奈良

不比等

古都奈良・修学旅行と世界遺産の街(その218)

2017-03-30 09:52:00 | 奈良・不比等
古都奈良に所縁(ゆかり)の山の呼び名を冠された「三笠宮崇仁(みかさのみやたかひと)親王」が昨年(平成28年10月27日)崩御されて暫く経って終戦秘話とも云えるインタビュー記事を掲載した書籍が出版された。「三笠宮と東條英機暗殺計画・極秘証言から昭和史の謎に迫る(加藤康男著・PHP新書2017.1.14刊)」を読むと、戦後は歴史学者として過ごされた三笠宮らしく、自身の係わられた事件について加藤康男氏を呼び寄せてインタビューしてもらい既往出版物の齟齬(そご)や間違いを正しておきたいとお考えになり、お元気であった2007年頃に当該内容を収録した書籍の形の原稿は完成したそうである。しかし、三笠宮は出版直前になってご自分の他界後に世に出すことにして欲しいと云われていたとのこと。従って、暫く机の引き出しに仕舞われていた原稿が遂に日の目を見る事になるのである。-----
三笠宮崇仁親王については双子の妹の内親王が御生れになったが、素性が明かされること無く諸般の事情から古都奈良の門跡寺院・円照寺の尼僧(山本静山)として生涯を終えられた人物がおいでになり、皇室関係者の間では周知の事実であったとの噂もあり、三笠宮が足繁く古都奈良や天理大学に来られていたのはこの所為であると云う人もいた。------
暴露本のような「昭和天皇の妹君・謎に包まれた悲劇の皇女(河原敏明著)」を読むと、皇室ジャーナリストの真骨頂のように思われ信じてしまうのであるが、三笠宮の口からはご存命中にもこの双子の妹君の話は終(つい)ぞ出ず仕舞いであったようだ。

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