奈良

不比等

古都奈良・修学旅行と世界遺産の街(その342)

2017-08-01 00:23:55 | 奈良・不比等
歴史ファンタジー小説・北円堂の秘密

「工学部ヒラノ名誉教授の告白~エンジニアが物書きになったワケ(今野浩著・青土社2013刊)」を読んだ。-----
先日「工学部ヒラノ教授のはじまりの場所~世田谷少年交差点物語(今野浩著・青土社2017刊)」が良かったので、「工学部ヒラノ教授シリーズ」を4年遡って読んだのだが、ノンフィクションなので同じく面白かった。2011年に中央大学を定年退職され、奥さまが他界され、東日本大震災の年であり、以後「工学部の語り部」として、執筆活動を続けておられる。ノンフィクションを書き尽せば大学を舞台とした小説を書きたいそうである。-------
戦後の経済復興期(昭和60年代)に東大を始めとして理工系学部の定員を拡大し、エンジニアを大量に養成し社会に送り出したのだそうである。数学や物理が出来る人は理工系へと勧められたのである。-----現在理工系離れが起こっているのは、嘗て理工系に進んだエンジニアたちがそれなりの処遇をされなかったために、努力が割に合わないと気付いた後(あと)世代が理工系を敬遠しているからだそうである。文系の方が給与・処遇面で優遇されるのは人の嫌がる仕事(総務・人事・秘書・企画・経理・購買・営業など)をしているからだとか、理系は自分の好きな仕事をしているのだから文系より給与・処遇が下でも良いではないかと云う理屈だそうである。ヒラノ教授は事実を淡々と書いておられて個々の事象の善悪は決め付けてはおられない。------
理工系のエンジニアが物書きになるにはハードルが高かったとその苦労の一端を書かれていた。子供の頃から本はお好きだったようで、作文は得意で映画評論まで書き付けていたそうであり、普通の理系の子とは異なる。それ程までに当時の子は理工系の大学に進学する子が多かったとのことである。理工系と文系のどちらが楽な仕事であるかの判断は読者に任せると云うスタンスのようだ。-----
奈良県には「奈良先端科学技術・大学院大学」があり、「IPS細胞」のように新規産業の元となるイノベーションに繋がる研究の成果を期待したいものである。
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