福祉亭のお米は山形からの縁故米。生産者は農作業の合間に随想をまとめる文学青年。東京の同人誌に寄稿されている。2・3日前にボラさんが届けてくれたお米は茨城産。こしひかり特有のもちもち感。比べてみると食味のちがいに驚く。お米どころに育ったかたはその土地の味を特上のものと思う。生まれ育った土地の味はよそ者にはなかなか理解できない。それでも、語る言葉に込められる愛情は周囲に伝わる。それほどのチガイがあるのかと、改めてお米に「味」のちがいがあることを理解していくお茶産地の出身のワタシ。米談義はいつのまにかお茶談義に。それにしても、東京育ちの現在の子どもたちは成人して語る「味」はあるのだろうか。味は思い出と共にある。福祉亭を語る子はいないだろうが、福祉亭のことを「福ちゃんに行く」と時折訪れる子がいたり、福祉亭のラーメンが大好きな子がいたり・・。少しは思い出として記憶されていくかな。
曜日編成の福祉亭。個性的に育つ。料理も、ご利用者の対応も。ず〜とご利用のみなさんは上手にそれを使いこなす。ご利用者は静、スタッフは動。結果的に、ご利用者の目に自分をさらす。これがおもしろかったり、その反対だったり。体調の悪い時はすべてに神経がとがる。関西からのヒヤリングのみなさんに継続のモチベーションを尋ねられる。「う〜ん」と悩み「おもしろさ」と答える。そのおもしろさって?・・ほんの一言でパワーバランスが変わったり、クウキが変わったり。落ち込む一方の日もあれば、一瞬の風に変わるクウキに救われたり。イラつく自分自身は結局のところパワー不足。昨日ひょんなことで諏訪永山団地で、今年度、孤独死の事例がないことがわかる。様々な取り組みが幾分よい影響となっているのかもと、ちょっと、うれしい。こんな些細なことがパワーにも影響する。来年度は、もうやめようかと迷っていたミニミニ国際も多摩大から今月参加がありそうな気配で、これもちょっとうれしい。パワーは回復?どうかなあ・・
今朝は暖かい。3月上旬並とか。重苦しい冬が少し動き出した気配が。身体も、とにかく春を待ちのぞんでいる。「ニュータウンわたしの街」の冒頭部分が脳裏をよぎる。オールドと言われなくても、言われたくなくても、確実に時間は過ぎていく。福祉亭のみなさんの身体の不調から来る不機嫌なクウキ、表情・・やっと理解ができてきた。これほどの痛みだったのかと思い知らされる。受け止められる時は自らも痛みを抱え、思うほどには手を差し伸べられない。その中でなにができ、なにをあるべき姿として思い描くのか。これまで関わってくださったみなさんのためにも答えを探していかなければ・・。今年度もあとわずか。
近くのスーパーで冬季に販売されている焼き芋。それが時々・・?しばしば福祉亭に届けられる。スーパーからのプレゼント・・ではない。頂いた時の女性たちがそれぞれうれしそう。「餌付けしないでねって言おうかなあ」。傍らのボラさんが「芋でですか?」というので大笑い。とにかく焼き芋というものは高いものと決まっていたのに、スーパーの焼き芋はそれほどではない。そのお値段のわりに優れもの。一口食べた時のみなさんの顔がまたいい。「おいしい!」と目を丸くされる。昨日はいつものサツマイモのほかに紫芋とオレンジ芋?も。どれもそれぞれ個性的。暮れ以来、なんだか久しぶりの友人も現れ、四方山はなし。コーヒーのおともは焼き芋。引かれるように仕事を終えた友人も立ち寄る。オンナの天下。「芋ねえ」さんたちがすっかり「芋おばさん」となっても、やっぱり好きなものはおいしい。ごちそうさまでした〜。
直前に日程調整をやり直し、ご迷惑をかけてしまった日野社協のみなさんが訪問された。福祉亭内は慌しく、お話しを伺うことはできずじまいだったが、「革新」という言葉があり、東京には美濃部都知事、神奈川には長洲県知事の時代があった頃、日野は革新自治体として周辺自治体の「希望の星」だった。「革新」も凋落し、バブルも過ぎ、国も自治体も財政難に苦しむ現在。かつての希望の星・日野が何を考えていらっしゃるのか。福祉亭に学ぶものがあったのかなあ。「自治」とはなにか、「自治体」のあるべき姿はどうかを教えて頂いた池上さんのお名前を出すと、さすがにすぐおわかりになられた。優れた施策を持つ自治体には熱い思いの職員が必ずおられる。双方「いくつになられるのかなあ・・」と現在の池上さんに思いをはせる。社協の支援員をされているという奥さまはお元気とのこと。数分の立ち話。









