「捏造」と捏造された不倫事件の真実

2002年、浄土真宗S会内部で起こった「不倫疑惑事件」について、当事者であるM局長、T会長との書簡を公開しています。

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更新のお知らせ

2009-01-29 19:35:52 | Weblog
新たに、

私→K子局長補佐 その1(平成21年1月22日)
私→M局長 その5(平成21年1月18日)

をアップいたしました。
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「捏造」と捏造された不倫事件の真実

2008-12-31 12:33:29 | Weblog
T親子への「書簡開示サイト」開設に当たり、一言ご挨拶申し上げます。

2002年、S会内部で起こった「不倫事件」、または「不倫疑惑事件」を私がインターネットで偶然知ったのは昨年10月でした。事件から既に6年の月日が経過し、一部の直接関与した人(講師の方々)を除けば事件の記憶は風化し、「過去化してしまった」と、言っていいのでしょう。

しかし、私にとっては「今、目の前」で起こった、に等しいような「現前の事実」でした。文字通り青天の霹靂でした。
というのは、事件の主役が私の娘(=息子の嫁)と仲人をお願いしたS会布教局長のM.T氏だったからです。

その後一ヶ月、事実関係を懸命に調べ、ほぼ全体が、見えて来ました。

事件のあった2002年の総会で会長K.T氏が強権を発動し、事件全体を捏造されたものとして幕を引いてしまいました。処罰されるべき子息の咎を責めず、一方事件を報道、情報化した一部の講師を「和合僧を乱した」として処罰する・・

このT親子の犯した事後処理の「不条理性=捏造と捏造してしまった」は私と私の家族の屈辱感を更に強めることとなりました。そして私はT親子と一人対決することを決意しました。

始め、家内は私の決意に強く反対しました。理由は子供のS会における立場を憂慮し、また過ぎた事件を掘り返して、私たち家族の恥を再び晒すことを心配して、でした。

私自身もサイト開設を前にし、「阿修羅」に陥りやすい自分の性格を再チェックしました。家内の忠告もあり、改めてその危険性に気付き、少し時間を置いてみる事にしました。しかし、決意は変わりませんでした。

サイトには私がT親子と娘・Hに宛てて作成し、送付した全ての書簡を公開するつもりです。
今後、送付する、であろう書簡も順次公開するつもりです。

宛先の3者に対する書簡の共通性は事件の「本当を知りたい」、仏語をもじって言えば「真実開顕」です。事件当事者の二人には「本当」を語り、事件を起こしたことを「謝す」、父親のT会長は、それを受けて、自分の「判断の誤り」を「謝す」ことを目的としております。

この際の判断基準は社会通念上の正邪とS会内部規約としました。(法の鏡=仏の眼に照らせば、追求する私は目糞であり対象となるT親子は鼻糞の様なものでしょう。所詮目糞と鼻糞の争いではあります。)

また、私はS会の非会員であり、従って内部問題に立ち入るには限度のあることも承知しています。そこでT会長に対してはその責任を「形式的」にではなく、「感性的」に訴えて来ました。

一方M局長に対しては個人的関係性が極めて濃密であるので、彼に面会した上で、「本当」を知り、私たちのありのままの気持を強く訴え、これまでの彼の意図的或いは非意図的「沈黙」を誠実に謝してもらうつもりでおります。

                 *
取り交わした書簡は本来当事者間にのみ秘匿されたもの、従って、ネット上に掲示することは一種の「禁じ手」ではないかと、危惧しております。しかし、T親子(特にM局長)には私(=私の書簡)を無視する意志を強く感じております。この閉塞された関係性を打破するために、今回第三者が参加できる(=公開性)インターネットの力に依拠するこことしました。

多くの方々にアクセスしていただき、ご批判があれば反省の糧とし、ご賛同いただければ、今後も勇気をもって、彼らに向かって行きたいと考えております。
宜しくお願いします。

     2009年1月1日

追記
(娘・Hを除き)私はT親子と個人的な交流はありません。子息M局長とは、仲人をお願いしたときを含め2度形式的な会食をしただけ、父親のT会長とは一度の接触もありません。書簡の中での私の彼らに対する表現はほとんど全てが2次情報を基にしています。従って彼らの人間性を一方的に判断してしまっているだろうことは、自覚しております。
しかし、今回彼らと対峙する場合、自分の心中に(仮にでも)彼らの具体的なイメージを作らねばものごとは先に進みません。

今回の書簡送付と彼らの反応(または無反応)、及び上述の2次情報を基にした彼らのイメージを以下簡単に記述します。異論があれば、是非お知らせください。

娘・H
私の一連の聞き取りの一番重要な部分「事実か否か」に対し、返事の内容がその都度変わる。「会長先生を尊敬しております」を繰り返し、S会、会長を守るためには証言の真偽を変えることに意を介さない。S会講師の一典型と言えようか。そのため、自分個人の「座標」をもたない。カルトの犠牲者。

M局長
私の最初の書簡に対し、電話をしてきたのはK子夫人。私の求めに応じ、(多分しぶしぶ)会話に応じた(これ1回きり)。その時の会話で私が強く記憶しているのは、「事実無根」「ネットの書き込みは‘たわ言’ばかり」だけ。

これより受けた印象は、「熟慮」するのは苦手、一方大声で「威嚇」するのは得意、である。その後の私の通信に対しては何の応答もない。つまり「不誠実」、である。
こうした事実より、信仰指導者としては「???」である。

T会長
最近の彼に対するもろもろの批判・非難を知れば、当然のことながら、信仰指導者としては、大いに疑問がある。しかし、20代より、彼が一人努力し、築き上た宗教ビジネスに対しては、私は無条件に賛嘆するものである。
今回彼より頂いた返信に関しては2通とも大いに落胆させられる内容であった。
一言で言えば、「はぐらかす」→「問いをうまくはずす」→「ごまかす」。つまり「ごまかし上手」が彼の印象である。

以上三者の共通性はどの一人も「人に法を伝える」者としては、2流以下と判断しました。
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私→義娘・H その1

2008-12-31 12:30:49 | Weblog
一筆啓上

過去に貴女を巻き込んだS会における事件、と言えば貴女は直ぐにそれが何かは感づいてくださると思うのですが、その事件の真相についてあなたにお尋ねするためにこの書簡を作成しました。

このような書簡を作らねばならない不運を嘆いています。

順を追って書いていきます。
①私がいつ、どのようにして、この不倫事件(正確に言えば不倫疑惑事件)を知ったか
②この事件に対して私はどのように考えているか
③貴女への質問 
④この書簡について注意して欲しいこと

①いつ、どのようにして知ったか
 2002年5月ごろ、当時関東の支部長をしておりましたSさんより家内に電話で「大変な騒ぎになっている」との連絡がありました。それから少し経って、「どうも噂だけだったようだ」との二報が入ってきました。
 家内は安心したようでしたが、私の直感は、「事件は事実に違いない」というものでした。家内が安心し、事件は本質的に貴女とR介の問題と考え、また噂の真偽について私の立場で確認するのは不可能と判断し、過ぎ去った出来事とすることにしました。

 つい最近(9月)、インターネットを再開しました。ネット狂の家内の妹から息子R介のブログについて連絡がありました。検索ボックスに「R介」を入れると『金言道場』が現れました。しばらく日課のようにしてそれを読んでおりました。

 しばらくして、あなたのブログもあるかと、「H」を検索しました。
 
一件だけ出てきました。刺激的な「失楽園」の案内文コピー(同封)が目に入ってきました。家内が心配しないようにと考え、彼女には伝えませんでした。また私の関知することではないと考え、看過することにしました。

数日後、家内からS会のサイトを開いて欲しいと頼まれ、開いてあげました。彼女はこの時点で事件を知っていたわけではなく、単純にS会関連サイトをサーフィンしたかったようです。
いくつかのサイトを読み漁っていたので、事件について知るのは時間の問題でした。二日後、彼女は半ば躊躇するように事件に触れてきました。私は「知っていた」と返事し、この時点で我々二人は事件(情報)を共有することになりました。

②私はこの事件をどう考えるか
 先にも述べました通り、私にとってこの事件は「関知するところではない」と言うのが基本的なスタンスです。理由は「性は個々人に属する」と考えるからです。戦前までの社会通念、倫理観、法律(cf.姦通罪)などでは、性は個人というより、家族や社会に属し、また従う面が強かったと思われます。

 従って戦後から続く現在(→個を重視する時代)は、貴女と相手の男性がそれぞれに属する自分の「性」をどう使われようと(仮に事件が事実だったとしても)誰も干渉はできないことだと思います。現行法でも不倫罪(まして姦通罪)などがあるとは聞いておりません。だから、私は貴女を裁くつもりはないし、また裁く資格もありません。

