ギャラリーと図書室の一隅で

読んで、観て、聴いて、書く。游文舎企画委員の日々の雑感や読書ノート。

形のないものを形にして――北條佐江子展「天詩降る森で」

2017年06月14日 | 游文舎企画

森のコンポジションⅡ

聴星詩/ちょうせいし―孤高の星が降る夜に

風想詩/ふうそうし―雨に負けぬ花

詩(うた)降る夜

「形のないものを形にし、形のあるものを排除する」―北條さんは作品の前で、敬愛するパウル・クレーの言葉を自らに言い聞かせるように語った。会場にはクレーへのオマージュ風の小品が十点と、100号大から130号の大作八点が展示された。多くが今展のための新作だ。
北條さんにとって、「形のないもの」とはいったい何か。それは生命の神秘、原初の大地、漠として広大な宇宙、あるいは童心のままの世界だろうか。
圧巻は正面を飾る「聴星詩/ちょうせいし―孤高の星が降る前に」と題された三連作。中央にF130号のキャンバス作品、左右対称に170×80㎝の板絵が、観音開きの祭壇画のように並ぶ。だが、深いブルーを背景に、星や文字や人らしきものを象徴的に配した画面は、無限の宇宙に心を解き放つ。
中央の作品は濃淡多彩なブルーの空に、一気に描かれたらしい白い大気の塊が浮かぶ。そして降り注ぐ黄金の光が、星たちの瞬きを詩へと変える。板絵の方は、漆喰のように顔料を塗り重ね、磨き、彫り、さらに絵の具を塗り込んでは作られる工芸的、彫刻的な作品だ。色彩や構図の画家と思われがちなクレーが、比類のないテクスチュア・コントローラーでもあったことを思い出させる。いずれもやや沈潜したブルーの背景、向かって右側は、左辺に寄せた岩のようなグレーの三角形が画面を大きく占める。左側の絵は金色の矢が光の輪を突き抜け、画面を対角線に切り、上へと伸びる。強い意志を感じさせる。いずれにもアメリカ・インディアンが岩に刻んだという文字が散りばめられ、未来の解読を待つ。モチーフをできるだけ切り詰め、大胆な構図をとることによって、大きな空間と悠久の時間を獲得することになった。
「風想詩/ふうそうし―雨に負けぬ花」(F100号)もまた、板に描かれた作品だ。暗褐色を主調としているが、赤い地色の頑強なマチエールは光を受けて驚くほどの発色を見せる。ディテールをそぎ落とし、抽象化された花や風景、削って引かれた光のような白い線が、伸びやかで大きな構成的画面と相まって、集団の記憶―大地の記憶を呼び起こす。
展覧会前、北條さんのアトリエを訪ねた。構想を話しながら次々に見せていただいた作品のいくつかは、まさに作家の葛藤のうちにあった。それから一ヶ月半の間に作品は大きく変貌していた。「詩(うた)降る夜」(S100号)もそのひとつである。前述のような、完成度の高い神話的な作品とは異なる。賑やかにおもちゃ箱をひっくり返したような画面。中央上部にある灯は夢の時間のための灯だ。街も木々も星も鳥も動物も子供たちも夜闇に紛れて踊り出す。未だ完成を疑う作家の思いを超えて一人歩きしている画面は、なんとも無心で生き生きとして魅力的だ。「完成しても消す勇気が必要」と言い、「塗ったり描いたり削ったり、これからもやっていきたい」という北條さんが、さらにどんな作品を見せてくれることだろう。(霜田文子)



ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 炸裂する狂気 | トップ | 伝統と創造と――人形浄瑠璃「... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

游文舎企画」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。