蛍の光

2016-12-13 14:57:41 | Weblog

文部省による改変[編集]

3番は出版前の1881年(明治14年)の段階では“
つくしのきはみ みちのおく
わかるゝみちは かはるとも
かはらぬこころ ゆきかよひ
ひとつにつくせ くにのため
 ”という歌詞だった。これを文部省でチェックしたところ、普通学務局長の辻新次から「かはらぬこころ ゆきかよひ」という部分が、男女の間で交わす言葉だというクレームがついたために、翌年まで刊行が延びた。奥付は1881年(明治14年)11月であるが、実際に刊行されたのは1882年(明治15年)4月のことである。

4番の歌詞は、領土拡張等により文部省の手によって何度か改変されている。
千島の奥も 沖縄も 八洲の外の 守りなり(明治初期の案)
千島の奥も 沖縄も 八洲の内の 守りなり(千島樺太交換条約・琉球処分による領土確定を受けて)
千島の奥も 台湾も 八洲の内の 守りなり(日清戦争による台湾割譲)
台湾の果ても 樺太も 八洲の内の 守りなり(日露戦争後)

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