 しかし、なぜここまで事件化してしまったのか。
あなた達二人の住む世界が宗教法人という特殊性をもった場だったから、と私は考えます。ただの恋愛、ただの不倫を超えて、スキャンダル化してしまいました。普通の職場以上に内部での男女関係を厳しく規制する集団、さらに相手の男性は現会長の実子であり、すでに後継者としての位置づけも実質的に終了していると目される人物、さらに付け加えれば貴女の仲人をした人物・・

 S会では人間の悪性を徹底して教えられております。私自身、教えられずとも自分の悪性を深知しているつもりです。曽無一善、一生造悪、因縁によりでは自分がなんでもしてしまうであろうことは、これまでの自分を振り返ればわけなく分かります。

 それだけに、M局長さんの行為をその行為だけ取り出し非難するつもりはありません。非難できる自分でないことは自分が一番良く承知しています。さらに事件そのものが未だ「疑惑事件」に過ぎないのですから。
 
一方、社会は多くの人々で構成され、そうした人たちはそれぞれに固有の人生観、価値観を持っています。
こうした多くの人たちがそれぞれ自分の価値観に照らしてあなた達の疑惑事件を取り上げ、批判し、憤慨し、極端な場合怒りを露にしています。それらを私はネット上のS会関連サイトで読み取りました。

 そこでこうした批判や反発に対しては、あなたたち二人が責任を取らなければならないのではないか・・。ネット上で知り得た限りでは、あなた達二人は、疑惑視するS会の内部の人たちに対して、一度も弁明していない、そしてそのことが一層疑惑を強めているのではないか、と思われるのです。

私自身も貴方たち二人の本当の声を聞きたい。それは断罪するためではなく、(先に述べたようにそんな資格のある私ではありません)疑惑のままであってはいけないと思うからです。ネット上では事件の起こった2002年から今日まで途切れることなく話題となっています。異常な事態です。

M局長は「父親の権威に頼ることなく」、「自身」で、「S会の主催する公の場」で、「事実無根」を主張するか、疑惑どおりであったことを「懺悔し、謝罪するか」を決意するべきと私は考えます。そのためにはあなた自身も彼に協力するべき、と思っています。S会の存続が事件の正しい処理にかかっているように思われるのです。

では過去の誤った処理(私の目に映った)とは何か。
2002年8月27~29の三日間の講師部総会において
①M局長が腰痛を理由に欠席してしまったこと(→事件の弁明をしない)
②3日間貴女が無言であったこと(→事件の弁明をしない)
③T会長が事件をきちんと検証せずに「捏造」で処理してしまったこと
と考えます。

③そこで貴女に質問します 

質問 1
 事件は事実であったのか、それともS会で言うところの造られた事件=捏造に過ぎなかったのか。捏造の場合は検証結果を聞かせてください(例えば盗撮された写真やビデオが偽造・合成されたもの、etc)

質問 2
 (事実とした場合)それはいつから始まったのか。
 
*回答に当たっては、貴女にとっての善行方便、即ち「S会を守る=唯一無二の善知識を守る」が最高の善であり、そのためには何をしても許される(→真実の仏教を守る方便)というS会だけに通用する奇妙な論理は使わないでください。人に法を伝える「講師のプライド」を優先してください。

④注意してほしいこと
 この手紙を受け取ったことを当面の間、他言しないでください。特にR介とM局長に対しては気を使ってください。徒に騒ぎを大きくしたくはありません。彼ら二人に対しては私自身が直接接触の機会を作ります。
 
R介について
R介は私の子ですので一番先に彼の真情や見解を聞きたいのですが、彼の立場も微妙(ネット情報)の様ですので、彼とは急がず、今後十分時間をかけて話し合うつもりです。
 
M局長について
彼が為すべきこととしては先述した通りですが、それは,今のS会の体質を考えれば、多分(否、むしろ絶対)実現はしないでしょう。

しかし、事件が「白」か「黒」かを、知っているのは貴女とT局長しかいません。そこで私はいずれ彼にも会見を要請します。R介に貴女を紹介してもらい、仲人をお願いし、喜び、信頼してきた彼に屈辱的な痛手を、受けた気持ちをありのまま伝えるためにです。

仲人をした人物なら、それがたとえ「疑惑」であっても、「捏造された事件が事実あったこと、そして心配する必要の無いこと」など、後からでも報告・説明して頂だきたかった。それがあくまで社会と共存する「S会の姿」ではないでしょうか。

事件後6年間ネット上で「笑いもの」にされてきた家内(コピー同封)と私にとっては、今どんな説明をされても虚しい気持ちはぬぐい切れません。

2008年10月
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私→M局長 その1(平成20年11月3日)

2008-12-31 12:18:31 | Weblog
一筆啓上

はなから私事の記述となりますが、失礼いたします。

先日、インターネット上であるサイトに遭遇しました。同封しましたコピー(○印の付いたもの)がそれです。
M局長さんとHの実名、さらに「失楽園」と言う刺激的な文字に衝撃を受けました。関連する他のサイトを参照すると、6年前のS会を揺るがす大きな事件(不倫疑惑事件)であることが分かりました。

S会とM局長にとっては過去化していた事件が多分最も知られたくない人物の一人、R介の父親である私に漏れてしまった瞬間でした。50周年記念の報恩講を直前にして・・

天網恢恢、疎にして漏らさず
事件6年後、阿弥陀仏は何故外道の私をM局長への使者にならしめたのか、不思議な因縁を感じます。

家内には苦痛を与えるだけと考え、このこと(事件の存在)を黙しておりました。
一方、当の家内は最近ネットの操作を覚え、S会関連サイトをサーフィンすることを楽しみにしておりました。私が「失楽園」に出会った二日後に、彼女自身別のページ『M晴をあまりいじめないでくれ事件』を見つけました。

二人が別々のサイトで一つの事件を知った10月10日は私たち夫婦の屈辱的な「記念日」となりました。パンドラの函は開いてしまいました。

しかし、ネット上の書込みには多くの「嘘」、嘘とは言わずとも「誤認」、さらに最初から中傷を意図した「悪意の嘘」(これらが一種の社会問題化し、時には事件を誘発することもある)などが「本当」の記述を含め、入り混じっていることは周知の事実と思われます。

そこで、私はこの所謂不倫事件に対しかなりの時間を使い、慎重に読み進めました。「伝聞」などを元にして書き込まれた、冷かしや中傷めいた記事(特に2チャンネルの掲示板など)は極力排除して行きました。
御存知かもしれませんが、ネット上には当事件を中心に200を越える貴会への批判サイトがあり、当事件の大きさを知らされます。

不要な情報の排除を続け、数多くのサイトの中から最後に残ったものが『私の白道』というサイトでした。

当サイトのオーナーは元S会の講師をしていた方であり、レポートはほとんど間違いないであろうと(私は)読み取りました。しかし、立場が異なれば一つの事柄の解釈も往々にして異なります。このサイトもM局長の視点からは不満が残るのではないかと察します。

さて、この『私の白道』10章が「M局長の不人気とT家の危機」で始まる疑惑事件の報告でした。何度も繰り返し読み、記事の嘘を見つけようと深く読み返しました。特にM局長が欠席された2002年8月27、28、29日の講師部総会の合宿についての部分は入念に・・

この元講師の方は匿名でサイトを管理されておりました。すぐ連絡を取りたかったのでリンク先のサイトを調べていく中に、現在○○県にすんでいる方と分かりました。

私は最終的に記事の真偽を確認したかったので、電話ではありましたが、ストレートに「貴方の記事に嘘はないでしょうか」とお聞きしました。
彼の答えは「推測は一切排除し、事実だけ(自分が直接知っていることだけ)を書いています。」でした。

またもう一つ別のサイト『さよならS会』の中でも『私の白道』の記述について、次のように述べられております
「この『私の白道』の中で触れられている、M局長の不倫問題を中心としたT一族についての出来事は、ほとんど私も直接見聞きしたことばかりであり、何かの必要があり証言を求められた際には、進んでそれに応ずるつもりであることをここに明言します」と。

一方、家内は関東の古参会員の方にこの事件について私同様電話で尋ねていました。その方の答えは「当時の関東の会員なら知らない人はいない」でした。
知らなかったのは「家内」と「私」だけでした。

彼女はその日のうちに貴会から頂いた出版物を始め、一切の資料を処理し、最後にカレンダーも捨てておりました。そしてこの一週間体調を崩し、外出もせず、善後策(特に子供とHに対し)を考えているようです。

私自身、M局長の起こしたこの事件をどう対処すべきか迷っております。しかし、一呼吸をついた今、あらゆる事件に共通する、先ず事実関係を知ることから始めよう、と考えています。
それには事実の一切を知っている(状況的なものは多くのS会関係者が知っているようですが)M局長とHに尋ねる以外方法がありません。

