福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

今日の定例会模様

2017-06-17 | 開催報告/巡礼記録

今日の定例会模様

今日も快晴で心地よい風が吹いており絶好のお参り日和でした。強めの日光の下でいつものように七回一言地蔵さまや大師堂をお参りしましたが風が乾燥しているせいかまったく汗は出ませんでした。其れよりも不思議なことがありました。一言地蔵様の前でお賽銭も奮発して「仏縁に恵まれて救われる人が一人でも増えますように」とお参りしたところ、本堂の縁で座っていると突然「一緒にお経をあげていいですか」と初老のご婦人が声を掛けてきたのです。このご婦人は本所の方で本堂に入るのは初めてといっていましたが、どうして私がこれからお経をあげるということがわかったのか、また初めての人がなぜわれわれがお経をあげることが分かったのか、不思議でしたがあまり深くは聞きませんでした。ほかにも久しぶりに参加された方もいて、一言地蔵様の霊験の速さに驚かされました。読経もみなさん声がそろって大変ありがたい法味がでていました。

お参り後はいつものようにゴミ拾いをして、ジョナサンで歓談しました。

1、一神教は他宗教を排斥するがそれは排斥する対象と同一レベルに立っている事、したがって自分は絶対者ではないことを自ら宣伝しているようなもの。ほんとうに唯一絶対神というなら他宗教はすべて自分の下にあるということになるから排斥する必要がないはず。簡単な論理矛盾がある。

2、ISとかオウムが宗教の名のもとに殺戮行為を犯しているが、そういう他者を傷つける行為はどの宗教でも「完全に戒律を守っている者のみ」に許さることになっているはず。戒律も守れないものが殺戮行為を繰り返す等ははるかに宗教以前。最も戒律をすべて守れれば神仏と等しくなれて霊能力を身につけるのだから自ら粗雑な行為をして他者を傷つける必要はまったくなくなる。

3、ブログにも四国遍路で小児麻痺の手が動くようになったとか、御大師様をおがんで障碍者の息子にいいお嫁さんがきたとかの話が載っているが、福聚講の講員にもありがたい霊験は最近も次々起こっている、お陰は厳然としてある。・・等の話で盛り上がりました。

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