“スピリチュアル窓便り”

 楓花的スピリチュアル★ライフ

2017年はじまり

2017年01月03日 | ウェブログ

初春のお慶びを申し上げます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

さて、除夜の鐘とともに、新しい年のカウントダウンが始まり、

「5、4、3、2、1・・・あけまして、おめでとうございます!!」

なんて言ってるテレビを見ながら、

「ああ、ついに、2018年か~~!」なんてつぶやいてしまった楓花でした。

(ただしくは、2017年ね・・・笑)

そう、私はいつも一人で新年を迎えるので(夫は早寝)、

誰もツッコミを入れてくれないんです・・・(てか、単なる天然)。

 

 

今年は元旦から、「セスは語る」を読み始めました。

去年秋に買いつつも、その分厚さと重さにひるんでいたのでした。

それに、結構忙しかったから・・・

 

セスは何を語っているんだろう??

って、ワクワクもしていた。 やっとです。

 

しかしながら、長い。

序章だけでも、かなり。

 

「一年半かけて読んだ」というアマゾンのカスタマーさんの話もあったけど

なるほど、納得です。

 

で、私の場合、この手の厚い本は、先に、山全体を見たいと思う方で

熟読するというより、ななめ読み。右脳的に読んでしまいます。

 

その結果、まだ未読ではありますが、

「自分は意識だ」という思いが強くなりました。

 

「あなたは意識です」って、最近よくあるじゃないですか。

そもそも、セスはそういった言葉の先駆け的存在。

(全米で30年間ベストセラーの70年代のニューエイジ本です)

 

今まで、非二元の本などに、そう言われて、そうですか・・・と思っても

思考も感情も客観的な見方も意識も何もかも、ぐだぐだって

自分の中でなってしまったり、日常の中で忘れることも多かったり、

そもそも、意識の自分が、三次元での姑のつまらない日常雑多な話に

(バナナが安かったとかどうとか)

どのように反応していいかもわからず、

やはり日常茶飯事とスピリチュアルは、別々なところにありがちだったんです。

 

でも、不思議とセスの語りを聴いている(読んでいる)と

自分は、意識だってほんとに思える。

「これ」って。

 

これがそうなら、日常の中のこれがそうか、って。

なら、大丈夫じゃん、って。

日常の中でも、「これ」で、しかも自然体で、生きるってできるじゃん、って。

 

つまり、何かがラクになったというわけ。

あまりに簡単すぎるって?

まあ、外から見ても、大した変化はないでしょうけど。

 

そんな今年の始まりなのでした。

セス、ありがと。

 

 

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