従ってM局長、貴方と会見する席を設けたいと考えます。50周年記念の報恩講を前にしていますので、貴方が多忙を極めていることは容易に推察するところですが、当時(今もネット上では耐えることなく書き込まれている)スキャンダル化したこの事件を重視されるなら、ぜひ早いうちに実行すべき、と考えます。

場所については、ことの性格上、貴方が私の方(例えば○○の○○ホテルロビーなど)に赴いていただきたいと考えます。日時に関しましては現役を退いた私の方は、Any day, all right.です。

会見の場には、私は一人で参ります。M局長のほうは何方が随伴されてもかまいません。むしろK子夫人にはお聞きしたいこともありますので、参加を希望します。

最後になりましたが、一つ気をつけて頂きたいことがあります。この書簡及び内容(貴方に会見を求めた件)を子供(R介)には他言しなでください。いずれ近いうちに私が直接彼と話し合いの機会をもちますので・・

上司のM局長から通報されると、彼は会を守るため、またこの世に二人といないと言われる善知識(T会長)をまもるため、必死になることが予想されます。騒ぎが大きくなることは貴方自身も望むところではないと思います。くれぐれも気を使って下さい。

会見の詳細については後で詰めるとしても、この書簡を受け取り、読み終えた事の返信は、(電話でも結構です)どんな簡単なものでも結構ですので早急にお願いします。

平成20年11月3日   R.S

追伸

①現在まで続くネットの書込から、コピーを何枚かを同封します。「悪意の嘘」も含まれてはいるでしょうが、その表現力には圧倒されております。貴会を去られた元講師、または会員の方々の怨念が感じられ、事件はまだ疑惑とは言いながら彼らの間では限りなく「黒」視されております。
悪因は悪果(自因は自果)を産む、と貴会で何度も聞かされました。会長職の後継者と目されるM局長には、「悪い種は蒔かぬ」よう、また、「李下に冠をただされぬ」よう、誰よりも気遣っていただきたいと思います。

②この書簡を作成しました私はご存知のように、信仰者ではありません。極めて世俗的な人間です。従って貴方の起こした事件が信仰者の世界ではどのように解釈されるのか、私には推測することは出来ません。私はただ私の生きる世界の「社会通念」に従ってこの事件に対処するつもりでおります。
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私→T会長 その1(平成20年11月10日)

2008-12-31 12:10:23 | Weblog
一筆啓上

私は貴会で講師を務めておりますR介の父親、R.Sと申します。急ぎお尋ねしたいことがありまして、書簡を差し上げることとなりました。

要件は貴方のご子息・M局長と私の(義)娘・Hが2002年4月に引き起こした所謂不倫事件(正確には不倫疑惑事件)についてです。特に同年8月27・28・29日の3日間行われた講師部総会での当事件に対する貴方のご判断・裁定についてです。

正直申しまして貴方が行った事件の総括、すなわち「捏造」の判断は、むしろその判断こそ「捏造」ではないかとの強い疑義を感じております。この疑義を払うべく書簡の最後に質問をさせていただきますので、宜しくご回答お願いいたします。

                 *

私がこの事件を知ったのはつい最近、10月の始めでした。以来事件の全容をより正確に知ろうと、この一月の間ネット上の色々のサイトを参照し、また事件を直・間接的に知っている方々に聞き取りをしてまいりました。その結果、事件の輪郭は、ほぼ把握することができました。

次のステップとして、事件の当事者(M局長とH)に書簡を作成し、当事件に対し私がどう取り組んで行きたいかを伝え、最後に事実関係の質問をしました。
この間の推移は先にご子息とHに送付した書簡を同封しましたので、宜しくお読み取り願います。

数日前、次の事を行いました
①(義)娘・Hに対しては書簡の送付と同時に、家内を連れて彼女の赴任地・京都に赴き、三が日を要して話し合いをしました。(内容後述)
②M局長に対しては11月4日、京都より書留・配達証明つきでT市のご自宅に郵送しました。そして一昨日(11月6日)書簡を受け取ったという電話を頂きました。(内容後述)

先ず、①Hとの話し合いの結果を要約します。

11月2日 
京都Aホテルの789号室においてH・家内・私の三名が夜7時半より翌朝6時まで夜を徹し、話し合いをしました。Hは翌日8時より仕事があると言っていましたので、途中10時、12時、2時と約2時間おきに帰りを促しましたが彼女は帰りませんでした。
私はその間、書簡に書き記した事をなぞるように、彼女に伝え、彼女の回答を待ちましたが彼女の口は重く、どちらかと言えば私の独り舞台の形(その間、家内の発言もありましたが)になってしまいました。私としては要するに書簡の質問1と2に答えてもらえば事は済んだのですが、彼女が肝心の処で言い淀んでいたので、これ以上追求すれば警察の取調べになってしまうと、彼女の明確な言を待たずに「事件は事実」と勝手な判断をしてしまいました。

11月4日
京都Bホテルに宿泊。家内が昨夜彼女を追及し、疲れさせたのではないかと心配し、女二人で食事をしながら今後のことでも話そうかと、ホテル内のレストランで3時間(PM7~10時)ほど会話をしたそうです。私は部屋で読書をしておりました。
家内は戻ってくるなり、「Hちゃんはキスまではしたけど、後は何もありません」
と言っていましたよ、それに「お父さんは何故あんなに興奮していたのか分かりません」とも言っていましたよと告げられました。
私はショックを受けました。なるべく、彼女が答えやすいようにと婉曲に話したのが仇になりました。
直ぐに彼女の携帯に電話を入れ、彼女の言う「私の興奮」の説明をしました。そして、私の書簡をよく読むように伝え、今日は遅いから又明日電話することを伝え、翌日のHのフリータイム(12:30~13:00 18:00~19:00)を聞き会話を終えました。

11月5日
昼のフリータイムは12:30~13:00でしたので、観光先の栂ノ尾より12:30分丁度に電話をしました。
2002年4月の事件、例の待ち伏せ・盗撮の現場(羽田飛行場→大森行きバスストップ→大森Cホテルそして翌朝の二人の朝食シーン)について20分ぐらい質問をしました。少々詰問調でした。主なQ&Aは以下の通りです。

私 M局長に同行し、東京に行った目的は?
H ある物を届けるためでした。
私 それは何なの?
H 言えません
私 物と言うのは手紙のようなもの、それともそれ以外の物(ぶつ)なの?
H 物(ぶつ)です
私 それは誰かに(例えば上司に)命じられたの?
H 言えません
私 それはK子さんも知らなかったの?
H はい、K子さんも知りませんでした
私 上司もK子さんも知らないのでは、貴女とM局長しか知らないことだったの?
私 いいえ、局長クラスの人は知っていました。

ネット上ではある講師の方がK子さんに質問したところ「彼女はM局長に急ぎ相談事があって・・」の返答が確認されています。

私 飛行機は同じ便だったの
H いいえ、私が早い便(PM1時ごろ、局長はPM4時ごろ)でした。
私 何故同じ便にしなかったの?
H M局長は富山で会議がありました
私 貴女が先の便なら何故託された物を富山の空港で渡さなかったの?
H (少し間を置いて)もう一つ別の用事がありましたので
私 その用事は何だったの?
H 兄に出産のお祝いを届けました
私 兄さんってMさんのこと?
H はい、そうです
私 ところで空港からホテルに移動し、入るところを撮影されてしまったわけだけど同じホテルに泊まったの?
H いいえ違います
私 どちらが別のホテルに移動したの?
H 私です
私 大森のホテルは何時ごろ出たの?
H 夕方です

●質問はしなかったが、夕方大森のホテルを出たのであれば、待ちぶせ写真班に撮影されていたはずだが・・

私 ホテルは何処にあるの、ホテルの名前は?
H 新宿のDホテルです
私 新宿のどの辺?
H 御苑の方角です
私 Mさんとは何処であったの?
H 新宿で8時ごろ会いました
私 翌日、大森のホテルで朝食取ったわけだが、貴女は新宿のホテルから移動したの?
H はい
私 局長が一緒に食事しようって言ったの?
H ・・・
私 じゃあ、Hちゃんの意志で移動したの
H はい

11月5日
夕方のフリータイム(18:00~19:00)に京都Bホテルより再び電話をしました。

私 私です、もう少し昼の質問の続きをしますよ
H (しくしく泣き出し)お父さん御免なさい。家に帰り、お父さんの手紙をもう一度よく読み、お父さんの気持ちがよく分かりました。
私 ・・・じゃあ手紙の質問を改めて聞かしてもらうよ
H はい
私 質問1だけど事実だったの?
H はい、事実でした
私 質問2だけど、いつから?
H はい、事件の前からでした
私 いつごろ
H ・・・
私 R介が九州を担当していたとき?
H はい
  (この間しくしく泣き通し)
私 Hちゃん、元気だせよ。お父さん、Hちゃんが正直に話してくれてすごくうれしいよ。
H・・・
私 昨日あげたお金でうまいものでも食べてよ
H ・・・。ありがとうございます。
私 じゃあ電話切るよ。元気だしてよ・・
H ・・。はい、お父さんごめんなさい、すみませんでした。

