Entrance for Studies in Finance

アイスランドが非常事態宣言(2008年10月6日)

金融立国アイスランドの破たんと転落
 アイスランドは北海道よりやや広い国土に人口は30万人強(32万人) 首都レイキャビック。GDPは英国の1%に満たない もともとは漁業国であったが規制緩和により1980年代に金融立国を目指し海外からの資金調達で銀行業が肥大化。インフレ対策として高金利政策をとり、12.5%という低い法人税率とあいまって世界の投資マネーを集め、国外に貸出。証券化商品にも投資を進めたがサブプライム問題でそこがつまずきの原因となった。2006年の一人あたりGDPはルクセンブルグ、ノルウエイに次いで世界第3位。2009年の経済成長率はマイナス8.4%。2010年見通しはマイナス1.9%(2009年10月1日見通し)。失業率は9%前後(2009年前半)。
 国内では個人向け外貨建てローンがはやっていた。低金利だったためだが、アイスランドクローナの下落で個人債務が膨らむ原因になった。
 大手3行の総資産は04年末から07年末までに3-4倍に膨張。総資産は1800億ドル。国内総生産GDPの9倍に(10倍とも 2003年までに民営化 その後海外展開 借入の大半は外貨建て 金利の安いユーロ、円で借入て内外で投融資 2005年から外国預金増やす)。内外の金融業・流通業に投融資。しかし世界の投資マネーが高リスク投資から流出したことで資金繰りに行き詰まった。政府は大手3行を管理下におき、海外口座を凍結した。
 このようなアイスランドの破たんは、日本でもはやった金融立国論への警告といえるものであり、詳細な分析が必要である。
 英国は反テロ法を用いて自国民の資産保全に動き、これに対してアイスランド政府は反発した。またアイスランドが欧州各国からの支援が得られなかったことから、ロシアにすり寄ったことも人々を驚かせた。
 規制緩和による金融業を肥大成長させる「金融立国」戦略は絵にかいたようなに破たんで終わった。2008年10月6日に非常事態を宣言したアイスランドは、2008年10月24日にIMFから21億ドルの資金支援の暫定合意を受けた。
 そのうち8億2700万ドルは2008年11月19日に実行されたが、その残りの実行は審査待ちとなった。2009年2月に政権交代。2009年7月に欧州連合への加盟申請。2009年10月28日 IMFの記者発表によれば、アイスランドへの審査が終わり追加の支援1憶6750万ドル(約150億円)がようやく決まった。金融危機前には1%前後だったアイスランドの失業率は2009年半ばには9%前後に上昇している。
 金融立国論の安易さと危険性は、アイスランドの破たんが示すとおりだ。

国民投票(2010年3月6日)で返済拒否 預金返済をめぐりイギリス、オランダ両政府と対立
2008年10月に国有化されたランズバンキ傘下のアイスセイブはネット銀行として英国とオランダで約40万人から預金を集めていた。国有化によりその預金も凍結されてしまった。両政府は預金者に自前で弁済。アイスランド政府に計50億ドルの返済を求めた。2009年末 アイスランド議会は返済法案を小差で可決。ところが国内の抵抗をみて、1月5日に大統領が法案への署名を拒否。国民投票を実施することになった。
 2010年3月6日に行われた国民投票で預金返済法案は圧倒的多数で否決された(反対票が90%以上)。ここに至り、アイスランド政府も方針を転換せざるを得なくなった。利子率の引き下げ(年5.55%)などで交渉する構え。背景には政策失敗のつけを国民負担する問題がある。金融立国政策は破たんしたといえる。
 他方でアイスランドはこれでIMFや欧州各国からの支援が円滑に進まない恐れがあり、欧州連合加盟やユーロ導入も当分むつかしくなった。イギリス政府、オランダ政府とも、にわかに交渉が成立するとは思えない。
 アイスランドの国民は約30万より多い約40万の預金者に対して、15年かけてGDPの半分近い34億ポンドを年利5.55%の固定金利付きで支払うというもの。

 9月29日 アイスランド政府グリニトル銀行の株式75%を取得
2008年10月
10月6日(火) ハーデ首相金融非常事態宣言 全民間銀行の国有化 海外資産の売却など再建策発表 国内銀行をすべて国の管理下におく緊急法が可決された。その後10月10日までに3つの大手銀行がすべて国有化された。株式市場は閉鎖。中央銀行の介入資金は底をついた。

10月7日(水) アイスランドクローナの対ユーロ相場固定を発表 下落歯止めかからず介入資金枯渇へ。中央銀行は外貨準備を積み増して通貨安定につなげるためロシアから40億ユーロ(約5500億円)の融資を受ける交渉を始めるとした。国内第2位のランズバンキを前日制定の緊急法により政府の管理下に置くとした。すでに9月29日に大手銀行のグリニトルの株式の75%を買い取り、政府管理下に置いていたので2行目であった。

10月8日(木) 対ユーロ固定を断念発表。

10月9日(金) 国内最大手のカウプシング銀行を政府管理下へ(英国の金融監督当局は英国内のカウプシング英国法人保有の英国内預金について保護措置。英預金業務をオランダのINGグループへ移管)。この結果、上位3行すべてが政府管理下に。外国人預金の封鎖へ(ランズバンク傘下のネット銀行であるアイスバンクに英国とオランダが大量の預金)→英国政府 反テロ法によるアイルランド銀行資産凍結へ

10月9日―10日 OMXノルディック 9日と10日の株式取引を停止。
10月14日(火) アイスランド証券取引所再開 株価指数約8割(77%)下落して始まる
10月14日(火) アイスランド中央銀行 5月に締結した通貨交換協定によりデンマークとノルウエーの中央銀行から計4億ユーロを調達。
10月14日(火) アイスランドの政府および中央銀行関係者 モスクワに融資交渉のため到着(40億ドル求める) 交渉予定は16日まで
10月15日(水) アイスランド中央銀行 政策金利を3.5%引き下げ12%とした。”アイスランド経済はかつてない混乱に陥っている”

10月24日(金) IMFが2年間で最大21億ドルの緊急融資を発表(アイスランド政府との暫定合意 11月上旬の理事会で承認後 8億ドルはすぐに受けられる 西欧向け融資は1976年以来32年ぶり)
10月25日(土) 首都レイキャビックで首相や中央銀行総裁の辞任、欧州連合への早期加盟を求め市民2000人がデモ
10月27日(月) 最大手銀行カウプシング銀行(別名 北欧のゴールド万サックス)が2007年10月に発行した円建て外債500億円(元利払い代理人は三井住友銀行)がデフォルト。2007年7月に発行した280億円もデフォルトの可能性高まる。
10月28日(火) 中央銀行政策金利引き上げ6%→18%

11月19日ー20日 IMFや北欧諸国から46億ドル支援の合意(うちIMF21億ドル)

2008年中にIMFは当座資金として8億ドルを融資。オランダ、イギリスへの預金返済交渉の遅れを理由に2度目の融資を実行せず
2009年2月 新政権発足
2009年7月 欧州連合EUへの加盟申請

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集中講義:サブプライム問題

originally appeared in October 17, 2008.
corrected and reposted in December 5, 2010.
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