『名も無く豊かに元気で面白く』

読んだ本、ニュース、新聞、雑誌の論点整理、備忘録として始めました。浅学非才の身ながら、お役に立てれば幸いです。

『日米首脳ゴルフ三昧の外交、トランプ大統領ゴルフをする方が相手を知れる』

2017-02-12 08:57:14 | 日記

 英国の国際世論調査機関ユーゴブ(YouGov)の「2017年米国人の同盟と敵」では米国人が考える最高の同盟国はカナダ(2014年2位)で、次が英国(2014年1位)の2位だった 日本は3年前の12位から21位に下落していました。そんな中、今回のゴルフ外交です。下記のロン・ヤス関係からも分かるように、今まで蚊帳の外だった日本にとっては『安倍・トランプ⛳会談』は歴史的な朗報です。アメリカ人が日本に対して再度、同盟を意識する年になりそうです。

以下コピー

◆1982~87 中曽根康弘首相・レーガン大統領

「ロン」「ヤス」関係盤石

 「ロン」「ヤス」と互いの名前で呼び合う関係で知られたのがレーガン大統領と中曽根康弘首相だ。

 中曽根氏は1982年11月、鈴木善幸・前政権が日米同盟に否定的な発言を繰り返して米国が日本への不信感を募らせる中、首相に就任した。

 対米関係改善を最優先に掲げた中曽根氏は、83年1月に米ワシントンで開かれた初会談で防衛費増額と武器技術の対米供与を認めると表明し、両国は運命共同体と発言。また、米紙ワシントン・ポスト社主との会合で「日本列島を不沈空母のように強力に防衛する。ソ連の爆撃機を到達させない」と述べたと報道された。

 「お互いをファーストネームで呼び合おう」。中曽根氏は予定になかった家族同伴の朝食会に招かれ、レーガン氏からこう提案されたという。対ソ連強硬姿勢のレーガン氏がアジアの最重要拠点である日本の防衛強化と同盟重視の姿勢を高く評価したためだ。

 初会談から4カ月後の米ウィリアムズバーグのサミット(G7)で、レーガン氏は中曽根氏を昼食会に招いて誕生日のケーキを振る舞った。一方の中曽根氏はその後、東京都日の出町の自身の別荘「日の出山荘」に招待していろりを囲んで会談した。

 深化した「ロン」「ヤス」関係の象徴例は、中曽根政権が最後に編成した87年度予算で国民総生産の防衛費1%枠を撤廃したことだ。米側の求めに応じ歴代政権が維持した抑制策を変更した。

 両氏は87年9月21日、ニューヨークでの最後の会談で、5年間の友情と信頼を確認する「ロン・ヤス・チャーター」と呼ばれる文書に署名した。「日米関係の基盤は不動」とうたったが、首脳間の個人的な文書調印は前例がなかった。

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