思いつき日記
思ったことをかいてみよ
 



常々、気になっていたことがある。
 缶入りコーンスープのコーン。

どうしても最後に2つ3つほどコーンの粒が残ってしまうのだ。
しかもこれでは安心してごみ捨てできないではないか。

そこで今回の新製品の登場である。
「まるごとコーンスープ」 ダイドードリンコ

コーンスープで粒が残ってしまうことに歯がゆい思いをしている人たちは
これがお気に入りになるであろうか。

まだ9月で暖かい陽気なのでコーンスープを買う気はあまり起きないのだけども、今のうちから「コーンスープならダイドー」のイメージを持たせようという狙いなのだろう。

新発売のうちに1つは飲んでみるか。



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市民記者による記事を主体とするサイトがある。
オーマイニュース とか JANJAN

がそうであるが、オーマイニュースでは市民記者の投稿がニュースとして信頼性が無いためか、記事に対する一言欄に「ソースは?」というのが散見される。
「ソース」に注目してインターネット上の記事を読んでみると、情報元は新聞であったりする。
 ネット上のニュースサイトを作るのに新聞が情報源というのはどうだろうか?

新聞に書かれた記事を元に市民記者が突っ込んだ調査をして得られた情報を咀嚼し、公開するなら意味があろう。

しかし、市民記者が日ごろ感じたことや思いを投稿しているだけではそれはニュースとしての価値が少ないと思う。客観性が乏しいから。

私はこれらの市民記者が新聞の記事とは違った視点での投稿記事が現れることを期待している。それは新聞記事に対する意見ではなく、当事者や周辺の人たちからの情報が公開され、新聞の記事に対抗できるもので、新聞記事にはかかれなかった部分が表にでてくることだ。

「ソースは?」という質問は○○新聞とかどこかの情報サイト(例えばIT情報サイトとか)という回答が欲しいのではないと思う。記者当人が耳にしたり目にしたりしたことを教えて欲しい。そこで何が客観的事実なのか、何が記者の意見なのか、はっきりできることが望ましい。

非常に難しいことなのだろうけど。

 

 



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有名人の裁判は注目する人も多く、ニュース性が高いから、傍聴人にイラストレーターを送り込んでいる。 

ライブドア元社長の裁判はそうした注目される裁判のひとつだ。

裁判内容の報道を見るといつも疑問に思うのだが、

 どうしてあのイラストはいつもイマイチ本人に似てないんだろう。

本人の特徴をよく捉えているようにも思うんだけれども、でもなんか似ていない。
上手いんだけど、もし何も言われないで絵だけ見せられてこの人は誰だ?と聞かれても答えられるかわからない。


 



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