吉嶺史晴のブログ

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最初から「きれいな演奏」を作ろうと思うとうまくゆかない

2017-01-11 | リコーダー奏法
最初から「きれいな演奏」を作ろうと思うとうまくゆかない。
もちろん何が「きれい」という点は議論が分かれるところなのだけれども。

でも本当に美しいものと、表面的に「きれい」なだけのものとでは違う。美しいものの内部では相反するチカラが拮抗しあってギリギリのバランスを保ちながら、なおかつ堅固な構造があるけれども、単に「きれい」なだけのものはそういうことがなく、ただ単に「きれい」なだけ。それだけ。

本当に美しいものというのは聴き手の想像力に強く働きかける何かが備わっている。

その何かというのはもしかしたら多分、練習の際にその奏者が「ああでもない」「こうでもない」とか「今日あった、あのコンビニのオンナの子、可愛かったけどもう会えないのかな。。。もう会えないんだったら、もうそれでいいからとにかく頑張って生きてゆかなきゃ」とか、とにかくいろいろあるのだ。

そのいろいろな思いがチカラの源みたいな働きをするのではないだろうか。

それは例えばひとつの演奏のなかに「前進するチカラ」と「アダージョという音楽的情緒」というような一見、相反してみえるような何かが同時に存在する時に起きる何か。。。。

多分、「会いたいけど会えない」というような何か。それに匹敵するようなチカラのぶつかりあい。
本当に美しいもの、それはその内部でとてつもないチカラがせめぎあっている。
それは単に表面的に「きれい」なだけのものとは最も遠いところにある。

もしかしたら「バロック」的な美学ってこういうところにあるのではないだろうか?
だとしたら「バロック」的な美しさって、バロック芸術だけにあるものというよりはもっともっと普遍的なものだ。
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