hisakunnのブログ

日米の民主主義崩壊

政治と経済団体

2010-06-30 23:24:19 | 日記
菅総理が突如、消費税を口にし始めて、党員も国民も異様な印象をい抱いていますが、それ程驚くことではなく、闇に埋もれて、菅さんは経済団体や財界人と政権を引き継ぐ今後の方針を画策していたのです。
計算通りの交代を済ませ、財界や経済団体の意向に沿った政策に切り替えたのです。
政治と経済が必要以上に密着しては、民主主義にとって好ましくないのですが、日本は自民党時代から永く続き過ぎてしまって、癒着状態が現在に至っても続いているのです。
日本の現状に対して、どう評価するかによっても違いますが、果たして日本が、経済的にも国家的にもバランスの取れた、成長可能な状態にあるかと言えば、極めて危険な状況にあります。
その点の評価は、政財界や学者達の知識能力、判断能力が問題で、実態はかなり一方的で、偏っています。 それは現在の経済社会の構造が30年、40年前とは大きく異なっている事に気付いていないから判断を誤る結果になっています。
世界を見ても、アメリカや日本の経済システムとヨーロッパでは大きく違います。
国内の評論家や学者も、その違いを把握出来ず、EUの今後や日米の今後について予測しています。 例えば池上氏のテレビ放映による理論で言えば、既に世界が回復基調に入っていて、円安、株高が進んでいる見通しであったのに、結果、そうなっていません。何故そうならなかったかは長くなるので別の機会に譲ります。
菅総理を、一部の支配層と言える人々が都合良く動かそうとした為に、異様な言動に映ってしまったのが、最近の実情です。ある意味、財界や経済団体の犬になる選択を、菅総理がしたのだという結論です。 その選択が吉と出るか凶と出るかは、国民の選択です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

三大傲慢男

2010-06-30 10:32:12 | 日記
現代日本の傲慢な人物と言えば、石原慎太郎、渡辺恒雄、ハマコーですかね?
日本人の特性とされた、謙虚とか誠実という風潮が影を潜め、国民全体が傲慢になり、横着、横暴がまかり通る時代になってしまいました。
先祖や親を敬い、人に敬意を払うというような傾向は全くと言っていいほど薄れてしまっています。 
なぜでしょう? こう言った素晴らしい感性が、日本においては支配層が都合良く利用してきたところに問題があります。
例えば、親に感謝するという心は素晴らしいことだから、何でも親の言う事に従いなさいという方向に持って行く。 目上の人には敬意を払うのが当り前になってしまうのです。
この風潮は、だからと言って親の横暴や横着が許されるものではないのです。どんな親でも教師でも尊敬するのが当然ではないのです。
先生だから偉いんだ。 先生の言う事を聞かない生徒が悪いんだと言う風潮を作り上げて横着をしようと言う意識は先生にも親にも無いのかも知れませんが、そうなってしまうのが人間なのだと言う自覚を持っていないと、現在のようになるのです。
政治の社会も、経済の社会も同様です。知らず知らずの内に、楽な道、楽な方向に進んでしまって、横着になり、それを正当化してしまうのが人間なんです。
この傲慢な人達に貴方は傲慢ですよと言って御覧なさい。 誰一人、そうかな?自分は傲慢なのかな?と振り返る人は、多分1人も居ません。 何が傲慢だ!お前は何者なのだ!お前なんか叩き潰してしまうぞ! と言う言葉が返ってきます。
自分が、誰のお陰で今の立場で居られるのかなどと考えた事のない連中です。
例えば、石原慎太郎は作家としては、三流でしょう。 国会議員や知事になれたのは裕次郎という偉大なスターの兄だったからです。 石原軍団の人気に支えられてここまで来れたんです。 ところが、慎太郎の口から裕次郎への感謝の言葉も聞いたことはないし、名前さへ口にしたのを聞きません。
全く謙虚になれない、日本人の代表のような人達です。 他にも、メディア界や芸能界、政界にも多いですね。 タケシや和田アキ子、ダウンタウン、ロンブーといった面々も同様の匂いを感じます。 
但し、謙虚になるという事と、自虐的になるという事は根本的に違います。 謙虚になったらというと、自虐的になる事と混同する人が居ますので、念の為付け加えておきます。
人間謙虚になればなるほど、品格は上がるものです。 ゴルフの若い石川遼君や横峯さくらさんを見習って欲しいですね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