次に②のM局長との会話に移ります
11月6日正午近い時間にK子夫人より電話がありました。
簡単な挨拶の後、以下の会話を交わしました(敬称は略します)
K子 Tです、手紙を読ませていただきました。
私  あヽ、そうですか
K子 お父さん、Hさんから電話があって昨日お父さんにした返事はウソだったといっています。お父さんの剣幕に圧倒され、ついウソをついてしまったと言っています
私  (不愉快さを露にして)あヽ、そうですか・・・
K子 奥様、おられますか?
私  (大声になって)居ますが、体調を崩し、今休んでいます。
K子 お父さんとお母さんは今度の報恩講、富山にいらっしゃいますか?
私  (さらに大きな声で)行きません
K子 あヽ、そうですか
私  ご主人はおられますか
K子 居ますが、今別の用事で、私が代わりに・・
私  近くに居るのですか
K子 はい
私  (また大声になって)私の手紙は貴女ではなく、M局長さんに宛てたので彼に代わってください。
K子 はい少し待ってください。
・・・・・・・・
M局長 はい(小さい声なので聞き取りにくい)
私   貴方はM局長ですか
M局長 はいそうですよ、耳が悪いのですか
私   はい、耳が悪いのです。よく聞こえないので大きな声でお願いします。K子さんの声の方がよく聞こえます。ところで、私の郵便物よく読んで頂けましたか
M局長 はい
(この後、何かわたしの方から質問したようだが、記憶がない。M局長も無言  であったので、私のほうから受話器を置いた)

約5分後、M局長から電話が入る
M局長 手紙は読みました
私   こちらで、一度会って話をしたいのですが、ご都合は?
M局長 私は疑われるようなことは何もしていないので、会うつもりはありませんが、会いたいのならこちら(富山)に来てください。
私   行きません。貴方の起こした問題だから、貴方がこちらに来るべきでしょう。
M局長 無理でしょう。この1~2ヶ月は予定がびっしり詰まっています。
私   ことが事ですので、会うべきでしょう。私の手紙はよく読んでくれましたか。
M局長 はい、読みました。しかし、私は事実無根です。

●以下、双方共に興奮気味の大声で会話をする

私   でも、ネットなどでは疑惑をもたれていますよ。会員の間でも・・
M局長 ネットなどたわけたことばかりです。
私   中には本当のこともあると思いますよ。
M局長 ありません。たわけたことばかりです。
私   何一つ本当のことは無いと言うんですか
M局長 はい、全部ウソです、たわけたことばかりです。
私   全部ウソ、たわけたことばかりと言うんですね
M局長 はい、たわけたことばかりです。
私   たわけたことばかりと言いましたね。忘れないでくださいよ。
M局長 はい、忘れません。
私   いずれにしても、貴方が会えないと言うなら、電話を切ります。後日、また別の形で連絡します。
M局長 はい

以上が、M局長・H(事件直接の主役)と交わした対話のレジュメです。私は現在68歳(昭和15年生)です。最近、記憶力が減衰し、聴力も衰えております。従って、上記のダイアローグも記述間違えがあるかもしれません。ご懸念されるようでしたら、二人に見せていただき、後からどの部分が間違えたかをご指摘下さい。いつでも修正しますので。
Hについては、このダイアローグを作成する前に、交わした会話の内容をチェックしようとしましたが、一昨日より携帯電話が通じません。留守電も応答がありません。初めての経験です。拉致されたのではないかと心配しております。

最後に貴方ご自身に質問をさせて頂きます。

質問 1
2002年8月27~29日の講師部総会の席にご子息M局長は腰痛理由に欠席されたそうですが、それは事実だったのですか。疑惑視されたご本人にとって無実を告げる絶好の機会を何故逸したのか、また普段「命がけで、火を吐くようなご説法」をされている父親の貴方がなぜ簡単に欠席を認められたのか不思議でなりません。

私事で恐縮ですが、私も腰痛に悩まされております。いつもコルセットで腰を絞っております。一番酷いときは立ち上がれません。トイレは這って行きます。
しかし、嘗てこういうことがありました。友人と英国に行く約束をし、チケットを取っていました。しかし、出発の2日前、腰が爆発(ぎっくり腰)してしまいました。
中止するか、決行するか、私は決行しました。無論コルセットはこれ以上絞れないほど絞り、杖を持って出かけました。
群馬の山奥から、成田へ、成田からロンドン・ヒースロー空港までノンストップ・エコノミークラス13時間、空港からまた市内のホテルまで地下鉄とタクシーで約一時間半、合計時間約20時間を耐えました。やればできます、腰痛ぐらい、と思っております。外科は、悪化はしても命に別状はありません。

閑話休題
私の腰痛に関するイメージは上記の通りです。そこでお伺いします。貴方が嘗て太平洋戦争末期に特攻隊を志願された話は貴会の中では有名な話だそうですが、死を覚悟され、以後も死について説き続けられてきた貴方がご子息の一大事に際して、何故「腰痛」ごときで欠席を許されたのか、コメントを頂きたいと思います。
巷の噂によれば、M局長が腰痛で休まれていた時期、家族で、ディズニーランドで遊んでいたのを貴会会員に目撃されていたと話を聞いております。

質問 2
仮にM局長の欠席は「万、止むなし」としてもその後、S会内部の公の場でHを含め一度も釈明の機会を貴方が或いは貴会が与えなかったのはなぜですか。その後の尽きぬ疑惑の波を止めるためには、弁明の機会をいち早くつくるべきだったのでないでしょうか。あなたの真意をお聞かせください。

質問 3
貴方は総会(2002・8・27~29)の最後に事件は「捏造」されたと結論づけ、騒乱を起こした一部の講師を除名(その後、嘆願を受け、執行猶予をつける)したそうですが、その騒乱(●貴会では和合僧を乱す大罪だそうですね)の一番の元になったご子息とHに何の「お咎め」も与えなかったその理由は何なのでしょうか。

質問 4
最後の質問ですが一番お聞きしたい質問でもあります。
貴方が最終総括として、事件を「捏造されたもの」と結論づけた根拠をお聞かせ下さい。
私がこれまで調べた結果では、検証が非常に「杜撰」であったとの印象を持たざるを得ません。先に述べましたように貴方の捏造の結論が、それこそ「捏造されたもの」の印象を持たざるを得ないのです。
貴方ご自身で双方(写真を撮った側、取られた側)の動機やその背景を調べられたのですか。(義)娘・Hに関しては小堀弁護士に調べられたと言っておりました。その調べの内容は噴飯ものでした。M局長の調べについては「分かりません」と答えました。
M局長については、多分今のS会では貴方しか彼を調べられる人はいないと思われます。

そこで最後の質問になりますが、貴方はご子息をお調べになられたのか、なられなかったのか、お調べになられたのでしたら、どのように調べられたのかお聞かせ下さい。

      平成20年11月10日 R.S

追伸
①当書簡を受け取り、読み終えられましたら、その旨をご連絡お願いします。電話でも結構です。
上記、私の質問に対するご回答は約一ヶ月位の間にお願いします。
②ご子息、M局長によれば「たわけた事ばかり」のネット上書き込みですが、幾つか(2002年、事件当時のもの、及び2008年、直近のもの)を選んでみました。参考までにお読みください。
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T会長→私 その1(平成20年11月19日)

2008-12-31 12:08:08 | Weblog
前略

取り急ぎご返事致します。貴簡確受しました。ご心労のほど深くお察し致します。お尋ねの件、この度も、重ねて幾たびも、事実確認しましたが、そのような事実はないと明言を繰り返すばかりです。
あり得ることとは考えられますが、どんなに親馬鹿と嘲笑されても、子供を信じたいのは同じでありましょう。
この上は時の流れがいずれかを洗い出してくれるまで、如何なる誹謗中傷も甘受いたしましょう。
注目されるものは、言動に細心の注意が必要と話し合いましたことは有り難いご縁であったと感謝しています。
以上、失礼ながら要件まで。

H20.11.19       合掌

R.S様
                     K.T


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私→M局長 その2(平成20年11月25日)

2008-12-31 12:06:04 | Weblog
冠省

前回の私の書簡に対してM局長・貴方は私の条件(場所など)では応じられないと拒絶されました。私も私の条件にこだわりました。
私は貴方に事の重要性を認識してほしかったのですが、その意思も結果的に伝わらなかったようです。そこで私は、電話の終わりに、別の条件でまた連絡することを伝え受話器を置きました。
そこで今回、別の条件(以下に記述)を提示し、会見に関する貴方の応諾を促したいと思います。

