「食堂かたつむり」小川糸 ポプラ社
15でおかんの元を出て自活してきた倫子25歳。トルコ料理店でバイトしながら付き合っていたインド人にふられ金も持ち逃げされる。もうこうなったら実家に帰るしかない。実家ではじめた料理屋、食堂かたつむりをめぐるエピソード。
なんというか非常に珍しい設定(しゃべれなくなってしまった倫子、ぬかみそが命の倫子)に淡々とした文体が妙に心地いい。この小説を通して誰にでも分かる何かがあるというわけでもないのもまたいい。
倫子(りんご)が作る料理。手の込んだモノばかり。こだわりと食材への愛情、食べてくれる人への思いが伝わってくる。
日常で食べる人、作る人をやってる人たち(食べる人をやってない人はいないか)に何かを考えさせ、感じさせてくれる。それはみな違うことなのだろう。
食べるということは残酷だけれど崇高でもあり、芸術的でもあり日常的でもある行為なんだなとしみじみしみじみと岩にしみいるせみの声状態であった。
みんな、濁り具合の程度の差こそあれ、心の中を満たしているのは泥水だ。(中略) だから私はその泥水をきれいに保つため、なるべく静かにしていようと決めた。水の中で魚が動き回れば濁った水になってしまうけど、心を穏やかにしていれば、やがて泥は沈み、上の方はきれいな水となる。私は、きれいな水でいたかった。(145ページより引用)
この箇所が気に入った。
倫子(りんご)の営む食堂かたつむりに行って、美味しい食事を食べてみたい。いや、食堂かたつむりは、もうすでに我々の目の前に、我々が普段食べている場所が食堂かたつむりなのかも知れない。
「喋々喃々」のレビュー
「ファミリーツリー」
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バレンタインだの、クリスマスだの、
誕生日だの、
いや、なんでもない日も
カレシィのために料理を作っていたときは
へたくそでも楽しかった、
いやそんな自分に酔ってたのかもしれないが。
主婦になって日常になったとたん
それは単なるやっつけ仕事に成り下がってしまった。
それでも新婚当初や
子供がうまれたばかりで
離乳食を手作りでがんばってたときはまだしも
今やアハハハハハハハハ・・・・。
そこに愛情があれば
多少見栄えが悪くても伝わる気持ちがあるし
おいしくもなる。
いやもう反省しまくりでした。(笑)
家族で食卓を囲むことがめっきり減ってしまったからよけいここが悪循環で
年の初めにええ本読んだ気がします。
恋愛は「非日常」で、
結婚は「日常」なんだと思います。
日常に楽しさを見つけることができる人は幸福で、
非日常にしか楽しさを見つけることができない人はなかなか幸福になれない。
いやいや。えらそうですんません。
非常に幼稚な小説で、逆にだから売れたのかな?
自分にとってはさっぱり面白くないのに、他の人は面白いという作品はたくさんありますし、その逆に自分にとってはすごく面白かったのに、他の人には評価されない作品もまたたくさんあります。
食べ物の好みのように、どうして好きか嫌いか説明できないものなのかも知れませんし、説明できるものなのかも知れません。そのどちらなのか私にはまだ分かりません。
しかし、みんながいいと言うよりも、違う考え、感性を持つ人たちがいる方が、私は楽しいし面白いと思っています。