聞思(もんし)の部屋

浄土の祖師や先生から教えていただきお育ていただいた尊いお言葉から、私の味わいなどを中心に書き残していきたいと思います。

いさみの念仏

2017-07-18 00:10:53 | 日々の味わい
 浄土真宗のお念仏は、それを 称えて 何かしよう どうにかなろう ある目的のために称えよう ではないのだと思います。

 覚如上人の『報恩講式』には、

 至心信楽己を忘れて速やかに無行不成の願海に帰し、憶念称名 精(いさ)みありて、鎮(とこし)えに不断無辺の光益にあづかる・・」

と、仰せでありました。

 親鸞聖人からの流れを汲ましていただく お念仏は、それが 何かの手段や 目的と離れた ものではないのだと思うのであります。称名が意識的に力を入れて称えねばならぬ重荷になったり、念仏を弱々しい歎声ではないのだと思います。
 
 その覚如上人のお言葉を承けられて、 蓮如上人は、

 「称名は いさみの念仏なり、信の上は うれしく いさみて 申す念仏なり」

と、仰っていました。

 お念仏は、本願に値遇した 信から流れ出た 歓びの声 お念仏なのだと思います。

                           
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