福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

四国八十八所の霊験その8

2014-05-08 | 四国八十八所の霊験
2章 発心の道場
その1、1番霊山寺から5番地蔵寺まで、お蔭の数々
 第1回目のスタートは、17年9月21日、お大師様の日でした。本当は20日の予定でしたが岡山の実家に帰っているとき叔母が急病になり病院に連れて行ったため1日おくれ、気がつくと21日のお大師様の日の打ちはじめになっていたのです。
初日は、電車で坂東駅に着き、一番目を指して歩き始めました。20年前にも同じ道を歩いているのですぐわかると思ったのですが、遍路らしき人も歩いておらず人通りもなく、心細くなりました。それでも商店街の人に聞いて無事1番に着きました。
 1番霊山寺は今迄も数回訪れたことがありますが中に入るといつも多くのお遍路さんでにぎわっています。本堂の中でおまいりも納経もできます。納経は靴を脱いで座敷に上がります。納経帖は20数年前に歩いたときに作ったので掛け軸だけを求めました。遍路の直前に偶然東京の高野山別院で歩き遍路を終えたばかりという若者に出会い運動靴が大切なこととか懐中電灯は必須であることとか2番と3番の間に発心堂という良心的な店があり安こととか聞いていたのですがやはり道順どおり回ろうとすると高めですが1番で買ってしまいます。
 お詣りは本堂の端の方にビニールを敷いて座して理趣経・心経をあげました。88所すべて土下座してお参りするときめていたので寺の人が見ていましたが気になりませんでした。
 
 ここは天平年間(729~748)に、聖武天皇の勅願により行基菩薩が開基した寺とされます。
弘法大師は、ここで人々がもつ八十八の煩悩が滅却される事を願い、二十一日間の厳しい修法をされました。その時、釈迦如来が天竺の霊鷲山で説法している様子を感得され、日本にある天竺 霊鷲山の意を込め、竺和山霊山寺とされたといいます。本堂に安置された本尊釈迦如来は大師自刻とされます。

1639年の「法性親王四国霊場御巡行記」では伊予、讃岐を巡拝した後、阿波の国に至ると記してあります。「阿波の国にもなりぬれば、耳に轟く鳴門の浦よく見んものと、四夜五夜撫育の浦畔に、多度りて来る冥ありて、一葦の舟に掉さして波間を遠く漕ぎいけば、浦風立荒れて冨士の高嶺眼の前に絵画ける如く視る波の又引き代わる琴の音や、・・」と書いておりそのあと、霊山寺の代わりに「大麻彦の宮詣で、・・・」と書かれています。第一番札所霊山寺が阿波一宮大麻比古神社の神宮寺であったとされているので神仏習合だった昔は一緒にお参りしたことになっているのでしょう。
 澄禅「四国遍路日記」(1653)にはここは「寺は南向き、本尊釈迦如来、寺には僧在り」と書かれています。いまも本堂は南向きでご本尊はお釈迦様です。江戸時代から変わってないことがわかります。

 「四国霊験記 (江戸時代、繁田空山法眼著)」には癩病になった和歌山の若者が一番の大師堂で通夜をしているとお大師様の夢をみて癩病が治った、そしてお礼に二十一回遍路をしたとでてきます。「文政四(1807)年辛巳二月に紀州若山本町に定丸と申す米仲買の人あり、行年三十八才なり。然るにおよそ十ヶ年以前より癩病にて苦しむ事限りなし。いかなる名医も是を治する事あたわず、依って親兄弟のなげき大方ならず、終に致し方も是なく最早これ以上は真言の高祖大師様にこの業病を一度なりとも助ける事を願わんと自一心を定めける。元来この人は一向宗門なれども親兄弟一家一門に暇乞をいたし、それより木食の大願を発して日に光明真言一万辺ツヽ唱えて四国八十八ヶ所を一心に遍拝する事はや三度に当たる。
 此第一番の御札所霊山寺へと参りける。其の夜は大師堂に通夜いたし一心不乱にさんげを願い三世の業罪みな消滅と光明真言陀羅尼を唱えてトロトロと居眠りける。然る所に不思議や尊き御声にて、「定丸、汝真の修行を致せしゆへに三世の業病救いえさす」と霊夢の仰せに目を覚しうも愚あたりを見れば誰も居ず、只名香のかほり斗り。夜はほのぼのと明けにける。定丸つくづく五体を見れば、面体手足総身まで血色変りて今迄の腐し身体元の如く忽ち難病平癒す。不思議といかなり。定丸あまりのうれしさに声もいださず伏し拝みこの霊験を当山の上人へつつ語り剃髪染衣を願いける。上人考えたまい終に御弟子となし給う。この六恩の報謝のために二十一度の大願立て、大道心を発しける。然る所定丸も自ら思案の相定め一度国に立ち帰り家内中にこの姿を一目見せたらビックリ仰天致すであろ。思えば昨年四国へ出る時親兄弟の詞(ことば)といヽ親類迄が我を見捨て、業病平癒せぬ時は再び国へ帰るなとの悪口はかれし我が身。然るに今又御大師様の御霊験の御かげにて今このように結構なる身体となりし事を皆々見せたうえ猶又我信心の通ぜし事と御霊夢の御奇瑞を親兄弟に談しなば、皆の悦び吾も大慶よろこばしやと。」
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1 コメント

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良いですね (K.S)
2014-05-09 10:58:25
二週間前ほど、一番から21番まで、家内とともに行ってまいりました。今年は、四国88霊場開創1200年とのことで、御影が通常のほかに赤札(蓮の台に乗ったお寺の本尊を顕わす梵字が描かれている)を頂きました。特に印象に残った霊場は、12、20、21番霊場でした。その中でも21番霊場太龍寺は、福聚講の講元・高原師が大変困難な虚空蔵求聞持法修業を積まれ満願されたお寺のため、特に心に残りました。このブログで、霊場の地図が掲載されており、わかりやすく良いですね。この後も、続けられればと念願しています。

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