ようこそ!フレンチレストラン『イル・ド・フランス』の泉英晴です。
シェフの一言
ギャルソン

お洒落に響きわたる「ギャルソン シルヴプレ」とレストランでの一場面。
給仕をする、サービスする人の総称である。
有名店には、必ずその店の顔であるギャルソンの愛敬を振りまいていることに気付く。
にこやかな笑顔の奥に含まれた仕事に徹するプロのプライドがそこにはある。
厨房で作られたシェフの料理がお客さまの前まで運ばれて、楽しく、美味しく、召し上がって頂くために料理人と同じセンスを必要とすると職業。
残念なことに我がレストランでは、まだ、料理を運ぶという仕事しか訓練されていないギャルソンでしか、まだありません。
これを完全にクリアするには、キャリアとテクニック、人格を要求しなければならないと私は思う。
ギャルソンのサービスとは単なる演技ではなく、持ち合わせている空気のようなもので、暖かくも、冷たくも、お客さまに敏感に伝わってしまうものなのである。
仲間たちも

東北地方太平洋沖大地震により被災された皆様に謹んでお見舞いを申し上げますとともに、一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
フランスで修行した仲間のフランス料理レストランも被災しました。
仙台市のターブル フクダと塩釜市のシェ ヌーは営業出来ない状態です。
イル ド フランスは第3回 5月14日(土)に催される野菜料理と音楽会での収益金を被災地に全額、義援金として北海道新聞社を通して寄付したいと思います。
私のブログを開いておられる全ての方に、是非、来館をお願いしたいと思っております。
menu
季節野菜のグリル テリーヌ仕立て
ギリシア産ヴァージンオリーブオイル風味クリートマトとともに
季節の野菜のヴァプール カブのピュレとリーフサラダ
トリュフ、エシャロットのドレッシング和え
若ゴボウのポタージュ カプチーノ仕立て
アンディーブのトリュフ風味のグラチネ
メークインのピュレ添え
自家製フイユテ包み
有機人参のバニラ風味のムース オレンジソース
金時さつまいものタルト
道産ホワイトアスパラの自家製バニラグラス
カナダ産メイプルシロップとともに
ヤーコンのソルベ
野菜が主役の料理

この料理を考えはじめてから、ねつけない日が続いている。
野菜の持ち味を最大限に引き出して、尚且つ、空腹感を満たすにはどう表現するか、頭のなかはイマジネーションではち切れそう。
秘められた魅力を持つ野菜は、生産者の思いが素直に形ある野菜となって誕生します。
その野菜を色々な手法で調理すると、それぞれ反応して、質感、香りが抽出されます。
知れば知るほどに、思いがけない多くの顔に出会えます。
前菜、スープ、デザートを野菜だけで表現することは決して難しいことではありませんが、メインも野菜料理となると、豊富な料理知識、高いテクニックを必要とします。
このフルコースが4月1日から当店のメニューに登場します。
全国的にみても新しい試みだと思います。
2010年9月26日
レジメンタルタイ

アメリカのプレパラトリースクールに在学する息子が夏休みには帰国するが、
年を追うごとにその国の習慣、マナーを身につけて変わってくることに気が付きます。
留学生の中には、中国、韓国の裕福な子弟たちも多く、
身に着けているものも高価なブランド品らしい。
学校では一年に一度、正装してフルコースの食事とダンスパーティーが
高校生の社交の場として催されています。
ある日、息子は「良いネクタイと背広が欲しい。」と私にねだる。
三十数年前、アイビー派の私が身に着けていたレジメンタルタイと
ブレザーを洋服ダンスの奥からそっと出した。
「こんなの着てくる人いないよ。」と不満を漏らすが、
これはロンドンで買ったトラディショナルのものだよ、となだめる。
それをスーツケースにしまい込んでくれた息子に目を細め、成長を認めた。
私の青春を刻み込んでいるそのレジメンタルタイは
父から子へと受け継がれていく。
さて当日、女学生の目にはどのように映り、
どちらのスタイルに好意を示してくれるのだろう。
P.S.
この学校には、2名だけの日本人ですが
彼は東北地方太平洋沖地震にとても心を痛め、
校内で募金活動を始めました。
20才への贈りもの

東京にKM(カーエム)という名の店をご存知だろうか。
食通にも料理人の世界でも、よく知られた熱いシェフがいるフランス料理レストランのことである。
パリで一緒に働いた仲である彼と、また出会う機会に恵まれた。
今年1月下旬、東京の音楽学校に通う娘と友人のレストランで食事をしていたとき、
そのマナーの悪さに私は激怒した。
成人となったこの子に必要なものは、何かなと。
名のあるレストランで予約をし、仕事と真摯に向き合う人間の姿から何かを感じて欲しい。
ドアを開けると、カウンター越しに一点に集中したシェフ。
大人の入口に至して、はじめて接する異空間に緊張せずにはいられなかった。
料理の「旨さ」はこの子に感動を与えてくれる。
食後、彼は娘に「パリでお父さんにお世話になったんだよ。」と話し掛けらると、
緊張していた顔から笑顔が生まれ、「来て良かった」と。
そんな父親からの贈りものから何を感じ、何を記憶に留めてくれたのだろうか。
シェフ ピエール

一ツ星レストラン メルキュールギャランが存在していた。
厨房の小さな窓から浮浪者が唄うシャンソンが、聞こえてくる。
「もう一曲唄うからパンをおくれ」と、料理人たちとのこんなやりとりがあった
古き良き時代でもあった。
ここのシェフピエールは、完璧な料理を望み仕事に厳しかった。
だが、椅子に片足をのせサングラスの縁を噛むポーズをとる、
キザな一面も持ちあわせていた。
こんなフランス人シェフが、料理修行の場を求める日本の若者に扉を開け、
心よくこの私も受け入れてくれた。
先日、その仲間から東京に招待するとの電話を受け取った。
あの時のあの情熱、衰えてない彼の姿を願って、「再会」を心待ちにしているのは
私だけではない。
余談
レストランの筋向いに、かの有名なレイモン・オリヴェの
三ッ星レストラン ル・グラン・ヴェフールもあった。
メニューには「ソースミツコ」と日本人マダムの名前が
書き込まれてあったのを、よく記憶している。
何とお洒落な、最愛の人への表現なのだろう。
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