Discover the 「風雅のブリキ缶」 written by tonkyu

科学と文芸を融合した仮説作品「風雅のブリキ缶」姉妹篇。街で撮った写真と俳句の取り合わせ。やさしい作品サンプルも追加。

万平ホテルと富岡製糸所

2016年09月18日 17時54分55秒 | Journal
 金土で、生まれてはじめて日本で一番有名な避暑地の軽井沢というところへ行ってきた。ここ(横浜市緑区)からだと、東名に乗って、海老名JCで圏央道に入り、鶴ヶ島JCで関越自動車道、藤岡JCで上信越自動車道とはしごして、妙義山を過ぎたところで碓氷軽井沢ICをおりて、しばらく走れば、旧軽井沢に着けるのだが、車のナビが古くて、圏央道が入っておらず、なんと東名で東京まで逆走し、混み合う環八を練馬方向へ走らされた(これはいくらなんでもおかしいと思いつつ)。途中でこらえきれず、八王子方向へ左折して、調布だったか、中央自動車道に乗って、八王子JCから圏央道へ入るという、信じられない遠回りをしたので、5時間近くかかってしまった。普通ならば3時間程度で行けるそうだ。慥かに、帰りは、富岡製紙所に寄ったので、はっきりしないが、高速を走ったのは3時間弱か。しかし、しょぼしょぼする眼で、夜間の高速運転3時間は心臓にこたえる長さで、これからの毎夏に軽井沢が近くなるとは、とても思えなかった。
 泊まった万平ホテルは、1894年の開業とかで、軽井沢でも由緒あるホテル。古くは東郷平八郎が利用し、キッシンジャーと田中角栄が対中問題を会談し、文士・三島由紀夫が作品の想を練り、ジョン・レノンが家族で夏を過ごしたホテルである。小生などが、文句をつける余地などなく、行き届いて、うるさくならない、立派なホテルである。オリジナルの旧館(アルプス館)を復古したウスイ館の泊まった部屋も、和洋折衷がうまくいった清潔で珍しく居心地の好い部屋だった。唯一、欠点があるとすれば、車でいくと、銀座と呼ばれる旧軽井沢の観光スポットの狭い道を行きかう人を避けて運転することになり(ナビの指示に忠実だったせいかもしれないが)、いささかわずらわしい。しかし、これも不慣れなだけで、もっと楽に走れる迂回路があるのかもしれない。















 翌日の土曜日は、朝、チェックアウトしてから、白糸の滝を見物に出かけた。日本の滝といえば何となく縦に細く水が落ちるものだが、ここのは横に広がった滝である。そこが平和で静かな感じがして好ましい。



 さらに、ムーゼの森とかへ行って、少し季節外れになった森の風景の中を散策した。一つ、ピノキオの企画展をやっていた絵本の森の展示館、その建物の形が面白かった。それと、「エルツおもちゃ博物館」に展示されていた小さなドイツのおもちゃも小生を昂奮させた。それから、中軽井沢の洒落たレストラン街(ハルニレテラス)の川上庵という店で天ぷらそばを食べ、食後に土産物ショップを覗いてから(軽井沢は何でも高すぎるから買う気になれない)、午後3時近く、富岡製糸所に向かった。上信越道に乗って1時間ぐらいのドライブだ。夕方だったので、混雑も去って、製紙所の近くに駐車させることができた。富岡製糸所は1872年に開業、1987年に操業を停止した。その後、2014年に世界遺産に登録された。ガイドの人から、レンガを瓦職人がつくったことや、レンガの間に挟むセメントが国内になかったので(輸入すると高くつく)漆喰を使ったこと、明治初期でまだ電気が通ってなかったので工場内で自然光だけで作業できる時間だけ操業し残業もなかった話などを聞いた。また、柱のない工場の大空間はトラス構造を採用することで実現し、このことが世界遺産の審査で評価されたといった話も出た。















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