①貴方は、直近2ヶ月間は予定が詰まっており、場所が富山でなければ会えないとおっしゃいました。上記の通り、貴方の当該事件に対する認識の甘さに驚いていますが、それはそれとしていたし方ありません。
 
そこで以下の提案をいたします。
貴方の代理人としてK子夫人を当地(軽井沢)に派遣してください。随伴者が必要であれば、どなたでも結構です。私の希望は(義)娘・Hの随伴です。あなた方から電話のあった日以来、家内や私の電話に対し一切応答がありません。彼女はあなた方の影響下に入ったものと判断しております。

②上記私の①が応諾できない場合、その理由をお知らせください。またあなた方に別の提案があるようでしたら、それを提示してください。検討いたします。

平成20年11月25日


追伸
①会見が実現した場合、同封しました資料「清森問答 質疑応答102」をテキストに使いたいと思います。ご一読下さい。
②既にご存知かもしれませんが、過日、M局長の父T会長に書簡を送付しました。書簡の掉尾に読了されましたら、ご連絡いただきたい旨、書き添えましたが、今日現在(11月25日)返信されておりません。不快感を覚えております。その旨T会長にお伝えいただければ幸甚です。
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私→H家(平成20年11月25日)

2008-12-31 12:01:54 | Weblog
前略

私どもに急ぎお伝えしなければならない用向きが発生し、一度そちらにお伺いしたいと考えております。
誠に申し上げにくいことではございますが、6年前HさんとS会会長の長男M局長(ご存知のように私どもが仲人を依頼した人物)の間に不倫事件(正確に言えば不倫疑惑事件)が起こりました。
それがS会内部を揺るがす大きな事件となり、一部の講師は処罰されましたが、T会長が事件は捏造されたものとし、M局長とHさんはお咎め無しであったため、事件後6年が過ぎてもインターネットの世界では以前、強い批判の対象となっています。

私は最近パソコンのインターネット操作を覚え、偶然この事件を知りました。家内には秘しておりましたが、彼女も同時にネットの操作を覚え、二日後には事件のサイトに行き当たり、ほぼ事件の全容を知ってしまいました。

知ってしまった以上、私どもはこの事件に対し、M局長に抗議する決意をしました。(既にアクションを開始しております)

家内がこの件で関東の古参の会員さんに問い合わせたところ、関東では私たち二人を除いて、ほとんどの人が知っていたということで、そのことでも私どもは大変なショックを受けました。

事件についての詳細はお会いした上でご報告したいと考えておりますが、幾つかネット上で公表されているレポートの中から、分かりやすいものを一つ選んでみましたので、ご一読ください。

* もしかして、そちらでも話題となっており、或いはインターネット上で、この事件をお知りになっていたとしたら、お二人のお気持ちを更に揺るがしてしまうことを懸念しますが、いずれにしてもこの事件に対する私たち夫婦の考えだけはご報告しておかなければと考えております。

Hさんには今月の初め、彼女の赴任地、京都に家内と赴き、3日間にわたって話を交わしました。その内容についても、お会いした上でご報告させていただきます。

私事になりますが家内は11月15日付けでS会に対し、退会届を出しました。

お伺いする日、場所についてはHさんのご意向を伺ってきめるべきところではございますが、勝手ながら先に私どもの都合を述べさせていただくことお許し下さい。後から電話にて調整させていただきます。

切符の予約がまだ取れていませんので、現在は確定的ではありませんが、12月初旬、H市のホテルでお会いするのはいかがでしょうか。
私どもは新幹線のぞみ号の予約を考えていますので、M駅は通過してしまいます。大変ご面倒とは思いますが、H駅まで赴いていただければ大変ありがたいのですが・・

以上、取り急ぎの書簡でありますが、わたしどもの意向をご理解いただければと願っております。

平成20年11月25日  R.S
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私→T会長 その2(平成20年11月28日)

2008-12-31 11:58:23 | Weblog
冠省

お手紙、受領いたしました。11月19日付け消印が6日送れて当方に26日に到着しました。

1日前(25日)にご子息M局長に第2信を送付しましたが、追伸に貴方よりの返信がないことを苦情として書き添えましたことをお知らせしておきます。

さて、T会長、貴方の極めて簡略な通信、読み違えがあってはならないと何度も、何度も繰り返し読ませていただきました。

読みおえて後、私の一番の思いは、これは本当に「信心を決定された方」の直筆(文章の作成者と言う意味です。「直文」と言うべきかもしれません)か、ということでした。日頃、貴方のご説法から受けるイメージとこの手紙のいかにも自信を欠いた弱々しい文章がどうにも合致しません。

誰かが代筆されたのではないでしょうか、この疑念が今も消えません。

しかし、疑念は疑念とし、ここではT会長ご自身の書かれたものとして、拝読し、私の率直な読後感を申し上げます。

①私の質問の核心を理解されていない
私が貴方に一番お聞きしたかったのは
()講師部総会がM局長の腰痛のため、止むを得ず釈明の機会を逸したのであれば、回復後に彼と彼女(H)に何故貴方は釈明の機会を与えなかったのか、
()事件はどのような検証を経て「捏造」と判断されたのか、
でした。

貴方は文面で「重ねて幾度も事実確認しましたが、そのような事実はないと明言を繰り返すばかりです」と記しておりますが、裁判などでは親子間の証言は通常採用されないのではないでしょうか。

②また、ここで貴方が行った事実確認に際し、ご子息の答えた「そのような事実はない」とはどういう意味か私には不明です。
富山→羽田飛行場→大森のホテル・チェックイン→翌朝、同ホテルでのHとの朝食、この一連の行為を「事実はない」と言うのか、或いはHとの性行為だけを指してそうした「事実はない」という意味なのかを明確にしていただく必要があります。
前者の意味ですと、写された写真、動画そのものが合成された偽画像という事になりますが、後者の意味であれば、彼女(H)との一連の行動(但し、性行為は除く)は事実であったということになります。どちらの意味なのかご回答お願いします。

③「あり得ることは考えられますが、どんなに親馬鹿と嘲笑されても、子供を信じたいのは同じでありましょう。」という文言は私に同意を呼びかけているのでしょうか。

 上述の「あり得ることは考えられますが」の文言は2002年講師部総会で、貴方の下した「捏造事件」の裁定を反省、あるいは後悔している、と読み替えてもよいのでしょうか。
 
その時、その場で、貴方は「子供を信じたい」ではなく、子供を信じて(内心は兎も角)しまいました。それがあのような結論、「事件は捏造」で終わらせてしまったのではないでしょうか。私にはその時点で、貴方が決定的な判断のミスを犯し、極めて悪い種を蒔いてしまったとしか思えません。
 
「子供を信じたい」気持ちは私も同じです。しかし、私は基本的に子供を信じておりません。子供どころか私自身をこそ、より信じておりません。来るべき因と縁に依っては何をするか分からないのが人間ではないでしょうか。貴方のご説法でそう教えられたと記憶しております。
人間の悪性(=私自身の悪性)についても「こんこん」と教えていただきました。自分自身の過去・現在を省察してみて、容易に理解できました。

悪因は悪化を呼び、蒔いた種はあくまで自分で刈り取らねばならない。因果の道理は三世十法を貫く真実と、これもT会長から教えていただきました。

もし私のこの理解が間違っていましたら、貴方の次の通信で匡正をお願い申しあげます。

                *

私は今回、貴方と、ご子息に手紙を差し上げることを強く躊躇しました。特に家内がそれを懸念しておりました。一番の理由は子供(R介)でした。彼はご存知の様に貴会の講師を務めており、貴会内部での立場が悪くなることに対しての彼女の不安でした。

しかも彼は所謂「M局長不倫事件」に於いて、惨めな「準主役」を勤め、ネット上では、「情けない亭主」「出世のために上司の使い古しの女を下取りさせられた」等々の野次を受けてもおりました。
もし、私がそれを無視し、あなた方親子と対立すれば、子供の立場は貴会においても、ネット上でも更に惨めになるのではないか、それが彼女や周囲の私に対するアドバイスでした。
しかし、最終的に私の強い躊躇を退けたのは、貴方方(特に貴方)がこれまで、限りない表現で賛美され続け、その賞賛の麻痺の中での傲慢な裁定に対する「異議あり」でした。

