☆・☆・☆富貴屋倶楽部☆・(元・吹き矢倶楽部)

◆時事ネタや、我が家の出来事、感じた事を書き込んでいます。



◆立春大吉

2012-02-06 10:28:44 | ▼Weblog
(社)落語協会所属の 柳家 一九 (やなぎや いっく)さん の「絵手紙ギャラリー」から、拝借しました。

流石に落語家さんの絵手紙、洒落ています。
  
 久しぶりに書き込んでいます。
というのも、この歳になって初めて「立春大吉」の意味を知ったからです。
お年賀状にも使われますが、今までは、「何で立春前なのに・・・」と思っていました。
以下は≪災厄除けのおまじない≫からの引用です。
         【立春大吉】

このおまじないは一年間災難にあわないというものです。
余りにも有名なので、ご存知の方も多いと思います。

・・・・中略・・・・

それでは、立春大吉と書き上げましょう。
可能な限り左右対称となるように書いて下さい。
書き損じも効果がありますので広げて大切にしまっておきましょう。
 ・・・引用終わり。

▼私の近況 
 親戚から、年末にもち米30キロを頂き、餅つきはしないので、
普通のお米と半々にして、水加減は炊飯器の「おこわ」で
「普通」で炊飯して毎日頂いています。
ほぼ一ヶ月半過ぎ、15キロ近くは消費しました。
モチモチして美味しいですが・・・太っちゃいました・・・
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◆ 年頭のご挨拶

2012-01-01 08:46:07 | ▼Weblog
新年のご挨拶を申しあげます。
日本だけでなく世界中が 大激動の昨年でした。
本年が、それを乗り越えて、新しい希望へ動く年であります事を
切に祈ります。
つたないブログですが、今年もよろしくお願いします。
最近は、家事・雑事に追われて頭も鈍り、更新がままなりませんが、
アンテナはしっかりと立てて、世界の動きに注目していきたいと思います。
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◆ 保存版写真集・「未来へ伝えたい 陸前高田」〜おらぁやっぱりここがいい〜のご紹介

2011-12-15 20:39:54 | ▼平成二十三年東北地方太平洋沖地震

           おらぁやっぱりこごがいい
           大津波で全部なぐなっても
           地震でぼっこっされでも
           やっぱこの街が好ぎだ
           やっぱこごに居だい
           こごぁ一番だ
           二度と同じけしぎぁ見れねぁども
           二度と同じ建物ぁただねぁべども
           おらどの目にぁしっかり焼ぎついでいる
           わっせるごどねぁ あの景色
           おらどの街
           やっぱりこごがいい

