頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

『くらやみの速さはどれくらい』エリザベス・ムーン

2012-03-02 | books

「くらやみの速さはどれくらい」エリザベス・ムーン 早川書房(単行本2004年文庫2008年)
The Speed Of Dark, Elizabeth Moon 2003

① 近未来。自閉症のルウ。仕事はちゃんとできる。コンピューターを使ってかなり高度な。趣味はフェンシング。5年も続けている。試合に出ないかと言われている。フェンシング仲間の女性マージョリのことがとても好きだ。でもなかなか言い出せない。近未来の恋の行方は…

② わたしはルウ。35歳。フェンシングの練習で知り合ったマージョリのことが好き。でもわたしは自閉症。彼女と結婚して子供を作ることが可能なのか分からない。わたしが変わってノーマルな人になればそれは可能なのだろうか。新しい治療プログラムは危険だけど、どうしよう…

③ 近未来、自閉症の治療には目覚ましい進歩があった。しかしそれに間に合わずに大人になってしまった30代の世代に対して有効かも知れない治療法が開発されつつある。しかしまだ猿の実験段階。それを受けるように会社に強制された者たちを通して見る、人間の奥底は…

以上、三つ書いてみた。どれが良いだろうか。

21世紀の「アルジャーノンに花束を」とされている本書。アルジャーノンをすっかり忘れてしまったので似ているかよく分からない。自閉症以外はあまり似てないような気がするけれど。

ルウとそれ以外の「ノーマルな人たち」の視線で描かれる(文字のフォントが少しだけ変わるので分かる) この静かな筆致、ルウの内面に触れながら、何度も本をギュッと握りしめてしまった。面白かったとか、感動したとか言ってもまだ足りない。

小説なんて読まない。忙しいし、人の作った物語なんて読んでもしょうがない。と言う人がいる。しかし例えば、この本を読むと、ルウの世界を見て、いかに私自身に余計な物と事が贅肉のようにくっついてしまったか分かる。生まれがらのままの姿=ルウ=自閉症の人の姿であるかどうかは分からない。現実の自閉症の人の苦労はこうであるということを察し、と同時にそれとは別に、自分に余計なモノがなくなった状態のある種の表現としてルウの姿を見る。それに意味が見いだせればいいし、そうでなければそれでいいし、もっと違う読み方がたくさんある小説だ。

小説家三浦しをんとワイン評論家岡元麻理恵の共著「黄金の丘で君と転げまわりたいのだ 」の中で岡元さんがワインに関するロアルト・ダールの短編ミステリ「味」(「あなたに似た人」に収録)を出版関係の人なら面白がれるだろうとした理由が、出版に関わってるの人=人間の探求者だからとしている。


黄金の丘で君と転げまわりたいのだあなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 22-1))


小説好きも同様。小説が好きな人は人間が好き。人間に興味がある人は歴史と小説が好き。なんだと思う。友だちが全くいないけれど小説が大好きという超内向的な人はどうなのかはよく分からないけれど。

まさかこのレビューを書き始めたときは小説擁護みたいなことを書くとは思わなかった。予定は常に壊れる運命にある。

最後に、SF嫌い(もしくは食わず嫌いな)な人に。優れたSF作品は、実は人間とは何なのか、ミステリや恋愛小説、時代小説と同じくらい、場合によってはそれ以上、考えるヒントを与えてくれるのだよ。(SF読みでないワタシが言うのはおこがましいけど。すまぬ)

では、また。



くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4)
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6 コメント

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SFへの誘い (パール)
2012-03-03 23:44:10
>SF嫌い(もしくは食わず嫌いな)な人に。ミステリや恋愛小説、時代小説と同じくらい、場合によってはそれ以上、考えるヒントを与えてくれるのだよ

ふるさんの言葉はいつも魅惑的です。

なぜSFに近づかないのか考えてみました。
眉村卓、光瀬龍の子供向けの本は読んでいました。七瀬シリーズも。
そういえばウェルズやジュール・ヴェルヌも好きでした(SF?)。

今は、ミステリーと時代小説そしてファンタジーのように、作りこまれた世界 がちゃんとしている小説が好きです。

『ミステリーだと思って観ていた映画が、幽霊落ちとか、宇宙人落ちだった』という「何でもあり」な感じな作品に当たるのが不安なことが理由の一つかもしれません。
「SF」の幅が広すぎて、読む前にその作品の世界観が推定しにくいことも。

数年前に読んだゼナ・ヘンダースンのピープルシリーズは好みでした。
初心者にお勧めなのは、アシモフやブラッドベリでしょうか?