貴方はS会という組織の絶対的中心に位置し、その組織に守られ、一方の私は単独者、正直申せばその彼我の力の差に不安も覚えておりました。

最後の覚悟として、子供とは貴方方に書簡を差し上げた後で、書簡の文面を見せ、3日に亘り、23時間を費やして、貴会、善智識(T会長)、そして不倫事件について討論しました。
無論、彼は強く反論(特に貴方に書簡を差し上げた事に対し)しました。私は既に不退転の決意をしておりましたので、彼も、最後には私の意思を尊重(不承不承かもしれませんが)してくれました。

私としては、彼との妥協案として「親子の縁」を切ろうと提言しました。無論、生物学的には親子関係は切れません。しかし、戸籍上の縁は切れるとして、彼に進言しました。
しかし、彼の答えは「その必要はない」でした。

                *

T会長、本当にご子息を愛しておられるのでしたら、親鸞聖人が子息善鸞を義絶された際に示された裂帛の気概を持して、法を説く人(M局長)の「あり方」をお教えになられたらどうなのでしょうか。
このまま「子供を信じたい」ですまされましたら、ご子息M局長の未来は、かえって暗澹たるものになってしまうのではないか、と私は危惧します。彼の残された人生は、正に貴方のご指導によって決まってしまうのではないでしょうか。

そこで、貴方に以下の提言をいたします。
これまでの状況的な証言(Hは、電話でですが「事実」でした、と言っています)や物証(写真、動画など)を整理されて、もう一度彼の良心、プライドに問いかけていただきたいと思います。

④「時の流れがいずれかを洗い出してくれるまで、いかなる誹謗中傷も甘受いたしましょう」

確かに、あなた方親子にとっては「時の流れ」を待つことは良いことかもしれません。
しかし、2002年講師部総会で処罰を受けた講師の方々にとって、「時の流れ」を待つことは良いこと(納得のいくこと)なのでしょうか。
彼らの多くは、以後貴方とご子息に恭順の意を表していると聞いておりますが、一方で「講師だってそんな馬鹿ばかりじゃない」という声も聞こえてきます。
まして、この事件の処理を不信とし、貴会を離れ、所謂「アンチ」の活動を始められた方々の影響の大きさを考えれば、「時の流れに身を任せる」事が得策とは思えません。
また、「時の流れ」は決して「いずれかを洗い出して」はくれないでしょう。
誰かが、或いは何かが意志的に働かなければ決して洗い出してはくれないと思います。
ただ、あなた方だけが、時の流れに身を任せて事件そのものが忘却へ、そして迷宮へ、入っていくのを期待しているのでは、と考えます。邪推でしょうか。

⑤「注目されるものは、言動に細心の注意が必要と話合いましたことは有り難いご縁であったと感謝しています。」

最後の上記センテンスがどうしても理解できませんでした。「注目されるもの」及び「言動に細心の注意」が何を表すのか、また「細心の注意が必要と話し合いましたことは・・」の中の「話し合い」は誰と誰が話し合ったのでしょうか、読み取れませんでした。T会長と私なのか、T会長と他の誰かなのか、これも私の国語力では理解できませんでした。ただ、文章全体の中で、さほど重要な部分ではないと判断し結果的には読み流すことにしました。

以上、非礼を省みず率直な意見を述べさせていただきました。悪しからず。

平成20年11月28日     R.S

追伸
本文中、質問①の()()については、時間を要しても結構ですので、是非ご回答お願いいたします。
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T会長→私 その2(平成20年12月8日)

2008-12-31 11:57:27 | Weblog
前略

ご希望されていることは、いづれも様々な人間関係や背景、当時の種々の事情を知らないで、雑音だけで正当な判断は不能です。
ただ、使用されている検証、捏造、処罰の文字からは、時の諸事情に暗いことだけは想像に難くありません。致し方のないことでしょう。
同時に同じ事柄についても立場が変われば、思考や推測、感情、感覚、見解、判断など如何に異なるものか、よくよく納得させられます。特に信仰観は驚きです。
しかし、例え、いづれであっても互いに自由で、違っていても少しもおかしいことではありません。
無慚無鬼の身でありながら、受けしご忠告は有り難くお受け致しましょう。書きたいことは少なくありませんが、時間がとれません。
嵐のなかに絶えずある身は、時間を持てる身が羨ましいが、お気の召すようにお任せします。略儀ながらご返事まで。

         H20・12・8        合掌
  R.S様
                     K.T
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私→義娘H その2(平成20年12月11日)

2008-12-31 11:55:02 | Weblog
一筆啓上

事件を知って、2ヶ月以上が経ちました。

先日(12月4日)、H県でご両親にお会いしてきました。話し合いましたことを概略ご報告いたします。

話し合いは私の方から口を切りました。久しぶりにお会いしたのに、その日の話題が辛いものになる事をお伝えし、しかし思うことは率直に話し合うべきとし、ご両親にはご理解していただきました。

まず、私が二回に分けて、資料を送った理由を簡単に述べました。それらの資料と、次に12月3日、貴女の帰省でご両親が貴女からお聞きになった説明、その翌日R介がお邪魔し、彼から受けた話などを総合されて、Hさんの事件に対する「イメージ」と「考え」をお聞きすることにしました。

お父さんの話(お母さんはほとんど発言されませんでした)の要点を以下の5点に要約します

①事件の真偽については、後に回すとして、娘が事件を起こした事実に対し深くお詫びしたいと申されました。

②私の送りました資料は、取り敢えずの資料として読まれ、何よりも先ず貴女を帰省させ、事件のありのままの説明をさせた、と語られました。

③貴女から「事件は事実ではない」「絶対にやっていない」との説明を受け、大変な「安堵感」を覚えられたそうです。

④翌日R介から「貴女と離婚の意志のない」ことを聞き、再び「安堵感」を得られた、とおっしゃっていました。

⑤貴女から「やっていない」と聞かされ、安心はしたものの、貴女が事件を起こした張本人には変わりがないので、私たちとR介との親子の関係に倣い、貴女との親子関係に一線を画す、とおっしゃいました。

以上の内容でしたが、お父さんの話は私たちが理解する内容と食い違う(特に③)面があり、又微妙にニュンアンスの異なる面もありましたので、残りの時間は主に私と家内の方から補足説明をしました。

要旨は以下の通りです。

③の貴女の語った「絶対にやっていません」の発言に対しては私が貴女から時系列的に聞き取った内容を話しました。

1)11月2日(京都Aホテル)

私たちの話に対し、貴女が示された「雰囲気」で私が「事実」と判断してしまったこと。

2)11月3日(京都Bホテル)

貴女が家内に「キスはしたが、疑われるような事実はなかった」と語ったこと

3)11月4日

昼、京都からの電話に続き、夜、京都Bホテルからの電話で、貴女が「事実でした」、「始まったのはR介が九州に赴任していた時」と返答されたこと

4〕12月2日(東京・サイゼリア)

自殺願望を有する貴女に対して、終始親しく指導をしてくれたM局長を「慕っていた」こと、「愛情を感じていた」こと。

そして噂された当日も「そういう気分を抱いていたこと」、それを「不倫」というなら、「不倫はしました」ということ。

私の説明をお聞きになっていたお父さんは、時々首をひねられ、また時には辛そうな表情もされておりました。が、私の話に対しては終始、静かにお聞ききになっておられました。その真偽についてお父さんがどう思われたかは私にも分かりません。

私は又、この件(貴女の自白)に限らず、私の送った資料(特にネット上の書き込みなど)には、「本当」と「嘘」が入り混じっているだろう事を正直に伝えました。但し、手紙などに記しました諸情報については、ネット上に限ることなく、直接人から聞き取りした証言を含め、「偽」を除去するよう努めたことも同時にお伝えしました。

④の離婚についてですが、ご両親はもしかして、私たちが離婚の申し入れをしにきたのでは、と勘違いされていたように思われました。

サイゼリアで、貴女が「お父さん、私が離婚すれば、このことはやめていただけますか」と質問され、又それ以前にR介に「離婚も選択肢の一つではないか」と言ったことなどを思い出し、そんなことがご両親に伝わっていたように感じられたからです。

そこで「離婚」については、私たちの基本的なスタンスを話しました。貴方たち二人の今後について、私たちはなんら関与するつもりはないこと、そして今後M局長と事を構えるために逆にわれわれの方が貴方たちとは一線を画して置くつもり、とお伝えしました。

*上述、私の「離婚も選択肢の一つ」発言に関しては少し紙面を要するのでカットします。

⑤のH家が今後貴女との関係をどうされるかは、私たちの関与することではありませんが、「S(私)の方で一線を引くから」それに倣う、というお父さんの言葉は、そのまま尊重してお聞きしておきました。

しかし、お父さんは一方で貴女がS会を止め、戻って来たら、迎え入れるつもり、と語っておられました。貴女との間に長く確執があったとも話しておられましたが、その「迎えいれる」の発言を私はとても印象深くお聞きしました。

