民俗断想

民俗学を中心に、学校教育や社会問題について論評します。

民俗学を学ぶという事

2016-10-14 09:00:46 | 民俗学

先週の土曜日に、松本にやってきた神奈川大学で民俗学を学ぶ大学院生に、松本の民俗について何か話をしてほしいと依頼され、話をしました。この件についてすぐにアップしたかったのですが、私の属する研究会の今年度の『会報』の編集時期と重なって忙殺されていたため、といっても締め切りに遅れてやってくる原稿を待ったり、来た原稿の手直しをお願いしたりしていたのですが、今日になってしまいました。

院生に話すということで、大きく2つの内容を考えました。一つは、今の時代に院を出たといっても研究職にはなかなかつけるものではありませんから、他に生業を持ちながら民俗学を続けるというのが本来のこの学問をする者の姿であるということ。だから、これから先も民俗学を続けてほしい。もう一つは、長野県という場所が民俗学にとって特別な場所であり、そこで初期に民俗学を始めた竹内利美の仕事をとりあげ、彼が担任した児童の調査をまとめた「本郷村の民俗」を80年後の現在と比較してみること。この2つを話そうと準備しました。

院生たちを前にして、その人員構成にいささか驚きました。20人くらいのうち、四分の一はリタイア後の社会人院生、残りの半分もしくは半分以上が中国人を主体にした留学生、その残りが日本人です。どこの院でもこんな構成なのか、民俗学だからこんな構成なのかわかりませんが、外国人が民俗学を学べば、民族学とどう違うんだろうとか、考え出したらきりがありませんが、日本の民俗学に外国人が興味をもってくれるのはうれしいことです。いったい留学生たちはどうやって授業をうけているのか、そもそも私が日本語で話すことがわかってもらえるか不安でしたが、私の話すことは日本語のわかる留学生が通訳して伝えてくれていました。その講座の先生に聞いてみると、最初は全く日本語がわからない学生が2年もすると、皆わかるようになるといいます。それはすごい学習力ですね。古代に中国に渡った日本人も、同じようにして中国語を習得して中国文化を吸収し、帰ってきたのでしょう。一人、狐憑きについて研究しているという日本語の上手な学生がいました。中国という広い土地で狐の研究したら面白いだろうなと話しました。

社会人の人たち。今本当に学ぶことができると、生き生きとしていました。都市で暮らすという楽しみですね。

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