Duke-MBAの日々

Duke大学MBA(Fuqua)の学生達が、ダーラムの生活情報、授業の感想など、日々のこぼれ話を紹介します。

母なる大地、アフリカ (2)

2007-05-19 21:19:35 | 授業紹介(選択)
ケープタウンの子供たち
ここでもKhayelitsha(新しい土地)というタウンシップを訪問してきた。ここでは我々の観光バスが子供たちに囲まれるほどの人気。デジカメで写真やビデオを取ったり、肩車や人間ブランコなどをして遊んだ。このうち何割の子がエイズかと考えると心が痛んだが、とりあえず気にせず汗だくになるまで遊んだ。ここを去るとき、バスの中は静かだった。遊びつかれていたのかも知れないが、恐らく皆夫々考えさせられていように思う。当方も自分の無力さを感じ、目頭が熱くなった。黒人である教授はタウンシップのガイドと最後に厚く抱擁したが、その時彼は涙を流していた。アメリカの黒人がアフリカをどうみているか、非常に興味深い。やはり我々日本人よりも複雑であると感じる。GATEのクラスメイトにも黒人のアメリカ人がいるが、彼女たちは非常に明るく振舞っていた。特に明るいシャノンは、行く先々で、「私はどこから来た様に見える?先祖を探しているの。」と明るく現地人に聞いて廻っていた。彼女は美人であり、現地の人にもモテていた。

Bed & Breakfastでの発見
ケープタウンでは、B&Bというタウンシップ内の宿にも一泊だけ泊まった。B&Bとはアメリカでも一般的で、日本で言えばちょっと小奇麗な下宿のようなものである。これはクラス全員参加ではないが、任意で10名ほどがタウンシップの二箇所の安宿で体験した。タウンシップまでの移動の安全面は考慮しないといけないが、B&Bを訪れる観光客は現地の人々の収入源であり、良く面倒を見てくれる。このB&B、当方も参加したが、ここはまたしても当方のステレオタイプを見事にぶち壊してくれた。きれいな冷蔵庫と電子レンジもあれば、テレビもパソコンあった。B&Bを経営するだけ裕福な方と言えるが、タウンシップでこのような家があること自体信じられなかった。実はこのB&B、上で述べた黒人のクラスメイトたちも参加(当方とは別の宿だったが)。後から聞くに、なんと夜B&Bのお兄さんたちと近くのJAZZバーに行ってきたと。ビデオも見たが、日本人である当方はとても行けるような雰囲気ではない。でも彼女たちは楽しそうに振る舞い、現地の人たちの注目を浴びていた。最初は現地の人々は、彼女らがアメリカから来たと聞くと、信じてくれなかったようだ。話し始めて、ようやく南アフリカの人間でないことが分ってもらえたという。歴史上、肌の色や見た目が同じでも、一方は完全にアメリカ人であり、もう一方は完全にアフリカ人である。全く違う文化を持つ。こんな当り前なことが新鮮に感じた。

テーブルマウンテンで九死に一生
この山を登らずしてケープタウンに来たとは言えない。名前の通り頂上がテーブルのように平らになっているこの山は標高1800mを超え、地層は30億年前と非常に古い。ケーブルカーで行けば僅か3分。クラスの殆どがケーブルカーを選んだが、当方はクラスメイトであるGorryとハイキングすることに。ところがこのハイキング、この後とんでもないことに。事前にガイドに方向は聞いていたが、複数のルートが存在するとは知らず、Gorryと当方は途中で道を間違えてしまった。なんとハイキングではなく、ロッククライミングのルートを進んでしまったのである。日本であれば当然、危険標識や柵があるはずだが、ここはアフリカ。。。 ハイキングであれば山を斜めに進むはずなのに、Gorryと当方は知らず知らずに頂上をまっすぐ目指すルートを行く。「おかしいなあ、いつになったら穏やかになるんだろう」と言いながらのんきに断崖絶壁を登る。しかも恐ろしいことに、じょじょに斜面が急になっていく。登ってきた景色をみると身の危険を感じたが、今更絶壁を降りる方が危険である。滑れば転がり続けるだろう。一旦登ってしまったからには最後まで登るしかない。正直言って、余裕で死ねるような箇所が数箇所あり、冷や汗をかきながら夢中に登る。Gorryが落ちたらどうしようと考えたりもした。途中でローカルと思われる兄ちゃんがよじ登るルートや手をかける箇所を教えてくれたが不幸中の幸い。この兄ちゃんがいなければ本当に大変なことになっていたかも知れない。登頂まで2時間10分。これほどアドレナリンが出た登山はなかった。登頂後は、登頂したということよりも、生きて帰ってきたことに喜びもひとしお。。。 Gorry、お疲れ山でした!