心の証明

2010-06-29 09:29:16 | 日記
人間に在ると言われる”心”。 心って果たして在るのでしょうか?
英語で言えば、heartですが、日本のように、心の問題とか、心を育てるというような表現で語られる事は少ない気がします。
人間が実際に在るものの存在だけを肯定していまい、目に見えないものや触れる事の出来ないものは全て否定してしまう事が良い、悪いではなく、人間は在るか無いか解らないけど感じてしまう何かの存在を永い間感じて来てしまったのです。
頭脳で考え、判断出来る物事が全てで、脳で考える思考に無い物事は存在しないのだとすれば、心なんて妄想か虚像でしかないことになります。
愛とか幸せという感性も頭脳だけで考えるなら、欲望を満たす事のみが歓びになってしまいます。つまり頭脳が感じる満足感は一方的にエゴを満たす感覚でしかないのです。
人の事はどうでも良く、自分が満足できれば幸せであるという感覚です。
この感覚は、性の交わりも全て、他の排泄行為と同じになってしまうのです。
例えば、恋愛中の二人が性の交わりをする時、自分だけが満足すればその行為が終了してしまうという感覚と言えます。相い対した相手がどう感じ、どう満たされるかという事は二人の中では大切な事であるのに、そこまで想いが至らないケースです。
ある種の人達にはどっちでも良いことかも知れませんが、この関係が大切だと感じている人には大変重要な事であるのです。 ここに心の問題が生じてきます。
宗教というものの認識が薄い形で経過して来た日本では、形式だけを重んじてきた為に、この心に感じるという感覚を実感できる人が多くありません。何を大切に想うかという感覚に海外の人達とは大きなズレがあるのです。
どちらが良い、悪いではなく、人間社会にとって必要な要素としてどうあった方がベターかという問題でしょう。現実の社会では、人と人、物と物が複雑に交わりあって成立っています。個人の中では、皆自由で平等で好き気儘に振舞えても、社会ではバランスの取れた関係が必要です。
現在の日本社会では、こいったバランスが大幅に崩れています。
それぞれがエゴを満たす為のこじ付けと方便に明け暮れ、自己の行為の正当化に必死になっているようにしか見えません。この状況は、政治、経済、教育、医療あらゆる方面に如実に現れています。
 結局、どこを見ても心の存在を否定しているかのような言動ばかりです。
私は、日本は、もう少し個人の範囲と社会との関係を切り離した形で、心という面を大切に出来る社会になって欲しいと感じています。
現在の日本社会では、生活(金)の比重が大きくなり過ぎて”心”なんてどうでも良いという社会になっているような気がします。 
戦後の経済優先の教育とメディア誘導が大きな原因ですが、今の日本人にはどうでも良いことかも知れませんね。本当に”心”って在るんでしょうか?
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

