。

星新一の「おーい でてこーい」は、寒さにふるえた。

江戸川乱歩の「防空壕」は、戦時下の日本の風景をみているかのようだった。

「小説はおもしろさをなによりも大切にしなければいけない」と断言する石田衣良各氏
が選んだという14編。

「おもしろい」と思えたものより、重いと感じた作品が多かった。


心に残る物語 日本文学秀作選 危険なマッチ箱
石田衣良 編
文春文庫

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

しつけ・躾

2010-10-20 10:28:37 | 日記
アラブ首長国連邦(UAE)の最高裁が、男性による妻子への暴力について、傷が残らないことなどを条件に「しつけとして許される」との判断を示す判決を出したそうな。

最高裁は、判断基準として傷やあざが残らないことや子供が18歳未満であることを条件に、妻子へのしつけが認められると提示したとか。


国によって子どもの定義は違う。
国によって、こどもへの慣習も違う。

こどもへのしつけというのも、国の慣習などを踏まえて、違いは多い。

家庭内暴力、配偶者からの暴力ということについては、国によって様々なようだ。

日本国内でも、こどもへのしつけと称して、重態になるほどの体罰を加えたり、死に至らしめて
裁判で有罪になることも多いけれど、しつけとして許される範囲が子どもであれば18歳未満。
妻に対しても、傷が残らない程度であればよしというのには、驚かされた。

日本での配偶者からの暴力には、改正後、精神的暴力も入った。心への傷も暴力と定義された。
男性の妻子への暴力は、心への傷については、おそらく考慮されていない。

子どもへの精神的暴力、深い傷は考慮されない。妻についても、18歳以上であるけれど、しつけの範囲と称されれば、精神を病むような暴力でも受忍しなさいということになる。

しつけの名においてふるわれる暴力こそ、許し難い。
しつけの名において、許すというのは、「法のざる」でしかないと、思っている。

こどもにも、妻にも人権があるということを考えて欲しい。
人権は男性だけのものでないはず。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

飾り毛布

2010-10-19 14:12:02 | 日記
「飾り毛布」というのがあるそうな。

青函連絡船記念館摩周丸に展示されているもので、展示替えが行われ、
元乗員が、久しぶりに、行ったそうな。

レストランに行くとナプキンなどが、飾りになっていることがある。

商店の店先や、壁に、飾り付けられている、手ぬぐいだったりハンカチだったり、
風呂敷だったりは、心なごむ。

毛布に飾り折りがあるのをはじめて知った。

青函連絡船は、もうすでに就航されていないが「花毛布」という名前で「にっぽん丸」とか
一部にサービスをしているところがあるそうな。

最近は、ゆとりとか余裕とかは、肩身が狭くなってしまって、合理化とか節約とかの波に
空間を楽しむ心さえ失われてつつあるように思う。

人の生活には、少しのゆとりは、必要不可欠。

生活が苦しくとも、少しの遊び心を保てる余裕は持ちたい。

最小限というのは、通常、「ゆとり」などとんでもないように思っている人が多いようだけれど、
精神的はゆとりが保てながらのものだと思う。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

安全対策

2010-10-18 15:04:55 | 日記

奇跡の救出劇が終わり、元気に職場に復帰したという報道のなかで、課題が浮き彫りになった。

速やかな賃金支払いと安全対策の向上を求めているという。

33人が救われたという裏に、鉱山の事故などにより今年で35人の死亡者が出ているという。

企業の利権も絡み、長い間放置されてきた状況を変えるための具体策は、まだないとか。

33人もの尊い命が、世界中が見守り、一人救出、二人目救出、・・・・31人まで救出。あと一人。
と速報も出た、出来事は、多くの人に喜びをもたらし、感動を与えた。

手放しで喜んでいられなくなるのは、そうした感動の後。

「退院しました」との報と同じころに、賃金支払いを求めるという報道があった。

感動の裏にドロドロしたものが、噴き出してくる。

今回は、全員が救出されたけれど、山積みの、問題は、これからのこと。

会社の安全管理や、安全対策がもっとなされていたら、実は、奇跡の救出なんてことは起こらず
33人は、日々平凡に仕事をし、平凡な家庭での生活を繰り返していたかもしれない。

