乃木神社

2017-02-22 10:55:05 | Weblog

                                  

  

明治四十五年(一九一二)七月三○日に明治天皇が崩御せられて、御大葬の日と決まった大正元年九月十三日。御霊轜(棺を乗せた車)が宮城を出発する号砲が打たれた午後八時過ぎに、ご祭神と静子夫人は先帝に殉じて自刃を遂げられました。御夫妻の忠誠心に感激した国民はこぞって乃木邸を訪れ、その数は日を追って増していきました。ご祭神の葬儀と同時に幽霊坂と呼ばれていた坂の名前が“乃木坂”と改められることとなりました。時の東京市市長・阪谷芳郎男爵は先頭に立って広く同志を集め、中央乃木会を組織し、乃木邸内の小社に御夫妻の御霊をお祀りしました。また、毎年九月十三日にはその御前に祭儀を斎行するとともに青少年への研修会を開催するなど、御夫妻の精神を永世に伝えようという活動が活発に続けられていきました。大正八年(一九一九)には乃木神社創立の許可が下り、明治神宮創建の後に御造営の事業がおこされ、大正十二年(一九二三)十一月一日に鎮座祭が斎行されました。昭和二十年(一九四五)五月二十五日、未明の空襲により本殿以下社殿をことごとく消失しましたが、戦後全国の崇敬者の熱意により、昭和三十七年(一九六二)九月十三日、ご祭神五十年祭に併せて本殿・幣殿・拝殿が復興されました。

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