monologue
夜明けに向けて
 



<夏休み昔話料理講座第二回>
  献立「一寸法師」

 今回は、「一寸法師」を取り上げようと思う。
話の創作意図が他のお伽噺とは別にあるようで興味を覚えるのだ。
    
    <一寸法師>
 これは本当はどう読むのだろう。ギャグでよく言うチョットボウシじゃないだろう。現代人はイッスンボウシと発音しているが室町時代の御伽草子のひとつだからその頃の読み方が正しいのだろうか。    
 古代、寸はキという長さの単位だった。「寸」は見れば解るように十字のチョンということなのである。その意味は「尋」ねる、そして「壽」にも使用されていることでわかる。双方に共通するエとロはべつにエロでスケベということではない。「尋」のヨは手を開いた形である。手にエで左の字、ロで右。古代の巫術(フジュツ)の左右に持つ呪器(ジュキ)のこと。「右」の口はサイというお椀の形。「左」の工はなんと呼ぶか知らないがお椀に入れた占いの紙片を突き刺すもの。「巫」の字の人を除くと工が残る。尋ねるとは左右の手を掲げて「寸」=チョンの十(カミ)に尋ねることであった。「壽」はヨの代わりに十が屋根の上に乗っている。これはめでたいはずだ。ということで、「寸」が長さの単位だけで使われるのではないことがわかる。スンという読みになってもSUNという発音でスのカミの意は残された。さて、長さの単位としての「寸」は後には馬の高さを測るのに用いられた。四尺を基準としてそれより、一寸高ければ一寸(ヒトキ)と呼んだ。
とすれば一寸法師の本当の背丈は四尺一寸、約123センチであったということになる。
小学生並の身長である。同時代の人の平均よりはかなり低い人だったのだろう。現代でも「こびとの国プロレス」などでmidget(ミジット)と呼ばれる方たちが活躍している。そんな背の低い人の話と考えれば、ただの一寸、約、三センチの人の話とするよりは現実的である。だが、現実的だから良いということはない。やはり、お伽噺は夢がふくらむ方がいい。ファンタジーなのだから。一寸法師についても色々仮説を立てている方がある。
 作家の高橋克彦氏は確か、お椀を空飛ぶ円盤に見立てて一寸法師は小さな宇宙人であり、大国主尊の手助けをした少名彦名尊(スクナヒコナノミコト)であると推理していた。
それはそれで面白いとは思うが、その説に踏み込むことは今回の本意ではない。
 ここでは一般的な話を元にして考察する。ご存じない方のために簡単にあらすじを紹介しておく。 
 「指にも足りないような小さな人がお椀の舟に箸の櫂で京(みやこ)へのぼった。
 そして、三条の公家にめしかかえられる。姫のおともで清水へと行く。その帰りの清水坂で鬼に遭遇する。法師は鬼の口に飛び込み、腹の中を針の剣で突く。
 鬼は法師を吐き出して逃げる。鬼の置き忘れた打ち出の小槌をフルと背が伸びて立派な若者となり姫と結ばれ中納言にまで出世した」
 
 さて、一寸法師の話に込められているさまざまな象徴の示すイメージを見てみよう。
 「お椀の舟に箸の櫂」お椀は○のイメージ、そして、箸の櫂は一のイメージがある。 
さきほど見た「尋」と「壽」の文字の元になったサイという巫術からの発想が感じられる。口のお椀と工の突き刺す棒。それを操る寸(き)。壽からエとロをとってしまえば「寺」が残る。主人公は自然に法師が選ばれる。つまり、一寸法師とは、壽法師なのだ。川を上るのはわれわれ人類の霊的生長を暗示している。京へ上るのは双六の上がり。「京」の文字は口であらわされるミヤコに下からのぼってくる形である。
「清水寺」「三条の公家」「法師」「打ち出の小槌」「お椀の舟に箸の櫂」などの意味するところをみると。
 
 「清水寺」清水寺は798年に坂上田村麻呂が創建したとされる。能楽の世阿弥作「田村」では田村麻呂の霊が清水寺のいわれをはなし、観世音の功力(くりき)によって武功を立てたことなどを語る。清水寺の山号は音羽山。ここには「音」が深くかかわっている。これでは清水坂で遭遇した鬼とは怨霊となった田村麻呂としか思えない。
素盞鳴尊→饒速日尊→田村麻呂という鬼の系譜がある。「坂上田村麻呂」の坂と田をとって金太郎、坂田金時の苗字とされたとも考えられる。金時の「時」には日と寺があり、一寸法師の作者と金太郎の作者の創作過程に共通する何かを感じる。

「三条の公家」三の数霊の九家=日向
「法師」「法」は水を去ること、三を去るためにやってきた師。
「打ち出の小槌」この話では「打ち出の小槌」がもっとも大切な要素である。それはもう小道具の域を超えている。一寸法師=打ち出の小槌をフル話といっていいほど。
「お椀の舟に箸の櫂」お椀は○のイメージ、そして、箸の櫂は一のイメージ。○の中で櫂を漕ぐのはセックスのイメージも含む。

 これらの材料を料理すると。
 一寸法師の作者は壽にちなんだめでたい出世噺を書こうとした。そこにはそれまでの陰陽思想を超える究極の真理を伝えようとする創作意欲が感ぜられる。それはまるにチョンを入れることである。 
 まず「壽」から浮かぶイメージを組立て主人公を寸の人(一)として一寸という背丈に設定した。お椀の舟と箸の櫂も巫術の道具と壽の字の関連から発想した。川を上り京へ入ることで一○となっている。待っていた姫は日目で亀であり○の文様。一寸と結ばれると一○。三条の公家は三の支配が終わり三を去る法師によってとってかわられることを暗示して配した。清水坂の鬼は坂鬼で坂上田村麻呂を登場させた。それは法師に打ち出の小槌を与えるための重要な配役。打ち出の小槌をフルことによって人(一)は霊的に完成し○と交(カイ)の一体となることができる。新たな時代への転換点にはフル=饒速日尊の霊力が必要なのである。一○では一と○が離れて見えるが○にチョンが入る日の元の字でなければいけない。そのことによってついに真のアマテラスの時代が始まる。一寸法師はそのことを知らせるメッセージを託して創作されたのであった。
今回はこれまで。
fumio

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コメント
 
 
 
もう一つの民話 (YUKO)
2007-07-26 19:26:51
ご無沙汰しております。

私が住む場所の近所に「打出小槌町」という地名があります。

そこには、もう一つの「打出の小槌」の民話が残されています。

こちらのサイトで、詳しく紹介されています。↓
http://www.trans-usa.com/ashiya/index2.html

元々、打出の小槌は龍の持ち物だったそうです。
打出の小槌を振って叶った願い事も、「鐘の音」がなると、全て消えて無くなってしまうとか。

興味深い民話だと思っています。
 
 
 
兎原 (fumio)
2007-07-26 20:35:44

YUKO さんおひさしぶりです。
面白い民話ですね。
葦屋(芦屋)は昔は菟原または兎原だったんですね。兎はツキヨミとしてのニギハヤヒの使いですから小槌をもっていた龍神はどうみてもフル、ニギハヤヒですね。鐘が鳴るとすべてが消えるのは幻から現実に戻ることのようですがその鐘は夜明けを告げる鐘のような気がします。コメントありがとうございました。
 
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