80ばあちゃんの戯言(2)

聞いてほしくて(つづき)

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私の人生(22)

2016-10-29 17:55:29 | 最近の出来事
一年生の秋、大きな台風がやってきたのです。

雨の日は電車で帰るようにと母から切符代3銭

をもらっていたので、その日は一人で、電車で

帰りましたが、屛風ヶ浦の停留所でおりると、

岸壁にあたった大きな波が、ものすごい音を

立てて、頭の上を通り越し、目の前の床屋さん

のお店にあたって砕け散るというような有様で、

必死の思いで、大通りを家の方へ向って歩いて、

魚屋さんの角を左へ曲がりました。魚屋さんの

裏では、すでに小川は氾濫していて、私は川の

流れに足元をとられ、ぷかぷか浮いてしまいま

した。

運よく、ちょうど自転車で通りかかった魚屋さんの

お兄ちゃんが”安藤さんのお嬢ちゃんが大変だ”

といいながら、かばんをしょったまま流されそうな

私を、自転車の上に拾い上げてくれて、家迄連れて

いってくれたのです。

もし、そこで、そのお兄ちゃんに会わなければ、

海まで、5分とかからずに流されていたのではない

かと思うと、ぞっとします。

その後、お兄ちゃんは、私の知らないうちに、召集

令状を受けて、戦地へ送られ、戦死されました。

母の話では、どこか地方から出てきていたので、

おうちへ一旦帰って、其処から出征されたのだろう

とのことでしたが・・・。



小学校の一年生の時には全学年一斉に登校して、

一年生は三時間ぐらいで家に帰るというパターン

でしたが、二年生になると、朝番,午後番と言う風に

登校時間がかわりました。

隣のクラスの中沢さんと言うお嬢さんと仲良くなり、

午後番の時には、早お昼をいただいて、学校とは反対

方向に歩いて、中沢さんを誘って登校していたのです

がたまたま、私のクラスのIさんと言う男の子が中沢

さんの家のお隣で、三人お手々をつないで登校しまし

た。

その後中沢さんが引越されたと思うのですが、はっき

りと思い出せません。クラスも違っていたので、お別

れの言葉も聴いていない気がしているのですが・・・。
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2 コメント

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温かい思い出ほのぼのと (さんたろう)
2016-10-30 09:11:14
始めまして、89歳「さんたろう(山たろう)」と申す爺いです。

昭和12年7月7日の日支事変の時小学校1年とおっしゃってますね。そのとき私は小学校5年でしたから私より4歳お若くていらっしゃいます。幼い時のことをよく覚えていらっしゃいますね。思い出を温かい語り口で書いていらっしゃいますのでほのぼのと懐かしく読ませて頂いております。お気に入りに登録させて頂きました。
ありがとう (80ばあちゃんの戯言(2))
2016-11-01 17:43:23
コメントとても嬉しくいただきました。

くれぐれもお元気でお過ごしくださいませ。

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