ギャラリーと図書室の一隅で

読んで、観て、聴いて、書く。游文舎企画委員の日々の雑感や読書ノート。

ベルリン・ドレスデン・プラハ紀行(3)

2017年07月31日 | 旅行

ドレスデンは美しい街である。教会も宮殿も歌劇場もバロック様式の重厚で華麗な建物だ。エルベ川沿いに開けた街並み全体がまるで18世紀の宮廷都市のようである。ドレスデンは第二次世界大戦で大規模な空襲に遭い、約8割が焼失している。現在の街並みとは戦後、特に東西統一後に復元したものなのだ。21世紀に入って完成したフラウエン教会は、瓦礫の一つ一つをジグソーパズルのようにはめ込んで再建したのだという。しかし新築の建物でも、砂岩を使っていることと酸性雨のせいで薄黒く、古色蒼然としている。とても真新しい街とは思えない。人口50万人あまりの街は、あふれんばかりの観光客で賑わっていたが、それだけになお一層、私には幽鬼じみた書き割りに思えてうすら寒かった。
ベルリンでもドレスデンでもまずは国立の博物館や歴史的な美術館を巡る。確かにベルリンのペルガモン博物館や絵画館、ドレスデンのアルテマイスター絵画館の収集品はすごい。特にドレスデンでは、ラファエロの大作「システィーナの聖母子」はじめ、ティツィアーノ、デゥーラー、レンブラント等々見応えがあった。だが、こうした王侯貴族の権力や富の集中を見せつける博物館や美術館の見学というのは面白くない。教科書に羅列された美術史みたいだ。もっとその土地ならではのものを観たい、新しいもの、今の動きを観たいと思うのだが、手っ取り早い観光コースとして、これは日本人向けだけではないらしい。こうして観客の偏りが生じる。力の入れ方にも関わってくる。ベルリンの新ナショナルギャラリーに行こうとしたら休館中、ほとんど開店休業状態なのだという。そんな中、どこかのインフォメーションコーナーでドレスデンとプラハの美術館でゲルハルト・リヒターの展覧会があることを知った。やっぱりドイツの“今”だ。日本でまとまったものを観る機会など滅多にない。どちらかでもなんとか観たいと思ったのだった。そしてリヒターを展示しているアルベルティーヌムがすぐ近いと知って、早くこの亡霊の街から逃れたいと、私はずっとそわそわしていたのだった。
アルベルティーヌム(ドレスデン州立美術館)は、アルテマイスター絵画館に対して近現代美術の収集展示をしているところである。ここにゲルハルト・リヒター・ホールがある。現在展示されていたのは、大きなアクリルの、部屋のような箱が一点と、あとはすべてアブストラクト・ペインティング作品であった。ほとんどが2016年から17年の制作で、今年85歳になるリヒターのエネルギッシュな活動に驚かされる。
様々な色を使い、何層にも重ねられた油絵の具のレアー(層)。ナイフを自在に使い、塗り込み、削り、引っ掻き、引き伸ばす。リズミカルな手の動きが伝わってくる。偶然性を伴いながら混色された色は、さらに複雑な階調をもたらす。その隙間から下の層が覗き、時間の層へと変容し、蓄積されていく。執拗なほどの物質=油絵の具の層が、非物質=光の層となって無限のイメージを生み出していく。もちろん、抽象とか具象などといったジャンルを超えて。
1932年、旧東ドイツのドレスデンに生まれたリヒターは、東西を隔てる壁ができる直前の1961年、西ドイツに移住した。「芸術をイデオロギーに従属させる」社会主義リアリズムから解放されたかったという。移住当時は、西側の前衛的な作家、作品をほとんど知らなかったという。その後の多様な表現、そして今や世界最高峰とも言われる作品群については、また別稿で扱いたいと思う。
アルベルティーヌムでは、あまりにも広い空間の全てを回ることはできず、3階の近現代絵画の回廊のみを回ったのだが、3階はリヒターに始まり、カスパー・ダーヴィッド・フリードリッヒで終わっていた――というのは全く勘違いで、実は目的のリヒターの部屋から回ったので、時代を逆走してしまっていたのだ。この回廊は、ドイツ・ロマン派絵画を代表するフリードリッヒ(1774~1840)に始まり、リヒターで終わるという構成になっている。もちろん、その間にもドイツの作家を中心に、充実した収集が見られるが、やはりフリードリッヒの部屋こそ、ドイツ的憂愁の世界だ。
詳細は略すが、ドイツ・ロマン派文学を代表するティークとはドレスデンでの邂逅があり、ドイツ・ロマン派が絵画と文学との深い関わりの上で独自の文化となったことの証左となるだろう。すでに近代人であるはずのフリードリッヒが描くのは墓場、古木、崩壊しかけた教会、雪―まさに象徴的な記号のように配されている。そして人物は滅多に現れず、それも背後からしか描かれていない。ここには単なる郷愁にとどまらない、時代の裂け目を見据える目を感じる。(霜田)
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