案の上、開催。名古屋場所。

2010-06-28 17:41:22 | 日記
結論を先延ばしして、予定通りに開催。 厳しい条件というが、何処が厳しいんですか?
調査委員会のテレビ会見態度といい、理事長の態度といい何処にも反省の姿勢も気構えも微塵も感じません。
全て、視聴者や世論が受け入れてくれそうな、尻尾切りで、まあまあ厳しくしたから勘弁してくれそうな、範囲の筋書きで演じただけの茶番じゃないですか? 日本人の現在の風潮では、相も変わらず、隠し合い、庇い合い、臭い物には蓋をして、シャンシャンシャンと手を打って、時間が過ぎれば忘れる。 
理事長も謹慎で代行を立てて、時が過ぎれば禊は済んだと復帰でしょう。
これでNHKも、厳しい条件を受け入れたから放映出来る、良かったね。ですね!
ハナから放映中止なんて、振りをしただけで、そんな気は毛頭ありませんでしたというのが本音でしょう。 何もかもが茶番です。
何の秩序もモラルも無いメディア界ですから、犯罪者であろうと、ハマコーであろうと、タケシであおうと視聴率さえ稼げれば、何でもありですね。
官も民も社会的な責任も感じず、金になれば少々の法は曲げても構わないという日本の現状はとても怖いと感じませんか?
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

この期に及んで、大相撲は!

2010-06-28 12:25:11 | 日記
大相撲の社会が、いかに異様な存在であったのかが露呈していますが、この期に及んで、場所の開催に拘るのは如何なものでしょうか?正直に頑張ってきた力士が可哀想とかいう想いは、民間では通用しません。何処まで甘えた社会ですか?
愚かな経営者の下で、一生懸命働いて来た労働者も企業が破綻すれば、仕事は無くなるのです。 愚かな相撲協会の面々の下で、甘えた感覚で従ってきた力士が、一場所や二場所開催出来ない状態になっても、受け入れるしかないでしょう。
国民感情的に言えば、公益法人として恩恵のある大相撲なんて要らないです。
日本相撲協会、横綱審議会、記者クラブ、NHK、皆同じ穴の狢です。 美味しい花から蜜を吸うために、纏わり着く蜂や蝶と同じです。
メディアで、関係者がいろいろと擁護したコメントを聞いても、本音は自己保身で庇いあい、隠し合うエゴにしか聞こえません。
日本の風土なのでしょうか? ここまで来ても、安易に許されるのではないのかと期待しての関係者の動きにはウンザリです。
公や企業の社会的な責任は何処へ行ってしまったのでしょう。 民も官もない無分別社会は必ず腐敗します。 あらゆる方面の垣根を取っ払う事が、規制緩和だと勘違いする政官界。
 自由も平等も法あっての権利です。 社会においては秩序を守る為には、自由も権利も制限があって当然です。 無制限の自由なんて、人間社会ではあり得ないのです。
こういった分別の尽かない日本人の多い事。 それも、政財界や学者といった文化人に多いのです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

虚像の大相撲

2010-06-26 18:37:07 | 日記
この期に及んで、大相撲を国技と報道して、国民に概念を刷り込むメディア関係者。
国技のままにしておく事に何の意義や価値があるのであろうか?
相撲と言う興業について回る恩恵に有り付こうとする一部の関係者の方便に過ぎないのではないでしょうか? 当事者の力士は、背景に暴力団の存在があるという認識は無かったと言う。何十年も前から続く、八百長、賭博問題である。 子供じゃあるまいし、知りませんでしたなどと言って、言い逃れようとするのは、協会も力士も見苦しい限りです。
再び、臭い物に蓋をし、喉元過ぎれば熱さを忘れるで、その場を凌ごうという思いなのでしょうか? 名古屋真所もギリギリまで結論を延ばして、中止出来ない方向に持って行けば何とか開催出来るのではという思いでしょう。
大相撲を国技としての刷り込みは、状況は違うが戦時中の特攻隊員への思考誘導とどう違うのでしょうか? 財政が危機の状態だから、消費税の増税を優先したいと言う政財界の世論誘導とどうと違うのか? マスコミを使い、メディアを使い、自分達の都合の良い方向に視聴者を洗脳に近い手法で誘導して行く政財界。
全てに、バランスの取れた形の政策としての選択であるなら、緊急の措置として、止むを得ない場合もあるでしょう。しかし、現段階での財政再建対策として、貧富の格差を無視して、消費税を増税するなど自殺行為に近いのです。 結局、日本の政治も経済も文化も全てが虚構で、エゴ政策を押し付けているに過ぎない政策を、国の為、国民の為の政治と称して国民を愚弄しているに他ならないのです。
あらゆる所に、この欺瞞が蔓延しているのが、日本の現状です。
世界は、どんどん変わっています。 日本だけが、変われず寧ろ後退しています。
人間としても、能力的にも、経済的にも世界の変化の速度に着いていけてないのです。
日本人にその自覚は全くありません。 とても怖い事です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

