思いつき日記
思ったことをかいてみよ
 



美味しい食事は人を幸せにする。

料理人は食材を組み合わせ、調味料を加え、ひと時の愉悦を
作り出す。
舌の上に作られるハーモニー。

美味しい食事を食べると、この材料は何なのだろう?
どんな調味料をつかっているのかな? この味は記憶にあるな。
などと考えてしまう。

音楽と同じだ。料理人は料理を食べるとき、きっと料理を分析する。レシピはすなわち楽譜。料理からレシピを想像する。
楽曲から楽譜を想像する。
であるなら料理人は演奏家か?オリジナル料理を作るのは作曲と
同じ作業か? コック長とはコンダクターなのだろうか。
美味しい料理に拍手をしたら変だろうか?





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私は外食が多い。

仕事がそれなりに遅くなるのがほとんどなのがまぁ、
理由である。

ところで、雑誌やTVでの食べ物屋情報は「美味しい」お店の
ことばかり。 味、量、金額、+(雰囲気)で妥協(納得ではない)できる境界について知りたい。
「ラーメンだったらこの店ぐらいの味・量・価格が最低ランクだ、」みたいな。

毎日外食が吉野家や松屋では味気ない。毎日では健康にも悪そうだ。野菜が多めで油の少ない品目が多め、の店がいい。
まぁ、定食屋とかラーメン屋になるわけだ。

・・・コンビニ弁当を基準にするべきなのだろうか?
炊きたてのご飯が好きなんだが。






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読書というのは音楽を聴くのに似ている。

いや、音楽を聴くのが、読書に似ている。
しかし悲しいかな、初めて聴く曲で、覚えられるモチーフなど
ほんの少しだ。小説を読むのに小説のモチーフは簡単に覚え
られるのに。

私が読む本は小説が多いのだが、ほとんどの場合、一度しか
読まない。今まで何百冊と読んだので、内容を忘れているのが
多いはずだが、たいていの場合、読み返すとそれなりに話を
思い出す。私の場合、話のわかっている本は読む気がしない。

音楽は違う。

初めて聴く曲であれば、そしてそれが特に演奏会であれば、
まず間違いなく眠ってしまう。
音楽モチーフの記憶力が弱いのだ。たかだか10分から20分
ぐらいの曲でさえ、私を眠りの世界へ誘う。
だから私は同じ曲を何回も聴く。楽譜が入手できるなら楽譜を
読む。楽譜を見ながら曲を聴く。
そして、曲の始めに提示されるモチーフが変形されたり、再現されたり、隠れたりしているのを発見して感動する。
音の一つ一つに意味があるのを発見するのだ。いや、音に意味があるかのようにだまされているのかもしれない。

小説だと読むのはストーリーを追うことで、構成とかそういう部分に目がいかない。単に楽しんでいるだけ。

こういう楽しみ方ができれば音楽も眠らずに聴けるかもしれない。




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文化的事業というものは不況になると真っ先に削減の対象と
なるものらしいが、スポーツにはそういうことがないようだ。

まったくうらやましいかぎりである。
音楽とスポーツは良く似ているのに、だ。

音楽もスポーツも他人がやっているのを見て楽しんだり、自分が
Playして楽しむ。スポーツには道具が必要で、音楽には楽器がある。

しかしスポーツのほうが市場が大きい。なぜだろう?
で、気づいたのだが、スポーツは究極のところ、代理戦争で
あって、競争することが本質なのだ、ということ。
人は比較し、競争するのが好きなのだから、人の本質に近い
スポーツのほうが人気があるということだ。

かといって音楽は平和的か、というとそんなことはないのだが。
むしろ音楽の影響は本質的で、戦争の道具としても使われて
いたことを知らないといけない。

世界大戦と同時代に生きた音楽家は良く知っていると思うが、
最近の作曲家や演奏家は知っているのだろうか。



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実際は人によりけりですけど、8時間(適度)の睡眠が健康の
一要素である、といえるわけです。

ところで、生活時間を考えると、睡眠時間は自分で意識して
行動のできない時間で、ある種拘束されている時間といえます。

生活の時間は公的時間と私的時間に分かれると思いますが、
それに加え、睡眠時間を加えた三種類の時間があり、これらが
バランス取れていることが本当に健康なのかな、と思う。