※この詩は出版元の「タクミ印刷有限会社」の 社長さんが
書かれたものです。
 岩手弁で書かれてるだけに、音読すると思いがより強く伝わります。
「タクミ印刷有限会社」タウンページ記載一冊1500円です。
被災前の街並み、写真集に・・・
※この写真集は、夫は出席できませんでしたが、予定していた還暦祝いを急遽、今回の大震災で命を落とされた「同級生を偲ぶ会」として開かれた「昭和41年度卒気仙中学校学年同窓会」から送ってきたものです。
※全96ページのA4判で、
◎最初の51ページは「思い出の陸前高田」で、
「おらどの目にぁしっかり焼ぎついでいる わっせるごどねぁあの景色   おらどの街」が、
・高田松原 ・古川沼 ・第一球場 ・氷上山からの眺望 ・広田湾 ・45号バイパス沿い
・高田町の街並 ・今泉 ・米崎町 ・小友町 ・広田の漁港 海水浴場
・高田高校 旧広田水産高校 ・今泉保育所 気仙小学校 気仙中学校
・高田小学校 小友小学校 広田中学校 小友中学校 ・陸前高田駅 竹駒駅 ・脇ノ沢駅 小友駅 ・行事イベント ・高田町うごく七夕 ・気仙町けんか七夕 ・高田町五年祭
・気仙町今泉五年祭 ・懐かしのイベント と
美しい写真で紹介されています。
◎次の見開きは「3月12日の朝」で
 地震と大津波が過ぎ去った翌朝の「変わり果てた街」のシルエット。
◎次の見開きは「2011.3.11 15:28」で
 必死に津波に耐える高田松原の松を超えて、気仙川を遡り建物をなぎ倒す津波
◎次の見開きは「津波」で
 分毎に街を襲う津波の猛威。
◎次の見開きは「2011.3.11 15:28:32」
 高田松原の松が・・・踏ん張って立っているのは4.5本・・・
 街を飲み込む津波。
◎次の見開きは「津波」で
 最大の津波が「異様な匂いと煙」を巻き起こしながら街を襲う。
 誰かがつぶやく「高田は終わりだ・・・・」
◎次の見開きは「2011.3.11 15:40:50」
 ・・・・・・・・・言葉もない・・・。
◎次の10ページは空撮での「被災後の陸前高田」
 一ヶ月半後の陸前高田の各地区・・・
◎次の8ページは「震災後の変わり果てた風景」
 いたる所に大量のガレキが・・・。
◎次の14ページは「被災前の風景」と「被災後の風景」
見比べて見ながら、ここに暮らしていた人々のことが思われました。
◎最後は「発刊にあたり」
 震災で このタクミ印刷有限会社も被災し、撮り続けてきた写真データも
 全て流出したものの、再開して3か月が過ぎた頃、W様が沢山の写真を
 持参してくれ、「被災前は当たり前だった様々な場所の写真を見て涙が
 溢れ」「この風景を歴史の中に残しておきたい・・・という思いが強くなり
 この写真集の製作がスタート」したのだそうです。
そして「これを機に私たちも気仙復興と、やっぱりここがいいと自慢できる街づくりを目指して微力ながら努力していきたいと思います。」と決意で締めくくってあります。
 この写真集に目を通す人達にも、気仙復興の決意がみなぎることと思います。 、

 
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◆ ついにロシアのドンにも、対決姿勢を公然と表明する。世界に変革の時が来たのだと思います。

2011-11-28 19:11:20 | ▼国外の政治
リトビネンコ氏毒殺から5年 黒幕捜し「徹底的に」
(産経新聞)一部引用
【 ■妻・マリーナさん、膠着打開へ死因審問
 【ロンドン=木村正人】ロシア連邦保安局(FSB)元幹部リトビネンコ氏の放射性物質ポロニウム210毒殺事件から5年。
ロシアでは元FSB長官のプーチン首相が来年の大統領選への出馬を表明、容疑者引き渡しが膠着(こうちゃく)する中、リトビネンコ氏の妻マリーナさん(49)が起こした死因審問が開始された。
マリーナさんは本紙と単独会見、「誰が事件の背景にいるのかはっきりさせたい」と語った。
 リトビネンコ氏が大物を追い詰めるたび上司の命令で捜査が中止された。
氏は局長からロシア人政商ベレゾフスキー氏の暗殺を命じられたのを機にFSBが組織犯罪に深く関わっていることを内部告発。
FSB長官に就任したばかりのプーチン氏にも98年秋に面会し、疑惑の全容を説明した。

 マリーナさんは「サーシャ(リトビネンコ氏の愛称)は“プーチン氏はまったく関心を示さなかった”と残念そうだった。
プーチン氏はサーシャを知らないと話しているが、人は大きな不正を隠そうとするとき小さなウソをつくものだ」と指摘する。

 権限を逸脱したとして逮捕、釈放されたリトビネンコ氏とマリーナさんらは2000年英国に亡命。
事件は06年11月1日に起きた。
英国の市民権を得たばかりの2人はマリーナさんの手料理で「自由記念日」を祝ったが、その夜、リトビネンコ氏の体調が急変する。

 同月23日、氏は病院で息を引き取り、家に戻ったマリーナさんはロンドン警視庁から「ご主人の血液からポロニウム210が検出された。一刻も早く自宅を離れなさい」と告げられた。

