ギャラリーと図書室の一隅で

読んで、観て、聴いて、書く。游文舎企画委員の日々の雑感や読書ノート。

主役はベルリン、多言語作家による都市像――多和田葉子『百年の散歩』を読む(1)

2017年07月10日 | 読書ノート
「大人になっても毎日、手帳に新しく発見した単語を書き記し、語彙を増やしていく人を移民と呼ぶのだ。しかもその中にはもうどんな国民言語にも属さない単語も出てくるかもしれない」

『百年の散歩』は、多和田葉子の最新刊である。多和田葉子は10年前にハンブルグからベルリンに移り住んだという。ベルリンには人の名前が冠せられた無数の通りや広場があるというが、その中の10の通りを歩く。ただし、なぜそこを選んだか、を語るわけでもないし、必ずしもそこに冠せられた人について語るわけでもない。おそらくその順番も無作為なのだろう。歩き、観察し、記述する。彼女のもう一つの旅、そぞろ歩き、散歩もまた、言葉とともにある。そして目にする表示を日本語に置き換えたり、耳にする言葉を舌の上で転がすようにしてずらしてみると、生々しいイメージが立ち現れたり、本質が見えたりもするのだ。(そういえば散歩はドイツ語でflanieren―そのままふらり、ぶらり、ぶらぶら歩きと連想してしまう。)
ベルリンの百年と言えば誰しも二つの世界大戦と、冷戦という戦後、東西の壁という重い歴史を思わないわけにはいかない。しかし「わたし」はあえて予見を持たず、足の向くまま、視線の赴くまま書き留め、すれ違う人について想像を巡らす。時には捕鯨や原発の話に隣り合い、日本人であることの緊張感を孕みながらも、「わたし」の自由で裸の眼は、土地の歴史を感じ取り、百年のベルリンを自在に行き来する。それにしてもなんとたくさんの人がいるのだろう。なんと様々な人がいるのだろう。そこには幻影や亡霊もまことしやかに紛れ込んでいるからに違いない。たぶん呼び寄せてしまうのだろう。だから、他人に託したはずの物語はとりとめもない妄想の連鎖となり、逆に何者かに憑依され、自家中毒を起こしかねない。
カント通り、カール・マルクス通り―冠せられた人たちのほとんどが、少なくとも聞いたことのある名前だが、広場につけられた「レネー・シンテニス」は全く知らなかった。「わたし」も確かなことは知らないらしい。いったい誰かという読者のはやる気持ちにお構いなしに、「わたし」は手っ取り早く知ろうとはしない。歴史が堆積している街のあちこちにふっと姿を現す隙間があるに違いない。出会うべき時に出会う、そのときを待つ。「背の高い人のように目の前に立っていた。誰かの魂が、たぶん死んだ人の魂が、標識に宿った」そんな「標識」との出会い。普段行かない本屋で見つけた伝記本。いきなり1937年から始まる伝記から、180㎝の長身の女性だったこと、半分ユダヤ人であったこと、ベルリン映画祭金熊賞の、あのトロフィーの小熊の原作者だったことなどを知る。そして玩具屋の木馬に導かれるように、広場の真ん中に立つブロンズの子馬の像を見つける。伝記の中の作品と重なり合う。ゆっくりとページを繰り、咀嚼しながら伝えるような筆致が心地よい。英雄像を祭り上げる時代にあって、人間味あふれる像への共感が伝わってくる。(霜田)
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