つまり、労働者であれば8時間の労働時間が一番いい。
これ以上の労働だと、時間外労働手当てが普通はつくわけですが、法律だと25%上増しが最低ライン。ほとんどすべての
会社で時間外手当は25%でしょう。
 しかしこれは安いと思う。
なぜなら時間外労働により失われたプライベートな時間に対し、
通常の労働時間の25%の価値しかない、ということなのだから。
 雇用者は通常の労働対価である賃金と、同じだけの価値のある
時間対価に対する支払いと合わせて200%を支払うべきではないか、と思う。
 
実際は会社のほうが強いので、労働者は泣く泣く従っているのだが。



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仮想現実ではなんといっても視覚に訴えることが一番の仮想化
であり、ついで音響である。

3D技術の向上でまさにそこにいるかのような感覚(視覚と
聴覚であるが)を味わうことができる。

で触覚が現在の研究課題であるようだ。手袋をして、触覚を
与えてあげる。

嗅覚と味覚はどうなのであろうか? 嗅覚に関して言えば、
芳香剤は一種の仮想現実だと思うのだが、あまり仮想現実の
要素としては取り上げられていない気がする。

匂いは嫌悪感を催す際たるものだと思う。画像で嫌悪感や
嘔吐感を催すようなものはWeb上でたくさん見つかるが、本当に
吐くところまではいかない。 匂いだと吐いてしまいそうだ。

匂いが制御できると、非常に強力な影響を持つ商品ができる
だろうな。 刺激が強すぎて成人向け商品になったりして。




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今でこそそれなりにCDを持っており、毎日のように音楽を
(通勤中にではあるが)聴いているが、高校生まではほとんど
プロの演奏を聴いていなかった。唯一聴いていたのはフルート
レッスンの先生の演奏。

そのころは、プロの演奏はあまり聞かないほうがいいだろうと
おもっていた。今でも、初心者はその楽器のプロの演奏を聞く
のは悪い影響もあると思う。若く、感受性の鋭い時期にプロの
演奏は刺激が強すぎることがある。それはそのプロの演奏のよ
うになりたい、という願望が生じることである。楽器演奏の上
達にはいいかもしれない。しかし演奏は人の演奏をコピーする
のではなく、作曲者が作った曲を演奏するのである。目標にす
る具体的演奏があるのはいいことだと思うが、一面、楽曲理解
がおろそかになる。 そのようなことを考えていた。

演奏に感激するのではなく、演奏を通して、楽曲へのアプローチ
方法を知ることが「曲を聴く」ことであろう。


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このニュースを読んで。

うつ病患者が自殺する方法として、列車への飛び込みが結構あるらしい。 ほんとかどうか知らないが、中央線で人身事故が多いのは沿線沿いに精神病院が多いからだとか。

さて、うつ病の原因が仕事のストレスであり、うつ病により自殺したのであれば、会社に責任があり、労災認定を受けられると思いますが、ここで疑問。投身自殺などで損害を与えた場合、遺族に損害請求が来ると思うが、これは会社が支払うべきものだろう。

「鬱病で自殺する場合、最後の会社への抵抗として非常に高い賠償金額を請求されるような自殺をすれば鬱憤がはらせる」と思っていれば、少しは気が楽になるかもね。





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スポーツが顕著だと思うが、人気の出たまんがが題材にした
スポーツがそれからブームになる、というのが結構あると思う。

サッカーしかり、ボクシングしかり、競艇しかり。碁しかり。

碁がスポーツかどうかはまぁおいておく。頭脳スポーツということもあるしね。

マイナーなスポーツを扱ったまんがが人気がでるとそのスポーツの人気が上がる、という経験則がある、と思う。

これは逆にいうと、マイナーなスポーツを扱ったまんがが面白ければ、そのスポーツの人気がでる、ということ。

最近では車椅子バスケットとか。

まんがのよしあしは登場人物によるところがおおきいから断言はできないけど、ラクロスを題材にしたまんががこれから流行るとおもう。ラクロスはすでに結構人気があるけどね。

個人的に描いて欲しいのはクリケットかな。



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MIDIは初心者でも音楽を創る楽しさを味わえる、という
コンセプトがあったと思う。
しかし、本当は間違いであったのではないか、と思う。

MIDIは作曲家をターゲットにするべきである。

現代音楽の楽譜は細かいところまで指示があるという。
MIDIによる模範演奏を作曲家によってなされたら、すばらしいと思うのだが。

…作曲家によるMIDI演奏がまったくつまらなく、本当はいい曲なのに評価されないということが往々にして起こりえるとはおもうけどね。





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