ひふみ神示の道

ひふみ神示を知ってから2年が経ちます。神示を読み感想を書き込む事で腹にしみ入ればありがたいのです。

腰いたた行 10

2017-08-09 22:24:42 | 腰いたた行
葛根湯液で、良き目を見てこれ以上無いと思っていました。ので、
葛根湯に世話になる様では先が無いと、昨晩から止めて風邪薬のみにしたのですが、今朝方からウズウズと痛みだしました。
それでも、痛くて立ち上がれない事は無く、痛みが有る事が反省の材料と納得した次第です。このまま痛みが無くなったら何処に飛んで行くか分からない自分を、程良く引き止めて頂いていると感謝しています。
これ以上悪くならない様に注意しながら、仕事に、行に励まねばならないと思っています。

 天界に行く門は輝き、幽界に行く門は闇であるぞ。闇の門はとざされ、光の門は開かれてゐるぞ。天界は昇り易く、幽界にはおちにくいぞ。神と金と二つに仕へることは出来ん、そのどちらかに仕へねばならんと、今迄は説かしてゐたのであるが、それは段階の低い信仰であるぞ。影しか判らんから、時節が来て居らんから、さう説かしてゐたのであるが、この度、時節到来したので、マコトの道理 説いてきかすのぢゃ。神と金と共に仕へまつるとは、肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることぞ。嬉し嬉しとはそのことであるぞ。神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな。その次には霊の霊とも共に仕へまつれよ。まつれるのであるぞ。これが、まことの正しき理(ミチ)であるぞ。今迄の信仰は何処かにさびしき、もの足りなさかあったであらうが。片親がなかったからぞ。天に仕へるか、地に仕へるかであったからぞ。この道はアメツチの道ざと知らしてあらうがな。清くして富むのがまことぢゃ。地も富まねばならんのぢゃと申してあらうが。これから先は金もうけばかりも出来ん。今迄のやうな神信心ばかりも出来ん。神の理(ミチ)を進むものは嫌でも金がたまるのぢゃ。金がたまらねば深く省みよ。理に外れて御座るぞ。人は罪の子でない、喜びの子ぞ。(旧九月八日)
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 腰いたた行 9 | トップ | 腰いたた行 11 »

コメントを投稿

腰いたた行」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。