劇場と映画、ときどき音楽と本

オペラ、バレエ、歌舞伎、文楽などの鑑賞日記です

ヴェネチアのフェニーチェ座で「夢遊病の女」を観る

2017-07-13 09:31:41 | オペラ
7月2日の午前中にヴェローナからヴェネチアに移動して、フェニーチェ座でベッリーニの「夢遊病の女」を観る。日曜日のマチネーで午後3時の開演だったので、ローマ広場近くにとった宿にチェック・インして着替えて、大運河を走るヴァポレットに乗り、2番線の急行でサンマルコ広場まで行って、そこからは歩いて劇場に向かった。

持っていた地図を頼りに、近道をしようと思ったら、劇場の裏に出てしまい、どこが入り口かわからずにうろうろとする。すると向こうからジャケットにネクタイ姿の30歳代半ばぐらいの英国人男性がやってきて、オペラを観にいくのかと英語で尋ねられた。この時期のヴェネチアの日中はかなり暑いので、僕のようにスーツにネクタイ姿というのはオペラ客しかいないので、すぐわかるのだろう。

やはり、入り口を探しているというので、一緒にこっちだろうとあたりをつけて歩き出した。どこから来たのかと聞かれたので、日本からだと答えたら、その男性は日本に3年間いて日本映画を研究していて、今は英国の大学で日本映画を教えているという。僕がミラノ・スカラ座から回ってきたというと、彼の方はボローニャで山中貞雄ほかの日本映画の上映会があって、その帰りに寄ったという。

僕も古い映画は見ている方だが、山中貞雄といわれると、「丹下左膳余話 百萬両の壺」、「人情紙風船」ぐらいしか見ていないので、結構ヨーロッパの日本映画研究もレベルが高いのかなと思った。古い作品も好きなのだが、今は是枝裕和の研究書を書いていると話すので、新しい監督も良いが、やっぱり僕は戦前の小津だとか成瀬が好きだなあなどと話しているうちに、劇場に着いたので、別れて頭をオペラ・モードに切り替える。

フェニーチェ座は座席数1,500席ぐらいと書いてあるが、実際に劇場内に入った感じでは随分と小さい感じで、1,200席ぐらいのイメージ。恐らく見ずらい席を除くとそんなものではないかと感じる。1996年の火災で全焼したために、全世界で再建の募金が行われて、僕も東京のイベントで少額ながら寄付をした。だから、どれだけ立派に再建されたか一度見てみたいと思っていたが、やっとその願いがかなった。フェニーチェはその名の通り不死鳥なのだ。

フェニーチェ座というと、ヴィスコンティが「夏の嵐」という映画の冒頭で、「イル・トロヴァトーレ」の場面を使ったのが有名だが、その映画でアリダ・ヴァリがオーストリアの将軍とオペラを観ている、2つか3つ続いた舞台脇のボックス席は、映画のとおりに再現されていて、うれしかった。内装は金で覆われて彫刻やレリーフ風のだまし絵で飾られたもので、美術的にも一級品の仕上がり。珍しいのはオケボックスの真上に大きな時計があることで、ちょっと驚いた。平土間の座席は普通の肘掛け椅子をそのまま床に固定してある。平土間の床は若干傾斜しているので、結構見やすい。音響はスカラ座と同じで、残響は少なく、抜けが良いので楽器が一つひとつ分離して聞こえる。声もストレートで気持ちが良い。

この爽快な音を聞いて、昔のLPレコードの時代を思い出した。1960年代の末のLPレコードの終わりに近づいた時に、確かSX-68という機械だったと思うが、新しいカッティング・マシンが登場した。日本のLPレコードはアメリカからマスター・テープを取り寄せて日本でカッティングしていたので、何か霞がかかったような音だったが、ある時、アメリカのコロンビア社の新しいカッティング・マシンで作られたLPレコードを聴いて、その音の抜けの良さに驚いてしまった。その時の驚きと同じような驚きを、イタリアの歌劇場では体験した。これまでは本でいろいろな歌劇場の知識は得ていたものの、残響時間の短さと音響との関係についての情報に接したことがなかったので、一度は体験しないともったいないという気になった。

ミラノ・スカラ座に比べると観光客が多い印象。もっともヴェネチアの町の住人はどんどんと減っていて、ホテルや民泊ばかりになっているので、当然と言えば当然だろう。この劇場もチケットはオンライン購入して印刷したものを持参すればOK。僕は前から4列目のほぼ中央で観たが、5列くらい後ろには日本人のツアー客が10人ぐらい添乗員に案内されて来ていた。日本もコンビニ発券や、郵送のようにオケ根のかかる仕組みを止めて、PDFの印刷発券に変えた方がコスト的にも安いし便利だと思う。

さて、演目はベッリーニの古典的なオペラ・セリアだが、ちょっとセミ・セリアで気軽に観れる作品だ。今回の公演では時代を1940年頃のスイスのスキー宿に移して現代的な風俗で演じられているが、あまり違和感はない。特に最近は1幕2場の宿の寝室場面を簡略化して、宿のロビーでそのまま演じるような演出が多いが、今回の公演ではきちんと寝室に切り替えていて好感が持てる。

それでも、歌詞との整合では若干の無理があり、伯爵の登場では「馬車の音が聞こえる」という台詞があるが、この舞台ではスキー場のケーブルカーに乗って登場する。しかしよく見ると、ケーブルカーの上に「○○馬車号」みたいな名前がついており、工夫の跡が見られた。寝室の場面で、宿の女主人は思わずハンカチーフを忘れてしまうというのがオリジナルの演出だが、1940年ではハンカチーフではなく、大胆にも上着を脱がされてそれを忘れて行ってしまう。これは、最後の方で歌詞の中に「ハンカチーフ」と出てくるので、やはりちょっときつい。もっとも、以前に観たパリ・オペ版では、黒いストッキングと靴を片方だけ忘れて行ってしまういうすごい演出だったので、まあ、おとなしい方だろう。

他にも、村人たちではなく、すべてスキー客に替えてあるので、なかなかうまく演出して見せるものだと感心した。主演のアミーナ役イリーナ・ドゥブロフスカヤというロシア系のソプラノで、小柄ながら素晴らしい声量で高い声までのびやかに出した。もう一人良かったのは伯爵役のロベルト・スカンディウツィで風格のある演技と歌を聴かせた。指揮はファブリツィオ・マリア・カルミナーティで、演出はべーピ・モラッシ。

ちょうど6時半ごろに終わったので、劇場から少し歩いてレアルト橋のそばにあるレストランで食事した。ヴェネチアなので、魚介の前菜と魚介のパスタ。プロセッコを飲む。
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