奈良

不比等

古都奈良・修学旅行と世界遺産の街(その447)

2017-11-14 08:15:00 | 奈良・不比等
国文祭・障文祭なら2017 北円堂の秘密

奈良県の住生活の文化レベルを考えてみる。先ずは奈良県北中部の最大多数を占める京阪神へ通うサラリーマン家庭の住生活についてであるが、近鉄奈良線の学園前駅を筆頭にして文化レベルの高いモダン住宅が並んでいる。その最高峰は現在、松柏美術館となっている近鉄の総帥であった佐伯勇氏の大渕池の畔(ほとり)の住宅である。名立たる街となっている学園前界隈でも住んでみたいと思える邸宅はそれ程見当たらない。それだけサラリーマン文化はレベルが低いのだろう。同じ会社経営者でも松下幸之助の京都・南禅寺の東山を借景とした邸宅などは明治の元勲の邸宅と並んで広い日本庭園を配していて羨ましい限りである。-------
一方、奈良県北中部における在来人である添上・添下郡の旧村地域の農村地域では一戸毎に塀が巡らされて門構えも大きく母屋は高く設えられている。中庭も広く取られており、日本庭園部分と農作業の出来る広場もある。裏手には竹藪や林の有る小高い丘を背負っていて見るからに日本昔話の長者の家の様な雰囲気を醸している。全く佐伯勇邸宅や松下幸之助邸に負けていない。派手さはないがとても羨ましい設えであり、夏蜜柑や柿の木が枝を外に伸ばしていたりする。お行儀が良いとは言えないものの、気分が張り詰めなくて揺(ゆ)ったりできる。田舎家なのに土蔵は当然だろうが、茶室まで設けているお家を見ると日本文化が個人宅で味わえる程文化レベルが高いのだなと思わせられる。嘗て、水田や畑地に適さなかった丘陵地を近鉄などのデベロッパーに売り飛ばして多額の現金収入と新興住宅地の中に替地を手当てして貰ったりして在来の農家はお金持ちが多い。------
奈良県北中部の最寄駅から徒歩30分圏内の新興住宅地では初代の住人が介護施設に移り住んだりして空家になっている処が多い中で、古い家屋を解体して建替えて若い世代が住むケースが散見されるようになってきた。日本の住宅文化の底の浅さを感じるのは40~50年するだけで建替えなければ住めないような住宅を日本の建築士は何を考えて設計したのだろうかと不思議でならない。それだけ一戸当たりの敷地面積が狭くて建設資金も貧しいものだったから材料から何から寸足らずの長持ちしない建物しか造れなかったと弁明するのが関の山だろうが。それにしてもお粗末である。日本の工業製品が世界に雄飛したのに較べれば日本の国内の建築業界の個人宅の設計は文化レベルで云うと登呂遺跡かと情けなくなってしまう。-----
最近目にする近隣の個人宅の建替え建設地の垂れ幕の宣伝文句を読むと地震に強いだとか、世代を超えて引き継がれる家を謳っているが、漸く今にして言っているのは良いとして、以前はどうだったのかと戦後経済発展期のサラリーマン向け住宅文化のレベルのお粗末さに涙が出る。-----
世界最古の木造建造物として世界遺産となっている法隆寺を有する奈良県としては恥ずかしいのではないだろうか。奈良県の林業を活性化させる案を進めるに際しては、法隆寺と同じく木造でも機能を含めて千年住宅を謳おうではないか。その研究は奈良県こそすべきだろう。

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