バス・船舶硬券切符ジャーナル

主として民営バス・船舶・ケーブル等、普通の鉄道以外の古い硬券切符情報です

硬券追究0055 白馬観光開発-1 白馬ケーブル

2017年08月13日 | 硬券追究

白馬観光開発-1 白馬ケーブル

白馬山麓からのスキーの開発は、昭和初期から個々の動きが見られましたが、観光も兼ねて本格的な施設が敷かれたのは昭和30年代からのようです。
白馬観光開発は各地にスキー場を主とした、鋼索線、リフト(ゴンドラ)を白馬各所に建設していきました。

そのうち八方尾根の開拓には、八方尾根開発という会社とともに施設・観光を発展させていきました。
最初に構築したのはリフトではなく、ケーブルカーの路線として、昭和34~35年頃に白馬山麓側(細野地区、現・八方)~兎平間を完成させています。
奥には乗り換えてさらに登るアルペンリフトが作られています。
最初のケーブルだった区間は、昭和58年には、ゴンドラリフト「アダム」に架け換えされました。

白馬ケーブル時代の硬券切符は着札の放出も多く、普通のものは安価で取引されますので、珍しいものはほとんど見られません。

まずその、ごく普通の硬券ですが


昭和50年 B型硬券 青JPRてつどう地紋 一般式

ごく普通の、基本になる一枚です。


昭和50年 B型硬券 青JPRてつどう地紋 往復券

どちらも山麓からのものですが、兎平からも切符は売られていました。
この切符なんかは夏ですね、「兎平」までの区間はスキーだけでなく山の散策の観光としても機能できていたのですね。

古い時代は


昭和37年 A型硬券 青JPRてつどう地紋 一般式

30年代の古くは贅沢にA型でしたが、これとて特に値打ちが高いという訳でなく、このあたりの切符もよく見ます。
これも何ら珍しさはありません。


昭和37年 A型硬券 青JPRてつどう地紋 一般式

元旦から初日の出を見てスキーでしょうか。これは山腹側からの逆の切符ですが、特に記すような違いもありません。


昭和44年 A型硬券 青JPRてつどう地紋 往復券

昭和44年ではまだA型です。


昭和39年 A型硬券 青JPRてつどう地紋 往復券

どうして往復で当日限りしか有効期間がなのでしょうか、上の往復では3日あるのに。
これは山腹側からの往復券


昭和35年 A型硬券 赤JPRてつどう地紋 往復券 小児用

開業間もない頃は赤地紋だったのですね。やはり有効期間は往復でも当日だけで、40年代の途中で3日になってるようです。
国鉄の3等級が2等制に変わる44年頃でしょうか。
青い券よりは比較的少ないでしょう。


昭和34年 B型硬券 赤地紋JPRてつどう地紋 団体補助券 往復用

開業が昭和35年と思っていたのですが、34年に開通していました。
これは、開業当初の試乗券的なものなのか、正規の観光用のものなのかは分かりませんが、この券もたまには見ます。


昭和49年 B型硬券 無地紋 赤線1条 整理券

これは、どういったものでしょう。優待でも団体でもないのなら、多客時の順番待ちで乗れる時間の整理券とも思えます。
春の季節にそれなら、かなり盛況だったのですね。当然時間違いの硬券がありますね。


昭和38年 A型硬券 赤JPR地紋 往復乗車券

団体?の株主優待券とは、このようなものだったのでしょう。
これは社名も入っていて好ましいものです。

バリエーションを考えれば、まだ集める余地はあるのですが、だいたいこのようなものがケーブル線の硬券です。

次回は同社の主にスキー場での各リフト施設の硬券に触れてみます。

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