FRIENDS

船橋に住む7人の幼馴染と26人の友人たちが過ごす2019〜2026の7年間

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84日間の旅:15−フィンランド:10

2016-10-17 20:33:39 | 小説
ホテルの前でテルットゥと別れたぼくは、今夜の過ごし方を考えた。
てっきり彼女とよろしくやれると思っていたので、こいつぁ少しばかり当てが外れちまったぜ……、と心の中でつぶやきながら、このままバーに繰り出そうか、それともホテルの一室で胸の弾む賑やかな動画でも失礼しようかと考えていたのだが、ぼくの足はぼくの頭が答えを出すよりも早くホテルの外へとぼくの体を運び、そして、大広場に面したバーに向かった。
カウンターに腰掛け、ビールを一杯。
銘柄の読み方なんてわからないし、なんだか欲求不満のせいでイライラしていたので、ぼくは朗らかな笑顔のバーテンダーさんに下手くそな愛想笑いを向け、ビールサーバーの適当な銘柄を指差し、五本の指を立てた。
「ーー逆だろ」ぼくは呟いた。
目の前に置かれた500mlのビールと20ユーロ紙幣を交換し、小銭を受け取り、ポケットに突っ込む。
テルットゥはぼくを家まで送ってくれたが、それは本来ぼくが女性である彼女にやるべきことだった。
ビールを口に含み、社交用とは別の、精神安定用のダヴィドフのミニシガリロに火を点ける。
短く煙を吸い、口の中で風味を楽しみ、重たい煙を少しばかり肺へ送り込み、ゆっくりと吐き出す。
右手のひらに目の窪みを載せ、人差し指と中指の間から下がる葉巻の先の日をぼんやりと見つめる。
なんだか、落ち込んでしまう。
頭の中で反省会をしようと思うも、なんだか考えがまとまらない。
タバコは、深い呼吸をする手伝いをしてくれる。
15分かけて細い葉巻を吸い尽くしたぼくは、落ち着きを取り戻した心をもってして、ぬるくなったビールをすすった。
Michael BubleのHaven't met you yetの前奏が店内に流れた。
ほろ酔い加減のぼくは、歌を口ずさみ、体を揺らした。
バーテンダーを呼び、先ほどのビールの横の、黄色とブラウンの銘柄が格好いいビールを注文した。ビールを一気に半分ほど飲み干し、ぼくは、葉巻をもう一本を取り出した。
何よりも早く駆け抜けることができる。
石を握り砕くことができる。
魚と並んで海を泳ぐことも出来る。
空を飛ぶことだってできる。
真っ暗な夜でも遠くまで見通せることができる。
犬並に利く鼻のおかげで、初対面の人間の人となりを臭いから判断することもできる。
繊細な味覚のおかげで、健康な体を保つことができる。
雑踏の中でも、コンクリートの上で潰れるアイスクリームの音が聴こえる。
敏感すぎる触覚は、絹スレが少しばかり煩わしく感じられるし、痛みにも敏感すぎる。
人の顔を見れば、その人が何を考えているか、何を感じているか、何を頭に思い浮かべているかが、何となくわかる。
生まれつき、人よりも器用で、たいていのことは、人よりもうまくできた。
なんでもできるし、なりたい人間になりきることもできる。
でも、それがなんだっていうんだろう。
どんなことができても、自分になれなかったら意味がない。
そんなことを歌う曲を、昔、どこかで聴いた。
あるいは、本で読んだのかもしれないし、映画やドラマで見聞きしたのかもしれない。
それで、ぼくは、そんな歌の主人公に自分を重ね合わせたわけだけれど、ぼくは、ぼくが思っていたほど器用な人間じゃなかったし、ぼくは、自分どころか、誰にもなれなかった。
優しい人は、ぼくの人生はまだ始まったばかりで、絶望するのは早いとかいうけれど、どうなんだろう。
20歳は目前だ。
十代のうちにやりたいと思っていた事は今やっている最中だけれど、でも、どうなんだろう。