私もR介に対してほぼ同様の考えでおります。

話の最後に私の方から、今後のお付き合いについて提案をさせていただきました。

まず、貴女と私たちの関係について、こう述べました。

先日、Hさんへの留守電話に、一方的ですが「親子の関係を切る」と伝えたこと、そして現在もその考えは変わらないこと、

そうした関係に変じてしまった以上、H家とのお付き合いも、形式化してしまうのではないかということ、従って、(将来はどう変わるかわからないが)現時点では関係を絶ったほうが良いのではないかということ。

ご両親には以上の提案を全てお受けしていただき、私のH県訪問は、これで終了しました。お父さんは終始「けれんみの無い」態度で率直に対応して下さり、私たちはお二人に対し、感謝の気持ちを持って、別れの挨拶を交わすことができました。

尚、直接のご縁はなくなりましたが、今後も連絡を取り合う可能性は残っておりますので、その件についてもご了承していただいております。

追記①

上記私のH県訪問を貴女やR介がどう解釈したか、少々気になっておりました。何故急ぎ、H県なのかと貴方方の不満の感情を、私は感じ取っていたからです。

貴方方は私が「報復感情」で行動したのでは、と思われたかもしれませんが、私の意図(=報復に非ず)は貴女にもR介にも話しておいたつもりです。

つまり、私がT家と争っていくことを決意した以上、早晩H県のご両親に事件全体の説明をしなければならないこと、また私の意思も同時にお伝えしなければならないことは、(例えご両親が私に悪感情を抱かれようと)私の義務と考えたからです。確かに貴女とR介の面目は潰れたかもしれません。しかし、そのことは貴方方の「自因自果」と理解して下さい。

また、もう一つ別の要因がありました。富山の家の処分について報告しなければ、という理由です。貴方方が住まいにしていた家ですので、結果的には「追い出す」という形になりましたが、正直言って、あの家を維持することは私たちの家計を随分圧迫(年間の出費が約25万円)しておりました。

今回、家内がS会を退会しましたので私たちが利用することは皆無となり、一方で、貴方方がS会と運命を共にすることを決意された以上、貴方方にも相応に環境の変化を覚悟をしていただくことを決めました。

R介に私たちの意図(家の処分について)を話したところ、「Hに伝え、年内には出る」との返事でした。時間的に大丈夫かと確かめたところ、「大丈夫、どうせ出るのだから」と約束してくれました。

そしてこの事実をも、貴方方が出ていくその前に貴女のご両親に伝えるべきと考えておりました。

この件については、貴女のご両親も私たちを「非情」と思われたかもしれませんが、敢えて自分たちの「都合」を通すこととしました。

追記②

貴女との関係を「Hさん・Hちゃん」から「H(苗字)さん」に変更し、親子の関係を絶つ、と一方的にお伝えしました。

しかし、私は今後も、貴女(Hさん)との交信の可能性は残しておきたいと考えています。理由の一つはR介が外国へ赴任するということですので、国内での連絡先を貴女にしておきたいからです。また貴女から書信を頂くことがあれば返信もしたいからです。

けれども今後、場合によっては私たちが敵対することも考えられますので、その是非は貴女にお任せします。

貴女もまた、今後の交信を是とするなら、担当の地の住所をお知らせ下さい。


       平成20年12月11日   R.S
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私→M局長 その3(平成20年12月13日)

2008-12-31 11:52:45 | Weblog
一筆啓上

さて、前回差し上げました書簡を投函して以来、ほぼ20日が過ぎようとしております。今日(12月13日)現在、貴方方から、未だ返信・返答をいただいておりません。

S会がそして多分貴方方が、現在多事多難の時を迎えられていることは、人を介し、またメディアを介して知らされております。しかし、前報で私のお願いしました件は、ただ貴方方の会見のご都合を伺うだけでしたので、現在返答の無いということは、貴方方にその意志が無いと解釈して宜しいのでしょうか。

この間、娘・Hが私に不可解な行動を見せ、私の猜疑心を刺激しております。

今月初め、私は子供R介と3日間を予定し、諸テーマを話し合う約束で上京しておりました。その2日目、彼女が突然京都からやってきて、私に話をしたいと言うので、その話を聞くことにしました。それまで、私の電話にも応答せず身を潜めていましたので、先ずこのことに猜疑心が働きました。

彼女の話の一つ、そしてそれが、彼女の最も伝えたかった話のようでしたが、例の疑惑事件の「事実」か「疑惑」かについて、でした。話の内容を大体こんな風に聞き取りました。

「私はいつも自殺願望がありました。身近に相談する女性の友人がおりません。それをM局長はいつも親身に心配してくださり、また指導もしてくださいました。そんな時間を過ごす中に、次第にM局長を慕い、愛情を感じるようになってしまいました。M局長にお会いすると、気持ちの上で不倫をしたいと自ら望むようになってしまい、それを不倫と呼ぶなら、確かに私は不倫をしました。しかし(最後の)一線は一度も越えてはおりません。」

私はこの何かしらこの「文学的な」告白に、変に感心してしまい、何の疑念や、感想も述べませんでした。

しかし、心中は、ここで2回目の猜疑心(内容は後述します)が働いておりました。

事件に対する彼女の証言は:
「事実ではありません(キスだけ)」→「事実でした」→「お父さんの剣幕で事実と言わされました」→「心理的には事実でした。しかし一線は越えておりません」と迷走を続けております。

この最後(いや未だ変わるかもしれませんが)の説明を私は「肉体的」一線は越えないが「心理的」半線は越えたと読み替えました。

ここで先に述べた私の2回目の猜疑心について申し上げます。
貴方方(K子夫人を含む)は私の前に姿を現さない。変わりに潜伏していたHが突然現れ、名セリフまたは、迷セリフを吐く。

この役者を操っている脚本家(或いは演出家)は誰なの?

仮に事件が事実であったにしても、彼女のこの最後の台詞が採用されれば、M局長、貴方は女性の切なる気持ちを汲みとり、共に一線を越えてしまった、という「言い訳」にでもする積もりなのでしょうか。

                  *
私の猜疑心はここで邪推に変わります。

M局長、下手な細工は止めにして下さい。彼女を解放し、ご自身或いはK子夫人を代理人に立て、私と会う約束をして下さい。
Hを見ていると、彼女はS会を守るため、貴方方の意を戴して必死に動いています。その姿は操られるマリオネットのようであり、また悪因悪果とは言いながら、私と貴方の間で翻弄される姿が哀れを誘います。

当夜、こんな質問も受けました。
「お父さん、私がR介さんと離婚すればこんなこと止めてくれますか」
「こんなことをして、誰か幸せになれる人が、いるのですか」

あっ、これも彼女自身の言葉ではない・・。と邪推しました。

通信はこれを最後にしたいと、考えています。早いご連絡お待ちしております。

平成20年12月13日     R.S

追伸
①今回知りました不倫事件に関して家内が年表を作成しました。同封します。誤認、誤記がありましたら、修正します。

②先日、Hの実家に家内と赴き、事件の概要を報告してまいりました。Hと親子の関係を絶ちましたので、H家とも、形式化してしまう関係は解消しようと合意しました。詳細はHに報告してあります。

③貴方の父・T会長への2度の書信に対し、その都度T会長は返信してくださいました。貴方もこの件では、是非父上を見習ってください。
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私→M局長 その4(平成20年12月22日)

2008-12-31 11:47:18 | Weblog
一筆啓上

先の通信を送付し、一週間が過ぎました。

これまでの貴方方の沈黙から、私からの書簡を全て反故にしようと一種の「戦略」を取っておられることは、充分推察できるところです。その意味では4通目のこの手紙も「ゴミ箱」行きになるのでしょうか。

しかし、先便に続き急ぎ当書簡を差し上げましたのには、理由があります。

そこで、当書簡は特に注意してお読みいただき、その結果、更に注意を深くして、今後の貴方方の方針を決定してください。

                *
一昨日(12月20日)ネット上の貴会に関する書き込みサイト『夜中の恫喝・会長入院』に私と家内に関する書き込みが現れました。私の知る限りでは「初登場」です。NOは669です。未だお読みになっていなければ、是非チェックしてください。

ネットに関しましては、この不倫事件を知ったきっかけであり、またあるS会批判サイトの執筆者にも直接お会いし、連絡を取り、諸情報を頂いた関係上、その後も電話などで彼らと会話を継続しております。

一昨日の書き込みは、その結果なのでしょうが、実際にその記述に接し、私は一種衝撃を受けました。私にとってネット上の書き込みはプラスでもあり、半面マイナスでもあるからです。

つまり、
私の意思が正しく伝われば(誤報なし)、プラス効果
私の意思が正しく伝わらなければ(誤報を含む)、マイナス効果
です。

私自身、貴方方がこのまま私たちの前に姿を現さず、将棋で言うところの「穴熊作戦」を続けられるなら、いずれ私の書簡をネット上に投稿、または自分自身のサイトを開設することを考えていました。