ザンビアの小学校
バングラデッシュ出身の女性が創設した小学校を訪問した。彼女が2年前に学校を創設する前は、ここに通う200人もの生徒達は町をたむろし、売春や犯罪に手を出し、家族からは無用と罵られていたという。孤児院で35人子供たちの面倒も見ている。http://www.ebenezerchildcare.org/ http://ebenezerorphanage.org/ 信念の塊のような女性だった。ザンビアに来たのは35年前という。学校ではUSAIDやWFPからの支援も受けており、食事も提供している。政府の援助はないが、教会やチャリティーの寄付で運営を賄っている。このような場所で良質な先生をどう確保するのかと聞くと、「私は心を鬼にして、先生を見ている」と。信念の無い先生は、子供たちの為にもクビにするしかないと言う。彼女は更に100人の子供たちを受けて入れるべく、別の校舎の増設を予定していた。増設費用はわずか$4000。Dukeとしてこの半分強を現金で寄付した。ユニフォーム好きな孤児院の子供たち全員に青いDukeのSweatshirtsも寄付をしてきた。寄付を受け取る際、キリスト教徒である彼女は感謝の気持ちを祈りで表現した。彼女は教育により、200人の少年少女たちの人生を変えている。

大自然
アフリカといえば、そう、サファリ。Discovery ChannelやNational Geographicのフリークである当方は、そこら中にいるゾウやカバやインパラに感動。特に我々が行ったボツワナやザンビアは素晴らしかった。そうそう、カバはアフリカで最も危険な動物である。一見おとなしそうだが、縄張り意識が強くどう猛である。Zambezi Riverをボートクルーズしていた際も、何と潜水していたカバがボートの左舷後方部から浮上!このとき不運か幸運かGorryの真横からブヒーっとしぶきを上げて出てきた。こんな時、現代人の当方はどうしてもディズニーのはりぼてを思い出してしまう。一番驚いたのはドライバーの反応の速さ。ブヒーっと浮上したカバがボートに当ったと思った瞬間、フルスロットルで全力疾走。ちなみに、カバに襲われた時のサバイバル術は、潜って逃げることである。カバは口が大きく、水中で開くのは困難とのこと。あとアフリカと言えば、何と言ってもライオン。オープンカーのようなサファリトラックで走り回るのだが、ライオンはなかなか見つからない。二日目になり、ようやく無線で他の車両からライオン発見の情報が入り、駆けつけてみると既に何台もの車両がライオンの通り道を待ち伏せしていた。そして自信に満ち溢れたライオンたちが現れる。車両の合間を縫って威風堂々と横切る4匹のメスライオンを見たとき、その風格に心底感動した。百獣の王とは正にこのこと。ものすごい風格である。

満天の星空
ボツワナでは今までに見たことの無い数の星に息を呑んだ。白く帯状に輝く天の川も見て色々と考えた。このちっぽけな地球で何ができるか。その後、野外で開かれたClosing Partyでクラスメイトたちと夜中まで飲んで踊った。

Diego


P.S. 2007年の皆さん、ご卒業おめでとうございます!!

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