教育基本法ね

教育基本法をさまざまな角度から視る

学校のスローガン体質

2006年06月08日 | 学校の不道徳
 学校で嫌だったこと。いまも嫌なこと。 スローガンが掲げられること。  小学校の「やさしさ」「やる気」「元気」 中学の「自主」「寛容」「練磨」  みたいなやつ。 校内に額があったり、校舎に垂れ幕で出したりしてる。 自分が子どものときは、嫌なだけだった。でも、学校ってそんなものだと思っていた。  今のトシになると、言葉で反撃できる  こういう徳目を、言葉で宣伝すると、その後の道徳的発達に悪影 . . . 本文を読む
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欧米に不登校がない理由

2006年06月07日 | 何が「不当な支配」か
欧米では、教育に問題があると、新しい教育ができてくる。日本だと、学校と子供が合わない現象が、一方的に、学校に適応できない子供の側の問題になってしまった . . . 本文を読む
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目標を行政機関に丸投げするだけでしょ

2006年06月06日 | 教育と政治
教育基本法改正には、政治家の法律万能幻想があります。法律で教育をよくしようとするなら、予算と人員を増やすとか、現在の法令でがんじがらめの学校を解放するとか、教科書を自由化するとか、保護者・住民の不満を聞き届けるシステムを作るとか、人々が作りたい学校を作れるようにするとか、そんなことの立法を考えるべきです。 . . . 本文を読む
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学校の不道徳 校長訓話

2006年06月05日 | 学校の不道徳
学校の朝礼で全校生徒を並ばせ、校長が「思いやりが大切」というような訓話をする。生徒たちは、退屈をかみ殺し、聞いているふりをする。生徒たちがちゃんと聞いているふりをしているかどうか、教師たちが監視している。権力者の訓話をありがたがらせるというのは、たいへんな不道徳ではないか。 . . . 本文を読む
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能力と善悪の区別

2006年06月04日 | 学校の不道徳
「そんなこともわからないのか」これは、教える側のいちばん言ってはいけないことだ。教えられなかった責任を、生徒に転嫁している。教師であることの放棄だ。しかし、学校組織では、これが起こりやすい。 . . . 本文を読む
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教育が独善的になる理由

2006年05月31日 | 地教行法
教育の関係者はすべて上からの任命で、保護者・住民からの信任・不信任が突きつけられる役職がない。これが、教育が閉鎖的、独善的になる理由である。じつは、首長選挙も地方議会選挙も、教育にはほとんど意味をもたない。 . . . 本文を読む
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具体的な原因があるのに

2006年05月30日 | 教育基本法改正案
われわれは軽率な教育を受けたため、理念を思い浮かべただけで問題を解決したような気になるクセがあります。こんどの、教育基本法改正案もそれです。学校システムには、官僚型組織運営の弊害とか、教師・生徒・親の三者が長らく無権利状態に置かれているとかいう、具体的問題がちゃんとあります。 . . . 本文を読む
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政治からの解放

2006年05月29日 | 教育と政治
教育が、憲法改正派と護憲派の綱引きの対象になってきた。どちらも、教育の論理からの発想ではない。教育は、学問や文化の領域にある。政党や官庁の指揮をやめないと、社会主義国と同じ過ちを犯す。 . . . 本文を読む
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「全体」の意味

2006年05月27日 | 戦後教育
現行教育基本法に「全体の奉仕者」「国民全体に対し」という表現がある。じつは、これは「天皇にではなく全体に奉仕せよ」、「天皇にではなく国民全体に責任を取れ」の意味なのです。 . . . 本文を読む
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”戦後教育”を終わらせよう

2006年05月26日 | 戦後教育
日本の教育で、もっとも不幸だったこと。それは、日教組と文部省の闘い。日教組が負けて凋落した。だから、文科省も退場すべきだ。お互いに、相手が存在することが、自分が権力を持つ理由だったのだから。 . . . 本文を読む
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責任者不在体制

2006年05月23日 | 地教行法
現在、ほとんどの人は、教育は文科省がやっているのだと思っています。ところが、正確には、公立小中学校の責任者は、市町村教育委員会です。文科省は、指導・助言している立場です。では、なにかまずいことがあったときの責任者は誰でしょう。 . . . 本文を読む
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誰もが職務にがんじがらめ

2006年05月22日 | 地教行法
学校教育の分野は、ヒラの教員から文部科学大臣に至るまで、自分の職務と上からの方針に制約されて、何もできない。そこで、責任ある地位にある人たちは、きれいごとを言って何かしたようなことにするのである。 . . . 本文を読む
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「法律の定めるところにより」は、日本教育の自滅

2006年05月21日 | 何が「不当な支配」か
政府案は、教育行政に「法律の定めるところにより」を入れた。これは、文科省からの上意下達で一方通行になってしまうんです。今よりもっと実情無視の教育ができてきますよ。 . . . 本文を読む
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立法によって道徳を呼び覚ませるのか

2006年05月20日 | 教育基本法改正案
 教育基本法改正案を読んでいると、こういうことを感じます。 「こういう法律を作る人たちは、立法によって道徳を呼び覚ますことができると信じている」 法律が人間の内面に向けられれば、内面の道徳を破壊するのではないでしょうか。法律は、納得がなくても従わなくてはならないものです。 私は、道徳意識というのは、メロディーのようなもの、美意識のようなもの、運動感覚のようなものだと思います。言語にできません。 . . . 本文を読む
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国会と教育

2006年05月18日 | 国会審議
小坂文部科学大臣の答弁になると、私は頭が悪くなって、言葉の理解力がなくなります。教育問題って、そういう次元のことだと思うのですが、それが法律で目的を定めればなんとかなるんでしょうか。 . . . 本文を読む
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