それには、その前に貴方方に予告し、子供・R介やHのご両親にも理解を得た上で、と考えていました。一度ネット上に出てしまったものは、もう呼び戻せません。

しかし一方で、このまま(サイトを開設しない)にしておけば、私から出た情報は「断片化」され、面白おかしく、「尾鰭の追加化」され、また極端な場合、貴方(M局長)がおっしゃる「たわ言化」の恐れがあるかもしれません。

従って、私はこの書簡に対し、貴方方から継続して何らの返答も無い場合は、ネット上にM局長・T会長、またHに送付した全ての手紙とT会長より頂いた返信のすべてを開示することにより、私に関する限り、正確な情報を発信したいと考えております。

その結果、当事件に関心を寄せられる不特定多数の方々に読んでいただき、文面から得た情報を基に、貴方方への批判を強めて頂ければ、貴方方を「プレス」するもう一つの方策になることを期待できるからです。

サイト開設に当たっては、技術的な援助も得られておりますので、予定としては来年早々に、と考えております。

もし、このことが貴方方にとって、不利益(=私のネット開設)と判断される場合、遅くとも年内には「会見・面接の手筈」を整えて下さい。

貴方の父・T会長からは、直近の返信で、私のいかなる行為に対しても「お気にめすようにお任せします」との文言を頂いております。つまり、私が何をするにしても「フリーハンド」を与えられたと、解釈しております。



過去、貴方方と私たちとの関係を考えた場合、この2ヶ月の間の貴方方の取った誠意なき対応(=対応しないという対応)は私たちの気分を大いに傷つけました。

貴方方はその関係性を忘れてしまったようですので、ここに改めて記します。
よくよく反芻してください。

①貴方(M局長)は子供R介の上司(当時も今も)です
②貴方はHをR介の嫁にと紹介してくれた仲人でもありました。
③貴方はそのHと既に結婚前に関係(疑惑を含む)を持っていました
④貴方は結婚式の司婚を務めてくださいました。(披露宴でのスピーチを覚えておられますか)
⑤貴方はその後もHとの関係を継続していました(Hの証言)。
⑥2002年貴方とHとの関係が証拠写真と共にスキャンダル化しました。
⑦貴方方は、それ以後我々に、何の「弁明」もしておりません。既に送付した3通の手紙に対しても、「事実無根」を主張するだけです。

この間、私たちは「何も知らず」、「知らされず」、貴方方に終始変わることなく誠意を尽くしてきました。

以上の理由により、貴方方が私たちの連絡を拒み続けることは、私たちには「異常」に映ります。そこで、ここに、再度、強く、異議あり、を訴えます。

事ここに至っても、あくまで連絡を拒むなら、それは私のネット開設を無視することを意味します。それも一つの決断ではありましょうが、よくその後のことをお考えください。

現代社会におけるネット情報は一種の「がん細胞」のようなもの、と誰かが言っていました。「言いえて妙」、です。感情的に「たわ言」と叫んでいるうちに手遅れにならないように気をつけてください。

                 *
一方、会見を決断される場合は、その場で私たちの気持ちをありのままお伝え
します。これまで我々の受けてきた不条理に対し、「物質的」「心情的」被害感情を社会通年を基にして貴方方に改めて要求・請求する積もりです。


平成20年12月22日    R.S

追伸
本文中に記述しました通り、返信・返答の期日を年内に定めました。12月31日がTime is up.となります。
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私→T会長 その3(平成20年12月30日)

2008-12-31 11:41:31 | Weblog
前略

貴方の文章を一読、再読しました。私の質問、最初の書簡では四つ、次の書簡では更に要約して二つ、これらに対し何ら回答がありません。

A4サイズで、一枚に満たない極めて短い返信に、貴方は何の役にも立たない、言い訳だけを「ごじゃごじゃ」並べています。そんな「ご託」を並べている間に、私の質問に答えることが出来るのではありませんか。

もう一度私の質問を更に要約して以下に記します。よくお読み下さい。

質問 1
2002年講師部総会に腰痛欠席したM局長にその後なぜ、貴方は釈明の機会を与えなかったのか。

質問 2
事件はどのような検証を経て「捏造」と判断されたのか。

この簡単な質問に貴方は見事な詭弁を弄されています。ご自身の文章を以下に文節ごとに分け、そのまま記述しますのでよくよくお読み頂き、私の批判に首肯していただければと思います。

①ご希望されていることは、いずれも様々な人間関係や背景、当時の種々の事情を知らないで、雑音だけで正当な判断は不能です。

②使用されている検証、捏造、処罰の文字からは、時の諸事情に暗いことだけは想像に難くありません。致し方のないことでしょう。

③同時に、同じ事柄についても立場が変われば、思考や推測、感情、感覚、見解、判断など如何に異なるものか、よくよく納得させられます。特に信仰観は驚きです。

④しかし、例え、いずれであっても互いに自由で、違っていても少しもおかしいことではありません。

⑤受けしご忠告はあり難くお受けしましょう。書きたいことは少なくありませ
んが、時間がとれません。

繰り返して申し上げます。上記①~⑤を述べる代わりに、私の質問に誠実に返答してください。

                 *
貴方は書簡の最後にこう述べておられます。
「嵐の中に絶えずある身は、時間を持てる身が羨ましいが、お気に召すようお任せします。」

ここで言う「嵐の中」とは何を意味するのでしょうか。ネット上では「液状化」の始まったS会の文言も見受けられます。そうした危機的状況を意味しているのでしょうか。

また先日の貴会の講師部への講義では貴方の信じがたい発言も紹介されています。即ち退部・脱会する講師に対し、「退部せぬよう誓約書を提出させ、約束を破った講師には1000万円の違約金を要求すると・・

この話をいち早く聞いたある講師の親は「退会すれば1000万円もらえる=退職金」と勘違いしたそうで、早速笑い話が作られております。

しかし、貴会に子供がお世話になっている私たちには、笑える話ではありません。
女郎が「足抜け」しようとして連れ戻され、一層悲惨な生活を強いられた時代とは異なります。私としては、このネット情報が誤報であってくれることを祈るばかりです。

最後になりましたが、「お気に召すようにお任せします」の文言もどう解釈すればよいか苦しむところです。とりあえず「勝手にしなさい」と言う風に受け取っておきます。


      平成20年12月30日 R.S
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私→K子局長補佐 その1(平成21年1月22日)

2008-12-31 10:41:31 | Weblog
前略

K子さん・貴女へ、単独での最初の書簡を作成します。その理由は事件に対する貴女ご自身のスタンスを確認させていただきたいからです。
これまで2度、貴女と電話での会話をしました。最初の会話は私がM局長に一回目の通信を差し上げた際の、貴女からの着信の知らせでした。

私の宛先はM局長でしたので、貴女が補佐役であることは承知しておりましたが、M局長の事件に対する姿勢がなんとなく感じられ、不愉快でした。
更に、要件の話に入ると、Hの自白は本当ではない、私の半ば強制によるもの(Hからその種の伝言があった)との趣旨を告げられ、更に不愉快な思いをしました。
その時の電話から私は、貴女がM局長を擁護し、S会を守る姿勢が感じられましたので、2回目の通信からはM局長と並べ、貴女のお名前を併記することに致しました。(初回に名を記さなかったのは、事件の当事者ではない貴女の名を記すのは非礼と考えたからです。)
しかし、2度目の電話では、貴女の難しい立場に触れると「私は、何も大変なことはありません。事件とは関係はありませんから。私の立場はR介さんと同じなのです」と、ご自身の個人的スタンスを明快にされました。私も貴女のあるべき姿は貴女ご自身の「個」を保つことだと考えます。
しかし、現実、貴女はS会の幹部であり、M局長の妻で、補佐役であり、高森家の嫁でもある。そうした多重の役を担っている。
ただ、私にとって、不都合なのは、この二役を貴女が時々に使い分けをされることなのです。貴女の姿が保護色を有する動物のように、話の都合で立場を変えしまう。
そこで、もし今後、貴女が「個」としての立場を貫かれ、当事件に関与せずのスタンスを取られるなら、私もその立場を尊重し、以後貴女を宛名には併記いたしません。
一方、貴女の組織人としての役割、また家庭人としての立場を放棄できないのであれば、今後私達との会見の相手となって戴きたく思います。

                *

先日差し上げました5度目の書簡で、私の今後の計画を記してはおきましたが、最後まで可能な限り、直接の話し合いで事の収束を図りたいのが私たちの気持ちでもあります。
結婚の仲人も務めていただきました経緯もございますので、この件、ご一考願えればと考えております。

平成21年1月22日
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