数ヶ月前、アマゾンに注文した写真集
「Kanaval: Vodou, Politics and Revolution on the Streets of Haiti」がやっと届いた。著者・写真家は長年ハイチを撮り続けてきた友人のLeah Gordon。ハイチの南東部にある小都市ジャクメルで行なわれるカーニヴァルのドキュメント写真集だ。歴史を感じさせる植民地風の古い建物が多く、落ち着いた佇まいを見せるジャクメルは、観光客から人気の町である。また、アートの町としても知られ、多くの優れたアーティストを生み出してきた。
私が初めてハイチのカーニヴァルを見たのは、1994年2月。首都ポルトープランスのカーニヴァルだった。当時ハイチは、国連からの経済制裁下にあり、経済は最悪の状況にあった。そのため、財政難からカーニヴァルの開催を、危ぶむ声も多かった。しかし、軍政権とその支援者が資金を出し、カーニヴァルを開催した。「経済制裁は何の効果もない。俺たちは負けない」との軍政権のアピールだった。ポルトープランスでは日が暮れると、通りから人の姿が消える。夜は野良犬と銃を持った軍人たちのの世界に変わる。だが、カーニヴァルの日だけは違っていた。深夜になっても、街中は大勢の人びとで溢れていた。市民の無礼講と安全を保障した、1年間で唯一の時だった。だが、人気バンドのカーニヴァルソングに合わせて、歌い、踊る人々の姿が、楽しげであればあるほど、私には悲しげに見えた。カーニヴァルが終れば、また抑圧された日々が戻ってくるからだった。
その頃、ハイチの友人が「カーニヴァルの写真を撮るならジャクメルが良い。もっと伝統的で、面白い」と教えてくれた。それから、数年後にジャクメルのカーニヴァルを見た。まるで絵本やおとぎ話のような世界だった。インディアン、角を着けた奴隷、動物など、様々なキャラクターに扮した人びとが、次々と街角に現れては、寸劇やパフォーマンスを行なう。人々は、それを家のベランダから眺めて、楽しんでいる。町とカーニヴァルが一体化していた。ブラジルのそれような華やかではないし、衣装も豪華ではない。だが、手作り感に溢れ、素朴な味わいで、文化の奥深さを感じた。
Leah Gordonも、そんなカーニヴァルに魅了された写真家の一人である。彼女に初めて会ったのは1993年頃だった。黒く染めた髪の毛に、黒いT-シャツと黒いジーンズのファッションに身を包んだパンク系の姉さんだった。写真を始めたばかりの頃だったと思う。父親から譲り受けた古いペンタックの一眼レフカメラ(レンズがねじ込み式)を首に下げて、通りを駈けずり回っていた彼女の姿を覚えている。そんな彼女が、十数年を費やして、記録したのが、この写真集である。
中版カメラで、カーニヴァルの様々なキャラクターを誇張することなく、ごく自然なポートレート風に、撮影した黒白の写真がとても美しい。私にとって嬉しかったのは、カーニヴァルに登場するキャラクターの由来や歴史が、きちんと説明されていることだ。
たとえば、ナポレオンで有名な二角帽子を被り、黒い背広にサングラス、そして水牛の大きな歯が付いた布製の厚い唇を口元に巻きつけたチャロスカと呼ばれる有名なキャラクターがいる。その大きな唇をかくかくと動かして見せるのが彼の特徴だ。これを演じるアーティストの説明よれば、チャロスカは20世紀の初頭にジャクメルに実在した、厚い唇と大きな歯を持つ、残虐な軍人をパロディ化したもので、政治家や軍人たちの不正や腐敗を象徴している。その他にも、エイズの流布を警告するための、エイズに犯された売春婦のキャラクターもいる。カーニヴァルはハイチの歴史と社会を映す鏡とも言えるだろう。
今年は残念ながら、地震の影響でカーニヴァルは中止となった。ジャクメルも、大きな被害を受けた。歴史的な建造物が多く破壊されたと聞いている。
ハイチの奥深い文化を知りたい人たちには、ぜひともこの写真集を手にしてもらいたい。
同時に、ハイチ系米国人作家エドウィージ・ダンティカの著書
「アフター・ザ・ダンス-ハイチ、カーニヴァルの旅」を、読むことをお勧めしたい。2003年に日本で出版された、ジャクメルのカーニヴァルのエッセイである。カーニヴァルとハイチ文化をより理解するための、絶好なテキストになると思う