(自分のことばかりの長いコメントになってしまいました。すみません)
こんにちは (ふる)
2012-03-05 15:37:26
★パールさん、

SF読みでもないワタシが語るのはちゃんちゃらおかしいのは承知しつつ。

ロボットや火星人、宇宙戦争などのいかにもSFらしいもの(スペース・オペラ)は、私は今はあまり興味がありません。しかし「荒唐無稽な」スペース・オペラではなく、科学的な理論?に裏付けられているような「ハードSF」は面白いと思うことが多いです。しかし、ハードSFは必ずしも読みやすくはないように思います。

本作はSF的設定が限界まで少ないですから、私に言わせれば時刻表トリックが非現実の極みまで取り入れられているような国産ミステリよりずっと、リアルに感じられ、普通の小説とあまり変わらないかと思います。

他には、「虎よ!虎よ!」や「ハイペリオン」「夏への扉」「火星年代記」「幼年期の終わり」「ソラリスの陽のもとに」騙されたと思って、これを全部読んでみて、一つも面白くなかったら、SFには縁がないという結論に達するように、私は思います。しかし、どれかズキンとするものがあれば、読書という旅で新しい乗り物を手に入れたことになりますから、今までには決して行くことのなかった新たな大陸へと旅することができるようになるのではないでしょうか。
ありがとうございます (パール)
2012-03-05 21:01:05
丁寧なアドバイスを頂き、感謝です。
一度はタイトルを聞いたことのある作品ばかりです。「ソラリスの陽のもとに」は映画の原作でしょうか。

>時刻表トリックが非現実の極みまで取り入れられているような国産ミステリ
は、あまり読まなくなりました。(今読んでるのは「キングを探せ」ですけど…)

「ハイぺリオン」は超大作ですよね。クラークの映画「2001年宇宙の旅」は眠くなった…ブラッドベリは無理かも…虎よ!虎よ!から始めようか…などとブツブツつぶやく情けない私…

時間がかかるとは思いますが、ご紹介頂いた作品に、ぜひ挑戦したいと思います。
こんにちは (ふる)
2012-03-06 14:43:21
★パールさん、

ソラリスは映画の原作ですが、映画は観てないです。ソ連映画の「惑星ソラリス」も、ジョージ・クルーニーの「ソラリス」も。「惑星ソラリス」の方は今度観てみようと思います。

ワタシが言うようなことでもないのですが、あれはああだからダメ、それはそれだからダメというような食わず嫌いは、小説の世界も映画、音楽も、さらには対リアルな人間関係でも自分のパースペクティブを狭くしてしまうんでしょうね。いつでも新しいことに挑戦するもの疲れてしまいますが、たまには新しいことをやってみないと自分の脳の関節が硬くなってしまうような気がします。

今年は何か新しいことをはじめたいなと思いつつ…
途中報告 (パール)
2012-10-15 21:53:00
「夏への扉」…途中まで読み、昔読んだことがあったと気が付きました。
「虎よ!虎よ!」…濃い!作品でした。この作品1作で3作品くらいになりそうな濃厚さ。
「火星年代記」…読みにくいわけではないのに、読み終えるのにとても時間がかかりました。

良い読み手とはいえませんが、他の3作品にも挑戦したいと思います。
でもふるさんが、>難解といえば難解ホークスだった と書かれている「ソラリス」。大丈夫でしょうか?
こんにちは (ふる)
2012-10-16 14:10:10
★パールさん、

かつて読んだことのある本を、最後まで読んでも一度読んだことに気が付かなかったことがあります。
「虎よ!虎よ!」は好き嫌いが分かれる作品かも知れません。
他のSF作品を読もうと思われたわけですから、「火星年代記」も含め、きっと堪能されたことと想像致します。
「ソラリスの陽のもとに」に不安があれば、「くらやみの速さはどれくらい」や、前回書き忘れた名作「星を継ぐもの」を代りに読むのも手かも知れません。

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