 ポロニウム210は雪の上に残った足跡のように事件の容疑者を指さした。旧ソ連国家保安委員会(KGB)元職員、ルゴボイ容疑者の宿泊先から足跡は始まり、リトビネンコ氏と会ったロンドンの事務所やホテル、同席した元ソ連軍将校で企業コンサルタントのコフツン氏へと続いていた。

 英政府はルゴボイ容疑者の犯行と断定し、身柄引き渡しを求めたが、露政府は拒否。容疑者は後に露下院議員に当選した。

 今年9月、英国首脳として6年ぶりに訪露したキャメロン首相はメドベージェフ大統領に改めて引き渡しを求めたが、事態は動かなかった。

 その直後プーチン首相が大統領選への出馬を表明したため、マリーナさんは“切り札”として残しておいた死因審問を求めた。
検視官は先月、「英情報機関やロンドン警視庁に資料提出を求め、関係者から聴取する。リトビネンコ氏の死因だけでなく、ポロニウム210がどこからもたらされたのか徹底的に調べる」と宣言した。

 マリーナさんは「ロシアでは格闘技会場に姿を現したプーチン首相に観客がブーイングを浴びせるなど、権力者に対しても好き嫌いがはっきり言えるようになってきた。ルゴボイ容疑者がサーシャにポロニウム210を盛ったのは論理的に間違いない。問題は誰がポロニウム210を同容疑者に渡したかだ」と毅然(きぜん)としたまなざしで語った。】

 ↓元気な時のリトビネンコ氏       ↓亡くなる前のリトビネンコ氏
  
放射性物質ポロニウムがタバコに含有
 ※支配する側に対して、行動を起こす風というより怒りの竜巻は体制に関係なく巻き起こっているのは、まさに時代が動き始めた証だと思います。
新しい時代への産みの苦しみの時が今だと思えます。
世界全体が行き詰まりあえぐ。
各所でつむじ風が起こり、いつかは集まって竜巻となり、新しい時代を創りあげると期待しているのですが。・・・。
 
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◆ プーチン首相にブーイング!「時代の終焉」か「米国人に対するブーイング」か真相は?

2011-11-23 14:46:59 | ▼事件 海外
                   ↑サメも乗りこなすプーチン首相↑
        

● プーチン首相に異例のブーイング、ロシアの格闘技大会で
【11月21日 AFP】ロシアで行われた格闘技大会で20日、リングに登場したウラジーミル・プーチン首相に観客がブーイングと口笛を浴びせ、その様子が生中継されるという異例の出来事があった。反プーチン派からは称賛の声があがっている。
 その日行われたのはロシアの格闘家、エメリヤーエンコ・ヒョードルと、米国のジェフ・モンソンの総合格闘技の一戦。流血の戦いは、ヒョードルの勝利で終わった。
 総合格闘技のファンを公言しているプーチン首相がヒョードルの立つリングに上ってスピーチを始めると、観客たちはブーイングと口笛で応じた。
 動画の中でプーチン首相はヒョードルを抱擁した後に話し始めたが、観客からの口笛や低いブーイングが止まらないためにいったん話を止めたように見える。
プーチン氏がヒョードルを「ロシアの真のヒーロー」とたたえると、ようやく観客は歓声を上げた。
 プーチン氏のテレビ出演は厳密に演出されるのが通例で、見ず知らずの観客を前に即興で演説することはほとんどない。
 「時代の終焉」か「米国人に対するブーイング」か に、大会が開かれたオリンピスキスタジアムの責任者、ミハイル・モスカリョフ氏は、露ウェブサイト「Lenta.ru」に対し、観客のブーイングはリングを去る米国の格闘家に向けられたものだったと主張した。●
 プーチン首相には、驚きと屈辱の時だった事でしょう。
次期大統領として返り咲く勢いに、水をさされたようですが、反プーチンが沢山いる事を世界に知られてしまって、プーチン首相は怒りをどう納めるのでしょう?それが気になります。
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