政治家の覚悟

2010-06-26 11:48:06 | 日記
皆さんは日本人の政治に対する認識をどう感じていられるでしょう?
口先だけで、国民を手玉に取って、本音は自分の利益にしか執着していない。特殊法人や公益法人という問題は、最近やっと表面に出されて国民も少しは気にするようになって来ましたが、拉致の問題、政治改革、行政改革、公務員改革、どれを取っても改革とは程遠い状態です。 本質が見抜けない大衆や、メディアの想いのままに操られる世論は論外です。
問題は、先陣を切って国を率いていく人達の中に本気で国民の為の政治を動かそうという気構えが全く無い日本です。 どんな言動も相手に感動を与え、相手の心を動かし、行動を奮起させようとするには、それに相応しい覚悟が必要です。その覚悟がありません。
沖縄の基地の問題も、進めようとする施策に、国の為、沖縄の為という理念が感じられません。 この事は、沖縄の人達にも言えることです。
ただ単に、普天間から出て行け、辺野古には来るなだけのエゴのぶつけ合いだけで、アメリカとの関係、安保の問題、本土住民との折れ合いといった諸問題が解決できるはずはないのです。 むしろ、政府側は自民も含めて、普天間の跡地の利権の奪い合いに関心があって、頭は全部そっちの方にいっているのではないかと疑いたくなる心境です。
戦後政治がそれぞれのエゴを押し通し、エゴを正当化する為の法改正を繰り返してきただけで、所詮、国民、国家のことなど、どうでも良いという政治で国民を誤魔化してきたツケが現状です。 国民に目を覚ませと言っても、メディアに刷り込まれた概念を、自らの思考と勘違いしていて中々、自立出来るところには程遠いです。
明らかに、異常な観念を植え付けられて、再び大戦の後の大きな後悔を味わうことになるのでしょうか? とても怖い日本の現状です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

間違いだらけの進化論

2010-06-25 20:10:33 | 日記
世界中で、信じられている進化論に対して反論するには勇気が要ります。ここには、例えを交えて、逆論的に記してみたいと思います。
進化論では、宇宙の誕生から、銀河系、太陽系、地球と推移して地球上に生物が誕生したという説で、地球上に存在する物の根源が一つに繋がっているという理論です。
そして、およそ50万年から60万年前に、猿の祖先と人間の祖先が分離して、現在の猿と人間に至ったのだという結論です。しかしこの理論を肯定する前提で考えれば、いつの時期かは予測できませんが、いつか人間が何らかの形で枝分かれする事になるのではないかと思いますが、如何でしょう。現在の人類が枝別れするとしたら、どんな風に分かれるのでしょう。 ひょっとして、現在すでに、枝分かれが始まっているのではないでしょうか?
私は、最近、人間が二種類のタイプに分かれてきてるように感じています。
一方で、自分の幸せを思う時、絶えず相手の幸せを考えてしまうタイプと、口先では人の事を考えていると言いながら、結局、自分の満足だけが優先してしまうタイプです。
私のこの感じはさて置いて、進化論を正しいと言う前提で考えれば、人間が進化して枝分かれする時期が必ず来るという仮定は正しいと思うのですが、どうでしょう。
その意味で言えば、果たして地球上の生き物の根源が一つの存在であったという進化論は正しくないのではないかと考えたのです。 その上に疑問に思うのは、地球上に存在する生き物の状態が余りにもズレがあり過ぎるという印象です。 血液型や肌の色、髪の色、言語の違い等を考えると、一つの存在から進化した結果とは考えにくいのです。
地球の誕生や人類の起源には、謎が多くて推理していてロマンを感じます。
その意味で、もっと、もっと長生きして沢山知りたいのですが、年齢と共に、想いも衰退していくようで寂しい気持ちになります。
限りなく、夢をもって人生を終えたいと感じるこの頃です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本の法人税

