思いつき日記
思ったことをかいてみよ
 



ちょっと投稿に間が空いてしまった。
まぁ、思いつかないと書けないし。

今日は楽譜への書き込みである。

器楽のレッスンに必要なものは楽器と楽譜と鉛筆である。
先生は生徒の演奏を聞いて、注意点とかを書き込むのだけど、
この書き込みには慣習がある。

rit は波線(だんだん広げる)。
斜めの線2本は間を取る。
上矢印は音程に注意(低くなり気味なので上げること)。
下矢印は逆に音程を下げる。
長方形は音量を一定に。

これらは寡聞にして文章化しているのかどうか知らない。
だれかまとめて出版してくれないかと思う。




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といっても普通のラーメンにトッピングされているのではなく、
ねぎラーメンを注文したときのねぎのことである。

どうしてどこもみんな生なんだ?
ねぎは火を通してちょっと甘くなっているのが旨いと思う。
ラーメンの具にしても火をとおしてちょっと焦げているのが
いいのだが。

辛くないといけないと思っているラーメン屋が多くないか?



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バトミントンの漫画が連載中だったな。
ちゃんと読んでないけど。

バトミントンはだれでも一度はやったことがあると
おもう。 一気にメジャーになる可能性が結構高いと
にらんでいるが、如何に。



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といっても野球の話ではない。

形容詞ととしての「メジャー」とそれに対する「マイナー」
である。

メジャーな雑誌、メジャーなスポーツ、メジャーな音楽・・・

これらは市場的に広く出回っているもの、ということであろう。
また、対比して「マイナーな○○」というものが存在する。
音楽で言えばPOPsがメジャーでクラシックがマイナーとか。
野球やサッカーがメジャーでクリケットはマイナー。

で思うのだが、これから市場的に発展する可能性があるのは
マイナーなもの、であろう。
昔メジャーだったものがマイナーになると、なかなか這い上がれないと思うので、今後発展してメジャーになる分野は今まで
見向きされていないものであろう。
 
セパタクローとかラクロスとかクリケットとか。
これらはワールドカップもあるので、ちょっと天才的な
プレーヤーがあらわれて、日本をワールドカップに導いたり
すると、一気に人気スポーツになる可能性がある。

ラクロスはワールドカップに出場もしているし、映画にも
なっており、何かのきっかけでメジャーになると思う。

まぁ、面白いラクロス漫画とゲームが出て欲しいな、と。




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結局のところ、プロ野球はオーナーたちの道楽なのだ。

合併しようが、いいじゃないか。
プロ野球選手が選手会を作ってあ~だ、こ~だ言おうが、
所詮は道楽の手ごまだと思う。

「客を相手にしている」 違う、金持ちの道楽を一般人が
金をだして参加している気分になっているだけではないか?
オーナーにとって、野球選手がストをしようが本当に
かまわないのではないだろうか?
 長く続いている道楽だし、愛着があるとは思うが、プロ野球
を商売にしているのは回りのマスコミだろうと思う。

 ストライキで損するのはオーナーではなく新聞社だろう?




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最近、とみに情報漏洩が多い気がする。

企業は情報漏洩に注意して情報管理をきちんとしましょう。
というのが今の世論かと思うのだけど、すでに何百万人分もの
情報がばら撒かれているのだから、情報流出後のことを考えないといけないと思う。
一度流出すると情報は元にはもう戻らない。引越しするとかで使えなくすることはできるけど、全員が引越しできるはずもない。
 
 個人情報に基づく行為(メールとかね)であれば、その情報源を明示するようなことはできないのだろうか?



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スポーツ飲料の宣伝では体内浸透圧に近いため、吸収しやすい、
とのことが言われていると思う。
 浸透圧によって吸収されるなら、体内浸透圧より低い浸透圧にしたほうが吸収しやすいはず。ならなぜ浸透圧をCMで使うのか?







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古本の価値を決める要素のひとつが、「書き込みの無い」
もの。らしい。

楽譜も書籍の一種らしく、書き込みの無いほうが価値が
高いように扱われているようだ。

楽譜に関して言えば、書き込みがあるほうが私には価値が
あるのだけど。書き込みがプロの演奏家ならなおさら。

まぁ、プロの演奏家が自分の楽譜を売りに出すことはないので、
中古楽譜があっても音楽愛好者が売りにだしたものであろう。
であっても、書き込み自体はその人の師匠のものかもしれない。
誰が書いたものかわからなくても、なぜそういう書き込みを
したのか、を考えると、非常に役立つ。

もし、楽譜を売りに出すのなら、書き込みを消すようなことは
しないで欲しいなぁ。


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一般の人たち、いうなればプロではない人たち、の音楽の
楽しみ方は聞くか演奏するか、でしょう。

音楽を専門にする人たちは、とくにクラシックにおいては、
音楽を専門に扱う学校を出ています。

「聞く」人たちのために上等な演奏をする人たちを養成する
ために大学があります。オーケストラを筆頭とする諸々の
演奏家グループやソリストたちはほとんどすべて音楽大学を
出ています。音楽大学を出ていない演奏家は大学に行くほど
若くないか、若くしてソリストとなり、大学へ行く暇がなく
なってしまったかでしょう。

では音楽大学をでたら演奏家になれるのかというとそうでは
ない。大多数の音楽大学卒業者は演奏家にはなれない。

彼/彼女らが音楽関係での仕事として、音楽教室の講師という
のがあります。大手の楽器店では楽器を売るだけでなく、
音楽教室を開いて楽器演奏を教えています。
また自宅で楽器を教えている音楽大学出身者もたくさんいます。
多いのはピアノ、バイオリン、フルートでしょう。

しかし大学では演奏技術は教えても教育方法を教えているところ
は少ないようです。
私が行っている音楽サロンのフルート講師に聞いたところ、
「フルートを教える」授業はなかったそうです。

アマチュア楽器演奏家が増えている昨今、「どのように演奏を
教えるか」を大学で伝えて欲しいものです。

生徒の演奏のどこをどのように聞くのか。
悪い演奏のどこを聞き、どう指摘するべきか。
悪いところを改善させるにはどうすればいいのか。

「教えるための音の聞き方」があると思う。
それを知りたい。



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私は責任のない発言が好きだ。

思ったままを書けるのはなんとすばらしいことか。
このすばらしさは、わかっていない人が多い気がする。

表面的に何でもしゃべれていい、というのではない。
発言内容と、「誰が」「どういう立場の人が」という前提条件が
まったく関係のない発言ができることがすばらしい。
つまり、発言内容だけが本質。

実際には「誰が」発言したか、というのは聞く人にとって重要。
医者が発言する病気の話と誰だかわからない人がした病気の話は
まったく同じ内容だとしても、「医者」の発言だから、として
信用してしまう。
 信用して悪いのではない。「医者」として発言したのなら、
その内容に責任があるのだから。

これは何を意味するか?
発言者に対し、責任を負わすことにより、聞く人の「聞く」能力
を不要にするのである。 また、発言者は己の「立場」を示す
ことにより、ある程度の信用を無条件で手にいれることができる。

責任のない発言では、その内容が本質なのだから、ひとに対する
発言は慎重の上にも慎重でなくてはいけない。

向かい合って話すより、文章だけのネット上コミュニケーションは本質がされけ出される。

ことばはむつかしい。



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