吉嶺史晴のブログ

音楽教室の御案内、日々のことなど

やっぱり皆、自分の上達のこと、気にしてる

2016-12-07 | weblog
時々、レッスンのなかで生徒諸君と話したりして思うこと。
やっぱり皆、自分の上達のこと、気にしてる。
普段は仕事したり、学校の勉強したりしなきゃいけないから、忙しい。
もちろん練習時間だって、限られたものなんだと思う。
その道の専門家になるわけじゃないから、それはそうなんだと思う。

でもやっぱり少しずつで良いから、うまくなりたいんだもんね。
それはそうなんだよね。

発表会があったりすると、他の生徒はみんなすごく上達してるのに、自分だけなんだか、あいかわらず、なんて思ったりしてしまうこともあるみたいだ。

でもそれはそうなんだと思う。
みんな、自分にはどうしても厳しくなってしまって他の人はどんどん上達してるのに、自分だけ・・・・なって思うこともあるみたいなんだ。

これは教室の生徒じゃなくて、勤務先の学生としばらく前に話したこと。
「僕なんか基礎が全然できてないからダメなんです」・・・・

そりゃそうだ。
基礎が出来てないから、学校に行って習ったり、個人レッスン受けたりするわけで。
最初から出来てしまってる人は(そんな人はまずいないけれど)、習ったりする必要がないわけなんであって。
簡単に「基礎」なんて言うけど、これ、本当はものすごく奥が深くて、完成することなんてない。
すごい経歴のある演奏者だって、やっぱりそれなりに基礎的な練習いつもしてたりする。〔毎日、ハノンやっているとか、そういう意味ではなく。そういう人もいるかもしれないけれども・・・)

あとはやっぱりこれはかなり昔、僕が学生時代にやっぱり当時の友人(当時の女の子。今はそれなりに歳とってるはず)と話したこと。
「あたしなんか想像力がないからダメなんだと思う」

そりゃそうなんだよね。
なくて当たり前なんだ。そういうのは。最初からすごい想像力(創造力)があるんだったら、わざわざ誰かからいろいろなこと習う必要なんかない。

もちょっと、自分に優しくてもいいじゃないかと思う。
生徒諸君。
忙しい時は忙しくしてればいいし、練習できない時は、練習できないんだから、それはそれなんだ。
少なくとも専門にその道を進むということでない限りはあんまり自分に厳しすぎないほうが良い。
その道に進む人であっても、やっぱり厳しすぎるんじゃなくて、厳しくても良いけれども、自分の良いところ、良いところ、ちょっぴりだけかもしれないけれど、良いところを見つけてゆくこと。

基礎というのは完成するということがない。
みんなありあわせの技術でそれなりのことをやってる。ただしやるひとは全力でやってる。
全力でやってる、というようなところをそのまま見せてしまうのか、それともなるべくスマートにやるのか、という点でいろいろ、それぞれ違いはあるかもしれないけれども。

でも完成された技術なんて、そんなもの、絵空事だ。
みんなそれなりに不完全な技術でなんとか間に合わせながら、やってる。

不完全な技術だから、ダメな演奏ということではないし、だからといって非常に優れた技術だから、良い演奏ということでもない。演奏ってそんなに簡単に是非を判断できるようなものでもない。
もちろん、だから、といって普段の練習をさぼっても良いということにはならないけれども。
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