2010-06-25 14:52:15 | 日記
現在、日本では選挙を控え、消費税の増税と法人税の減税が問題になっています。
日本の消費税も法人税もメディアを中心に税率だけを比較して、増税、減税が語られていますが、大変な間違いです。
とくに法人税は、国によって、決算の仕方、申告の仕方が違いますから、単純には比較できません。情報の提供側に都合良く流布されている危険性が強いのです。
例えば、売上げ額に対する納税額を調べると日本の法人は極端に納税額が少ないのです。
何故かと言えば、大企業では連結決算であったり、子会社、関連会社への利益の分散で、納税を低く抑えます。上場会社ですと、上場に差し支えず、金融機関との取引に支障さえ出なければ、利益は最低限で良いという認識です。
ですから、この15年ほどの間に、内部留保、役員報酬は2倍以上に増えているのに、国民の平均所得は年間150万円以上減少しています。
政権が代わってもこの部分が変わらなければ、格差は開くばかりです。
マスコミやメディアの情報も極めて偏っています。
政治、経済が健全に機能するような監視をしないと、貧富の格差が開くばかりで、国は衰退していきます。国民は大きく目を開いて、現実を見抜く力が必要です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本相撲協会

2010-06-25 10:15:56 | 日記
現在、日本相撲協会を含めて大相撲のあり方が問題になっていますが、ここまで問題にならなかったというか、問題が出ても庇いあったり、臭い物として蓋をしたり、トカゲの尻尾を切って過ぎて来たのが異様であったと思うのです。
何故、ここまで来て大きな問題として露出したかと言えば、警視庁の立場、警察庁の立場、公益法人の問題等が絡み合って表面化せざるを得なくなったのです。
警視庁は、ヤクザ特に山口組との対決を強め、資金源を少しでも減らす為に、野球賭博を標的にしたのです。 地方の警察署は、永年の癒着もあり警視庁とはズレがあって困惑している現状です。そして、ここに介在する公益法人問題も政治の社会と重なって取り上げられたために複雑に絡み合ってしまったのです。
一般的には、ヤクザとの絡みは別として、公益法人の体質は相撲協会と似たり寄ったりです。 世間では、相撲協会だけが特異な存在で、他の公益法人は国民の為に役立っていて是非、必要な存在であるかのように見せ掛けていますが、全てが天下りの為の存在で、大きなお金が落ちてきて、そこには甘い汁を吸おうという欲の塊の輩が纏わりついています。
2013年には、この公益法人の見直しが為され、公益法人自体が民間組織に移行するか厳しくなる公益法人の認定基準に合わせた条件をクリアして、公益法人として存続されるかを選択する事になっています。 明らかに過渡期にある訳で、特別会計の中の甘えの体質から脱皮しなければならなくなりますから、良い機会とも言えます。
このように、日本がこの村社会システムから脱却出来るかどうかの分岐点な訳です。
国家の負債の額が限界にきている日本では、絶対にしなければならない改革です。
出来なければ国家破綻するのです。 全てはバランスを無視して、特定な企業や一部の富裕層に偏り過ぎた政策を取りすぎたツケが来ています。これを誤魔化して消費税に頼るのは大きな間違いです。
果たして、こういう化物と言える、得体の知れない特殊法人を必要な部分だけ残して整理統合出来るかどうかに、掛かっています。国民も現状を熟知して、正しい方向に社会が進むよう、監視出来る能力を持たなければなりません。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加