ぼくは、何をやりたいのか、何になりたいのか、何をやるべきなのか。
そんなことを毎日のように頭に思い浮かべて入るけれど、何だか、ただ、頭に思い浮かべているだけのような気がする。
そうすることで、自分をごまかしているのだ。
自分は自分に与えられた時間を無駄に使っているわけではない、大切に毎日を過ごしているのだ。
実際は、やり損ねた女性に対する悔しさや、上手に女性を連れ込むことができた時の達成感とか、過去のことに思いを巡らせてばかりで、未来のことなんか、ろくに考えてもいない。
美しい思い出は、辛い時の支えになってくれる。
自分が強さを絞り出した時の思い出は、自分に力があるのだということを思い出させてくれる。
そして、辛い思い出は、自分から、すべてを奪う。
真っ暗な部屋。
締め切ったカーテンの隙間から入り込んでくる日差し。
朝から晩まで、PCのモニターとにらめっこをしたり、本を読んだり、映画を見たり、音楽を聴いたりするけれど、何も心に響いてこない。
心を埋め尽くす虚無感。
時々、胸の底から溢れ出す、やり場のない憎しみや怒りや後悔や自己嫌悪が、そんな空っぽの心の器を埋め尽くし、ぼくの口から奇声となって溢れ出す。
シャワーは浴びるけれど運動はしない。
だから、体の中に溜まった老廃物が、ほっぺたから滲み出てくるし、汗も臭い。
日に日に、心は歪み、体が汚れていく。
醜い怪物になっていく自分。
そんな自分に対する嫌悪。
左手の手首には、自分を落ち着かせようと始めたリストカットの跡。
手首から溢れ出る血を見ていると、不思議と心が安らいだ。
部屋を出ようと思ったのは、貯金が尽きかけて、これ以上働かない時期が続くとマズイと思ったからだ。
久しぶりに出る家の外。
世界に押しつぶされそうになる。
呼吸が辛く、動悸が激しくなる。
人差し指を立てて、こめかみに当てる。
人差し指を立てて、左手の手首をなぞる。
職場で人と話しても、なんだか噛み合わない。
人と関わっても、自分の歪みを再認識するだけ。
それでも、生きている以上は現実と向き合わないといけない。
勢い余って手首を切りすぎた。
心地よい感覚の中で、徐々に意識を失っていく。
訪れる安らぎ。
口元には微笑みが浮かんでいるし、目元は笑っている。
鏡なんてなくても、自分が今、どんな顔をしているのかがわかった。
それでも、ぼくは、意識が落ちる数瞬前に思ったことを、今でも覚えている。
幸せな思い出。
覚えているはずもない、物心がつく前のこと。
それらが、動画となって、頭の中で再生された。
ぼくに向けられる、たくさんの微笑み。
病院の天井を背景に、たくさんの人が、ぼくに微笑みを向けていた。
幸せな表情を浮かべているはずのぼくの目尻からこぼれたのは、後悔の涙だった。
死が間近に迫った時、ぼくは、思った。
生きたい。
そんなことを、ぼくは思っていた。
長い夢のあとで眼を覚ますと、ぼくは、病院のベッドの上にいて、そして、生まれたばかりのぼくに微笑みを向けてくれていた人たちが、ぼくに泣き顔を向けていた。
ある人はぼくを殴り、ある人はぼくに怒鳴り声を浴びせてきた。
そして、そのあとで、ぼくを抱きしめたり、ぼくの頭を撫でたりしながら、泣いていた。
ようやく周りが静かになった頃、ぼくは、薄暗い病室の天井を見上げていた。
窓の外には明るい星空が広がっていた。
丸井、銀色の月が、ぼくの顔を照らしていた。
ぼくは、大好きな月をぼんやりと見つめ、そして、ぼんやりと思った。
終わったんだ、これからどうしよう、ぼくのような奴のために生きてみようか。
そんなことが、一瞬の間に、頭の中に浮かんだ。
半年前のことなのに、遠い昔のようにも、つい最近のようにも思える。
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