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馬淵明子の「舞台の上のジャポニズム」を読む

2017-11-01 15:18:45 | 読書
日経新聞の書評で見かけたので、さっそく「舞台の上のジャポニズム」を読む。NHKブックスの1247番で、280ページほどの本。著者の馬淵明子は西洋美術史の専門家で、現在は国立西洋美術館長となっている。僕の興味は「舞台の上の」という点だが、著者は「はじめに」の中で、西洋におけるジャポニズムの受容史みたいなことを目指しているムードで書いている。なぜ、「舞台の上」にこだわったのかは、よくわからないが、これまでの先行研究が文学的な観点だったので、この本では美術的に図像をたくさん収録したとしている。

その通りに、今まで知らなかったような舞台の図版が数多く収録されているので、見ているだけだ楽しい。

全体は4章にわかれていて、1~3章は1870年代、1880年代、1890年代の日本をテーマとした演劇などを拾い、その内容、図版、批評などが示される。最後の4章がまとめというか、1900年にパリでも公演した川上音二郎と貞奴の公演の内容や、ロイ・フラーが目を付けて、興行的な観点から切腹場面を追加させたこと、また、21世紀におけるジャポニズムの現状などについての考察がある。ロイ・フラーはサーペンダー・ダンスで有名になった、モダンダンスの創始者で、イサドラ・ダンカンも見出した人だが、興行的にも鋭い感覚を持っていた人なので、そうした背景説明がもう少しあっても良かったかも知れない。

本の副題には「演じられた幻想の<日本女性>」となっていて、絵画的な用語で簡単に言うとすれば、日本を表すイコノグラフィーとして、「芸者」「切腹」「富士山」「ミカド」などが使われたとしている。その中でも、著者はジェンダー研究との関係から、「芸者」については西洋からの特別な視点があったのではないかというムードで書いている。

パリの舞台からの採録は14本にも及び、それぞれについて、詳細なプロットや批評が出ているのは大変貴重で勉強になった。このうち、バレエの「イエッダ」、「お菊さん」、ロンドンでヒットしたシドニー・ジョーンズのコミック・オペラ「芸者」などについては読んだことがあったが、他はこの本だ初めて知った。よく調べたと感心する。

19世紀末のパリだから、演劇だけでなく、オペレッタやメロドラマ(付随音楽付きの演劇)、パントマイム、バレエなどで幅広く日本が取り入れられているが、そうしたジャンルの違いによる日本の受容の違いについてはほとんど触れられていない。

この時代のバレエなどは未だロマン主義的な色彩が強く、一幕は現実世界を描き、二幕は幻想世界を描くというような伝統があったのではなかろうか。典型は「ジゼル」のイメージだ。そうした中で、日本の着物のリアリティをうんぬんしても、殆んど意味がないかも知れない。「ラ・バヤデール」の中に本物のインドを観たいと思うのだろうかということだ。これはマイムの世界でも同じだろう。

当時の舞台の図録は見てみると、結構よくできていて、着物や小物などについてはよく日本のムードが出ている気がするが、建物についてはどうも中国風が混じってしまっているようだ。この本では日本からの絵画や小物、着物、美術品の輸出との関係が出てくるが、下岡蓮杖が横浜で写真館を開いたのが1862年だから、写真も出回っていたのではないかなという気がする。いわゆる外人向けに作られた「横浜写真」が参考にされた形跡はないのだろうか。本の中でも、一か所だけ横浜写真についての記述が出てくるが、今後研究されて良い分野ではないかと思える。

副題にあるような意味での、日本人女性=芸者という描き方は、14本の舞台作品でみる限り、そう極端に出ていないという気がするのだが、こういう副題を付けたのは、著者の考えなのだろうか、それとも編集者の考えなのだろうか。本の内容からすると、無理にそこへ結びつけずに、「舞台の上のジャポニズム」の研究で十分に価値があるように思える。

もしも、副題のようなことを主張するのであれば、もっときちんと、その説明をしないと、本を読む限りにおいては、ちょっとこじつけの感じを受けた。

いずれにしろ、これまでにない、貴重な研究だと思うので、これをもとにもっといろいろな研究が出てくることを望みたい。



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