家族と69日も離れることもなかったはず。

天災が人災も加担していたというのは、よくある話。

天災は仕方のないことだけれど、最小限で済むはずのものが、人災も加担すると大きくなる。

4か月もかかるといわれていたのが2カ月ほでで、救われたけれど、それとて、人災がなければ、
2、3日で済んでいたかもしれない。

労働者は使い捨て。というのは、日本の戦前だけの話ではない。

いまだに続いている、労働者の命の軽視。

33人は、たくさんの人の力で救われたけれど、一人の力で命を落とすこともある。

「地球より重い」なんて標語もあったけれど、皆がそう思っていなければ、空論になる。

労働者はコピー用紙と以前思ったことがある。
必要な時は重宝がられるけど、用がすめば、ゴミ箱行き。

鉱山の経営者は鉱山労働者をどう考えているのだろうか。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

対策

2010-10-16 07:48:05 | 日記
うがい、就寝時のマスク、気を使ったこの1週間。
少し風邪気味。

月曜日 練習日。日中、咳が何回か出た。
      うがいの数をもう一回増やす。
      就寝時にマスクをする。
      
火曜日 16日、本番の練習日。
      咳をしている団員がいた。
      思う声より下がっている気配。
      風邪の影響か。

水曜日 朝、痰がからんだ。
      うがいの数をさらに増やす。
      就寝時のマスクを続ける。

木曜日 一部声が出なくなった。練習後少し声がれ。
      うがいの回数をさらに増やす。
      練習会場でずっと咳をしている人が。
      練習後の帰り道、二人と駅まで一緒に帰った。
      そのうちの一人の人の傍に咳の本人がいたらしい。
      最近、咳をするのに、口元に手で覆わない人が多いねという話になった。

金曜日 声がれがひどくなった。心持ちハスキーヴォイス。
      うがいをさらに追加。
      ネットでみたら、うがいというのは日本だけの習慣。
      外国ではみっともない、行為なのだとか。
      土曜日の本番には、声が出ないのは、避けたい。
      鼻水もすこーし出始めた。
      市販の風邪薬を購入。レモン系の飲料も服用する。
      
土曜日 少し、鼻水。
      何とか、もって欲しい。
      咳と声がれは比例する。
      痰が絡み始めると、声がれが始まる。
      痰と声がれも比例するのか。

      本番まであと、10時間。
      
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

スターバト・マーテル

2010-10-15 09:11:21 | 日記

≪トーマス・ザンデルリンク氏を迎えて!≫

ドヴォルザーク
『チェロ協奏曲』 
Op104
『スターバト・マーテル』
 Op58


 2010年10月16日(土) 東京芸術劇場大ホール  



指 揮 ドーマス・ザンデルリンク


ソプラノ 大隅智佳子
アルト 小川明子
テノール ジン・スンオン
バ ス 豊島雄一
管弦楽オラトリオ・シンフォニカJAPAN

合 唱  東京オラトリオ研究会・新星合唱団

主 催 認定NPO法人 おんがくの共同作業場
共 催 新星合唱団 ・東京オラトリオ研究会



         



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

継続

2010-10-14 07:12:21 | 日記
継続は、力だという。

何度となく、何回が幾回に、何か月に、何年に、何十年にとつながることは、すごいことだと
思う。

続けることには、本人の意思と、それを支えたこと(人も含めて)、本人の環境も大きいと
思う。

続けるなかでは、犠牲になったこと。あきらめざるを得なかったこと。切り捨てるしかなかった
ことなどがたくさんあっただろう。

続けられることは意義があるし、称賛に値するだろう。
簡単にやめてしまうことを愚かなことと言い捨てることも、可能だろう。

継続できなかったことに、『愚かなことをしたね』と言えるのかと疑問に思う。

泣く泣くやめるしかなかったかもしれないのだから。
切り捨てられることが簡単にできて、問題なくて、正しい選択だとしても、痛みを伴う選択が、
あったとしたら、それを愚かと言われたら、過酷なことになるのではないかと、思う。

続ける人への称賛、続けたことへの、賛美はあってもいい。
それは、本人の意思だけの問題ではないのだから。

しかし、やめたことへの仕打ちは死者に鞭打つことになる気がする。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

課題

2010-10-13 12:12:05 | 日記

指揮者と合唱団との練習最終日。

テナーのソリストをお迎えしての練習となった。

ベルカントの発声をよく見てとの、合唱指導者の言葉があった。

男声と一緒に歌うところでは、ベースの人数が効果的で、ソリストの声が聞き取りにくかった。

マエストロから、「テナーはそのまま、ベースは少し落として」と指示。

今度はソリストの声もよく聞き取れた。

今日からオケ合わせに入る。
指揮者との練習は4回だった。

最初の日から4日間とも、ずうっと、言われ続けてしまったことがある。

「ポルタメントはしないで」
「速度を合わせて」
「音を保って」
「グリッサンドを守って」

AndanteLargoの違いも何度となく指摘を受けた。


あと2回のオケ合わせの後に、本番がくる。

どれだけ、身につけ、テンションをよい具合に持っていけるのか。

「指揮者と楽譜が両方見られること」が閉めの言葉だった。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加