Entrance for Studies in Finance

タタの低価格自動車と農民の反対

Hiroshi Fukumitsu

 経済発展の著しい新興国での競争において、日本の自動車メーカーも低価格車の投入を迫られている。そもそも先進国経済が停滞・縮小するなか、新興国経済は急速に成長・拡大しており、その違いはますます顕著である。先進国では販売奨励金をつけないと売れない車が新興国では飛ぶように売れている。
 有力新興国の一つであるインドでは2008年1月にタタ自動車が超低価格車「ナノNANO」の発売を発表したTATA NANO from Youtube)。 10万ルピー(約25万円)。排気量で623cc。4ドア4人乗り。そのターゲットになったとされるのはインド自動車メーカー最大手のスズキの最も安い値段の車である「マルチ800」の20万ルピーだとされる。そのさらに半額という価格の衝撃は大きく広がっている。
Tata Nano Test Driving
なお2007年度(07/04-08/03)のインドの乗用車生産台数は154万8000台(前年比12.2%増加)。販売日台数シェアはスズキが46.0%(台数で12.0%増)、タタ自動車(インド)が14.7%(0.4%増)、韓国の現代自動車が14.0%(10.9%増)、マヒンドラ(インド)が6.7%(15.9%増)となっている。このような数値の動きからはタタのシェアは低下気味であり、タタが起死回生策としてこの車を投入したことがうかがえる。
 これに対して日産はルノーそして現地二輪メーカーのバジャオートの3社共同で3000ドル車(約30万円)を開発。2010年に市場に投入することとしている。これは1000ccクラスの新興国向け世界戦略車となる。
 なおルノーには2004年6月からセダンの「ロガンRenault Logan from Youtube」5000ユーロ(当時のレートでは68万円)を東欧などで発売してきた実績がある。
 事態の静観を装っていたトヨタも、
2010年をめどに販売価格を70万円(7000ドル)程度に抑えた排気量1000ccクラスの小型車投入を急いでいる。<エントリーカーEFC:entry family car>と呼ばれている。 
 このように1000ccクラスで70万を切る車を低価格車と呼んでいる。
 2008年11月にトヨタはトヨタiQの発売を開始した。全長3m弱で4人乗りを可能にしている。996cc 小型・低燃費・安全性を売り物にしている。価格は140万から160万。低価格車についてのこれはトヨタの答えなのだろうか。

Nanoの低価格自動車販売はこのように注目されたが、西ベンガル州Singur(Kolkata:旧称Calcuttaから車で1時間ほど)で建設費約200億ルピー(500億円)をかけ建設中の専用工場建設が一部の地元農民の土地収用に対する不満から工場周辺での激しい抗議活動に発展した。私企業のための土地収用が許されるかということが争点。2008年9月2日 タタ自動車は反対運動の収束を見通せないため工場建設の中断を発表した。このタタの事業に協力していたコマツ、矢崎総業などでは、部品の納入などで支障がでているほか、生産開始のめども立たない状況に困りきっている。
 またこの事件はインド進出を検討している日本の企業を、インドにおける新たな新興国リスクの露呈として震え上がらせた。部品や金利の高騰があり、予定していた低価格での販売が可能か、消費者の購買意欲が冷えていないか、などの懸念に加えて、工場の立ち上げ自体が中断する異常事態だからである。タタはすでに150億ルピーを建設に投じているが、工場の移転を含め検討中とされる。
9月7日に西ベンガル州政府は」反対派と土地の一部返還などで合意が成立したと発表した。しかしタタは内容が明らかでないとなお静観の構えである。
10月3日 タタ自動車のラタン・タタ会長は東部西ベンガル州でのナノ工場建設から撤退する方針を明らかにした(その後 西部グジャラート州に移転)。予定されていた10月の発売は困難と思われる。問題の土地は西ベンガル州政府が収用した土地。事態を調整しきれなかった西ベンガル州政府は苦しい立場にある。
ベンガル州政府は共産党政権で、小作農が細分化された土地をもっている状況で、野党が共産党政権に打撃を与えるため、抗議デモを仕掛けて問題を複雑にした。実はこのほかにもSEZ(経済特別区)の実現があやうくなるなど、農民の反対運動が大型プロプロジェクトに各地でストップをかけている。インドへの直接投資の大きな懸念材料になりかねず、インドの今後の経済成長にも影響する事態となったいる。


