頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

『キングの死』ジョン・ハート、ダメ男小説の傑作

2009-04-13 | days

「キングの死」ジョン・ハート 早川書房 2006年
THE KING OF LIES, John Hart 2006

「川は静かに流れ」という作品であちこちのブックレビューで5つ星の評価を受けたジョン・ハートのデビュー作。私も他の大勢と同じく「川は静かに流れ」をたっぷりと堪能したので、期待を大きくして読んだ。

原題は嘘の王である。「川は」では情が流れる様がなんとも言えなかったのだが、多少毛色は違う。冒頭から35ページ第3章が終わるまで、特に展開がスピーディというわけでもないのに言葉が詰まっている。この部分の最後が「妹にかわって泣いた」なぜ主人公ワークは妹に代わって泣いたのか。ここまで読んだだけで読む方が胸を熱くしてしまう。すごい書き手だ。これがデビュー作とは。

やり手の弁護士である父が遺体で発見された。ダメ弁護士である私は、精神的に不安定なところのある妹が犯人ではないかと疑う。妹をかばうために自分に嫌疑がかかるようにする。すると父親の遺言には自分に1500万ドル相続する権利があることが分かり、自分への嫌疑が濃厚なものになってしまう。この父親殺しの犯人は誰か、その動機は何なのか。金目当てで自分と夫婦関係を続けている妻、妹と同居している怪しい女、自分と長年不倫関係にあるバーバラという初恋の人、執念深い刑事、探偵・・・ パズルのピースは最後にカチッと音を立てて嵌る。

いやいや。ダメ男小説の傑作とはまさにこれ。日本でいうと(なぜ日本でいう必要がああるのか)志水辰夫の初期の小説群とか佐藤正午とか、日本でいわないと(なぜいわないんだよ)やはり重厚長大ダメ男小説の巨匠、ロバート・ゴダードを連想・彷彿とさせる。いや別に連想しなくてもいいし、彷彿とさせなくてもいい。すまん。無駄な言葉を重畳としてしまった。

読む人によって感情移入する対象が変わる作品ではないだろうか。主人公のダメ男ワークでもいいが、浮気されている妻バーバラでもいいし、薄幸な妹ジーンでもいい。私は個人的にワークに感情移入千代子だった。しまくらだった。いや、しまくりだった。

ひどく長い引用を以下にしてみる。



「あなたの子どもがほしかった。一緒に家庭を築きたかった」涙がひと粒こぼれ落ちたが、下まで届かぬうちにぬぐった。「わたしはせいっぱいあなたを愛してきた。十代のときからずっと。わたしたちほど愛し合ったカップルなんてそうはいないと思う。それでじゅうぶんだった。なのにあなたはわたしを捨てた。十年近くもつき合ったのに、未練もなにもなく。そしてあなたはバーバラと結婚した。死ぬほどつらかったけど、なんとか気持ちに折り合いをつけた。あなたをあきらめた。なのにまた、あなたは顔を出すようになった。月に一度か二度だったけど、それでもわたしはかまわなかった。あなたがまた戻ってきた、それだけで嬉しかった。あなたはわたしを利用しながらも、やっぱり愛してくれていた。やがてあなたのお父さんの行方がわからなくなった。あの晩、お母さんが亡くなった晩、あなたがあらわれた。あたしはせいいっぱい尽くした。心のささえになろうとした。あなたを第一に考え、苦しみを肩代わりしようとした。覚えてる?」
 わたしはどうにかヴァネッサの目を見て言った。「覚えてる」
「お父さんがいなくなって、ようやくあなたも自分を取り戻すと、わたしが恋に落ちた少年に戻ってくれると思った。そう願った。強くなってほしかったし、きっと強くなってくれると信じてた。だから待ったのよ。なのにあなたはふっつりと来なくなった。一年半ものあいだ、ひとことに連絡もなく、なんの意思表示もなかったから、またもやあなたを失う苦しみを一から味わうはめになった。一年半よ、ジャクソン!それでなんとか立ち直りかけたわ。なのに、ひどい人、先週になってあなたはまたあらわれた。しかも、あんな仕打ちをされながら、わたしはやっぱり信じてしまった。信じてなにが悪いの、と自分に問いかけた。あなただって感じたはずでしょ。十八ヶ月も会っていなかったのに、ふたりの情熱は昔と少しも変わってないと。まるで時などたっていないかのようだった。だけど時はたしかに経過したのよ。わたしはようやく立ち直り、前に進みはじめたところだった。わたしにはわたしの人生がある。思った以上の幸福感を満喫していた。至福とまでは言わないけど、一日一日を乗り切れるくらいにはなっていた。そしたらまたあなたがひょっこりあらわれ、わたしの心をかき乱した」
 わたしを見たその目に、もう涙はなかった。「そのことは許せないと思っている。だけど、おかげで学んだことがひとつある。不愉快で冷酷な教訓を肝に銘じたわ」
「頼む、もうやめてくれ」わたしは言ったが、ヴァネッサは容赦なく話をつづけ、言葉で私を刺し貫いた。
「あなたのなかには、どうしても手の届かない部分があるわ、ジャクソン。そこに壁があって、ふたりを隔てているの。壁は高くて分厚くて、ぶつかってもこっちが怪我をするだけ。その壁にはわたしたちの血の痕が残っている。もうそこにぶつかっていくのはいや。絶対に」(394から395頁より引用)




長い引用で恐縮である。私はどういうわけかこの箇所で大きく深いため息をついた。私自身がしてきたこと、私自身が傷つけた人、私自身が傷つけている人のことをどうしても思ってしまうからだ。その分、他の人よりもよりこの作品を楽しめたとも言えるし、より自分の魂がえぐられたとも言える。魂がえぐられるような作品に、残りの人生であとどのくらい出会えるのであろうか。

すまん、またキレイにまとめてしまって。







キングの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョン ハート
早川書房

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コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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また (deiko)
2011-05-12 20:56:11
MLで紹介しようとして
ここにきました。
図書館で借りて読むのですが 読んだことを忘れ2回目 読んでしまいました。
めめしい弁護士だと思って
期待しすぎたこともあって
60%の感動でしたが
ふるぢんさんの書かれた『川は静かに流れ』のほうを読んで ここよりももっと熱く感動して書かれているように思ったので こんど探して見ます。
ありがとうございました!
こんにちは (ふる)
2011-05-14 16:03:19
★deikoさん、

私も今ホーガンの「星を継ぐひと」を再読しています。まるで初めて読むように楽しんでいます。一度読んだ本を二度と楽しめないないので、読む本がいつか枯渇するのでは、と心配した私は中学生でした。
「川は」のレビューの方が熱いように読めるということでした。私自身はどちらの方が面白かったということもないのですが、レビューを読んだ人が感じたこと=真実なんだろと想像致します。

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