炉端での話題

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エントロピーとは(17)  -準静的のしばりを解きたい-

2017-05-12 09:21:39 | Weblog
熱学の教科書には、準静的という用語が最初の段階で遭遇する。
なんと、きちんとした定義はなされていないのである。熱が均等になるまで待ち、また摩擦熱が生じないようにゆっくりと静かにことを運ぶという概念であって、具体的な条件はない。つまり準静的という用語の科学的根拠はないのである。長年にわたり科学的な仕事に関与した筆者は、このような漠然とした条件の設定には馴染まない。

その原因は何であろうかと考える。
第一に思いつくのはカルノー・サイクルによる原因である。当時の熱機関に関して、いかなる原理に基づいて動力がもたらされるかを明らかにするためにカルノーが提案した熱機関のモデルがカルノー・サイクルである。高い温度の熱源と低い温度の熱源を想定し、その温度差によって運動エネルギーがもたらされることを理論的に明らかにする目的があった。いまだに熱力学のしかるべき教科書に引用されている。
カルノー・サイクルには熱源での温浴という概念がある。熱源は無限の熱容量を持ち、熱機関はその温浴に浸って、温浴と等温になりながら体積を増大させて、その体積増大により外部に運動エネルギーとして作用させる。気体媒体が熱源と温度が等しく、平衡状態となるようにゆっくりと動作する。
この状態推移を準静的とよんでいる。

熱学の歴史をひもとくと、クラジュウスはこのカルノー・サイクルを元に熱エネルギーから運動エネルギーへの変換の理論的な解明のために、エントロピーを提唱したといえる。つまりエントロピーの定義は、準静的という「しばり」の元に提起されている。
このことから、次に思いつくのは、この温浴状態には時間的概念が欠如していることである。すべての物体は、温浴に浸っても自身が持っている温度から無限の熱容量を持つ熱源と接して平衡状態となるまでには熱伝導による時間がかかるはずである。
準静的という概念には時間的概念がない。
熱学には時間的な推移は考えていない。熱学の歴史を辿るとオイラーが冷却に関する論文を書いているようであるが、完全に無視されている。
無視されている理由は準静的という概念に反するからである。
いま、教科書に書かれている熱学の理論に時間的要素を取り入れれば、熱学に関わる書物は、ほとんどすべてにわたって書き改めなければならないであろう。
しかしながら、エネルギー危機が叫ばれている人類にとって、熱学の準静的のしばりを解き、新たな熱学の展開を若き後継者に託さなければならない、といいたい。

時間的概念は運動エネルギーの学問分野では扱われている。
また電気エネルギー、光を含む電磁波エネルギーを扱う学問分野では、時間的概念は必要不可欠である。筆者は時間的概念の環境の中で過ごしたこともあって、準静的という概念に浴することはできない。
熱学から準静的というしばりを取り除いたらいかなる展開がもたらされるであろうか。
楽しみである。
(応)
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