奈良

不比等

古都奈良・修学旅行と世界遺産の街(その353)

2017-08-12 01:10:58 | 奈良・不比等
歴史ファンタジー小説・北円堂の秘密
興福寺・北円堂を知らずして古都奈良の歴史は語れない

「工学部ヒラノ教授と4人の秘書たち(今野浩著・技術評論社2012刊)」を読んだ。今野浩(こんのひろし1940生れ)氏は、東大工学部応用物理科卒で、電中研を経て、筑波大助教授(1974~1982)、東工大教授(1982~2001)、中央大教授(2001~2011)を務められた逸材である。------
父上が大学の数学の教授であった今野浩の母上は、理学部への進学を望んでいたそうであるが、純粋数学には向いていないと考えて、同じ工学部でも最も数学に強い応用物理学科を選んだのだとか。応用物理学科は元は航空工学科であったがマッカーサーから禁止されたために看板を掛け替えた曰く附きの学科であり、母親の同意が得られたのだそうだ。------
「工学部ヒラノ教授と4人の秘書たち」はヒラノ教授のアメリカ留学から助教授・教授時代の大学の事務官・秘書の仕事を自身の経験話を元にしてそのお手当に至るまで分かり易く書いてくれている。大学が法人化されて定員削減があったり非正規職員が増えたりする状況の変化まで細かく描写されているので、ヒラノ教授の財布の中身まで見える程にリアルであり、この書物が大学秘書のお給金がどれ位であったかを後世知るにも便利な形で参考文献にもなりそうである。------
さりげなく奥さまの介護についても当然のように書かれているが奥さまは今野浩氏の定年退職(70歳)と丁度同時に他界された。それでも、その後、2017年に至るも今野浩氏は「工学部の語り部」シリーズの執筆に余生を賭けて居られる。また、2002年には弟子とも云える白川浩助教授にも先立たれている。-----
金融工学の旗振り役であったそうだが、今野浩氏は「理財工学」と名称変更したかったそうであり、東工大に「理財工学研究センター(1999)」を立ち上げたが、今は既に無いそうである。

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