 なお2008年3月末に正式に発表されたのはタタ自動車による米フォードからの英ジャガーと英ランドローバーの買収(23億ドル2300億円)。タタは欧州で通用するブランド力をえたことになる。なおこの資金をタタは日本を含む先進国金融機関からの協調融資30億ドルで調達した(みずほCorpoと三菱UFJを含む8行が主幹事となった)。6月に買収は完了した。
 その後2008年9月に明らかにされた2008年6月期中間決算では最終損益は3億8300万ドル(約400億円)の赤字。タタ自動車は、こちらの欧米ブランド買収面でも厳しい出だしとなっている。

JDR(日本預託証券)を使ったタタの東証上場計画が挫折(2008年6月-12月)
 海外で証券を発行するとき、その国の有価証券の様式を取っていないと、流通しない。そこで登場するのが預託証券(DR)である。本邦の証券の預り証であるが、その国の有価証券の様式を取っている。これがアメリカで出ればアメリカ預託証券。日本でなら日本預託証券(JDR)となる。
 JDRは2007年10月に解禁された。2008年4月にはインドのタタ自動車が2008年4月にもJDR方式で2008年6月にも東京証券取引所に上場するとの報道が流れて、市場活性化策として注目された。しかしその後、内外の株価は急落。2008年12月に至ってタタ自動車が東証上場を無期延期の決定を行ったことが明らかになった。

 トヨタについては、実はGMと比べたときに新興国での戦略的展開の立ち遅れが指摘されることがある。GMがロシア、インド、ブラジルなど新興国で攻勢をかけているのに、トヨタに目立った反撃の動きがないと指摘されている。エントリーカーでの反撃は中途半端であるが、新興国に適した低価格戦略の実行はよほどむつかしいのであろう。
 とはいえ低価格戦略の軽視は、市場での販売機会の喪失を意味するだけである。かつて2003年に中国の奇端汽車(安徽省 2006年の生産実績で31万台 全国で7位)は800ccクラスの微型車QQ(リッターカーと呼ばれることもあるが)を3万元以下で売り出した。それは今回のNANOの先鞭をつけた動きであった(Chery QQ from Youtube)。当時これに対する危惧や批判は沢山あった(とくに安全性を懸念する声がある)が、QQシリーズは、その後、中国の中堅サラリーマンの間に普及して今日に至っている。寄端そのものも中国の自動車メーカーとして確固たる地位を確立した(なお1位はGMと組んでいる上海自動車:上海 2006年で生産実績125万台。2位はトヨタと組んでいる第一汽車:吉林省 118万台。3位はホンダ、日産を組んでいる東風汽車:湖北省 94万台など)。中国のメーカーの中でも自主開発車という独自のビジネススタイルでの成功例とされている。
2007年の各国の新車販売高が首位が米国で1615万台。2位がすでに中国で800万台超(前年比12%以上の増加)。3位の日本は535万台(前年比6.7%減)。
 日本の国内市場は2005-2007と縮小を続けており、人口減による市場縮小や若者の車離れが顕著になっている。日本ではクルマ文化の衰退が始まったとみてよいだろう。

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新興国
case study: インド(2008年)
case study: ロシア
自動車業界
自動車の将来
タタ自動車の低価格自動車戦略と農民の反乱
ミニノートの低価格化
トヨタの北米戦略
クライスラーの経営再建


Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
Originally appeared in Oct.6, 2008.
Corrected and reposted in June 16, 2009.

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