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オペラ、バレエ、歌舞伎、文楽などの鑑賞日記です

能とオペラ 「松風」をめぐって

2018-01-10 17:54:18 | オペラ
国立能楽堂で、「松風」をめぐって、という能の実演と座談会があり、1月10日の昼に観てきた。午後2時から始まり、前半に40分ほど能の舞囃子形式での抜粋上演があり、20分の休憩をはさんで、後半は約1時間の座談会。終了は4時だった。平日の昼間だということもあり、多くは高齢の年金生活者という客層か。

主催は新国立劇場で、共催が国立劇場側となっている。思う所、2月に細川俊夫のオペラ「松風」を新国立劇場で上演するにあたり、原作の能と比較して宣伝をしようということだろう。新作のオペラは世界的にも人気があまりなく、新国立劇場も観客の入りを考えると、古典的な人気演目に上演が偏りがちだが、ドイツで評判をとった日本人の新作でもあり、何とか日本初演を成功させたいということだろう。能楽場のロビーでもチケット販売をしていたが、まだだいぶ売れ残っているようだ。

前半の能は、人気演目のダイジェストで、汐汲みの段と、狂乱の段が演じられた。やはり通しで観ないと面白みが判らないなどと思いながらも、全部を通しで観たら眠くなるのは確実だと思う。それは、地謡の言葉がよく聞き取れないというか判らないからだろう。オペラだって判らない言語で歌うが最近は字幕付きなので、内容が理解できる。能だって、座席の後ろにディスプレイがついているのだから、こうした謡の内容を、日本語や英語で出せばよいのではないだろうか。一応、印刷された台本が配られたが、場内がちょっと暗いので、あまり読んでいられない。

後半の座談会は、能でシテを舞った観世銕之丞とオペラを作曲した細川俊夫に、細川氏の本を翻訳した大学教授の柿木伸之、それに能楽関係に詳しい大学教授の宮本圭造が司会という顔合わせ。細川俊夫に作曲の経緯を語らせたのは面白かったが、能楽師はオペラとの接点はあまりないので、話は直接にはかみ合わない。

細川俊夫は、能楽の表現形式や様式的完成度の高さに言及した割には、オペラはそれを取り入れられないので、それを捨て去って再構築したと語る。そうなると、残るのは物語性と登場人物の精神なのか。柿木氏はドイツでは毎回満員盛況で人気が高いと話していたが、能の精神や物語性が受けたのかどうなのかはあいまいな答えだった。ビデオでオペラの場面が紹介されたが、いかにもドイツ人の好きそうな現代的な音楽。現代的なダンスと歌を組み合わせた新形式が人気なのかも知れないと思った。

オペラは90分ほどの上演時間で、司会者もワーグナーのように4時間もかからなくてよかったと冗談を飛ばしていたが、後ろの席にいた高齢のご婦人は「難しいわねえ」とささやきあっていた。

僕が聴いていて面白いなと思ったのは、「松風」の題名には「松」だけでなく「待つ」という意味もあるのだという能楽師の話。来ない人を、二人であてもなく待っているという状況は、まさしく「ゴドーを待ちながら」みたいなシチュエーションで、不条理な話だと理解できた。

日本では能楽も現代オペラも客の入りは少ないので、そうした点では、能楽師もオペラ作曲家も抱える問題は同じか。庶民が歌舞伎などの判りやすい芸能を愛したのに対して、能楽は太閤や将軍が愛好したもので、17~18世紀のオペラみたいなものだ。庶民が愛好したのは19世紀の大衆的なオペラであり、20世紀の芸術家の独りよがりのオペラではないということだろう。

いろいろと、考える機会があり、珍しい顔合わせの対談だったので、それはそれで面白かった。切符の売れ行きが悪いようなので、是非、みんなで見に行ってほしいと思った。

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