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「眠れる森の美女」はやっぱり面白い

2017-05-14 09:21:03 | バレエ
5月13日(土)のマチネで、新国立劇場の「眠れる森の美女」を観る。配られた公演リーフレットには「眠れる森の美女」に加えてThe Sleeping Beautyと書いてある。そうか、英語では「眠れる美女」なのだ。マリインスキー劇場での初演だからロシア語の原題が気になってオックスフォードの舞踊事典でチェックすると、ロシア語の原題も「眠れる美女」であり、「森」はない。フランス語の原題も載っていて、それは「眠れる森の美女」となっている。まあ、ペローの原作となっているから、フランス語ではペローの原作に従ったようだ。

日本語では、眠っているのは森なのか、美女なのか分かりにくいが、フランス語では「眠る」はジェルンディオで「森」を修飾しているので、正確には『「眠れる森」の美女』ということになる。英語とロシア語では森は出てこないので、眠っているのは美女しかない。川端康成の「美しい日本の私」やそれを意識した大江健三郎の「あいまいな日本の私」で明らかなように、日本語はいい加減というか、融通の利く言語なので、「眠れる森の美女」はそれなりに定着して良いのではないかと思う。たまに、眠っているのが森なのだからと主張して「眠りの森の美女」との題名も見かけるが、そこまで気にしなくてもという気がする。

オックスフォードの事典によると、マリウス・プティパがルイ14世時代の宮廷や踊りへのオマージュとして作ったというので、時代風俗はルイ14世時代に合わせるのが良いのかも知れない。今回の新国立劇場での公演は2014年初演版の再演だが、川口直次の美術、トゥール・ヴァン・シャイクの衣装とも必ずしもルイ14世風ではないが、絢爛豪華で目を見張る美しさに驚く。特に、第3幕の宮廷での結婚式はきんきら金の宮廷装飾でやり過ぎではないかと思えるぐらいの装置だ。でも、この豪華さが、このバレエには良く合っている。

振付はマリウス・プティパの原振付に基づいてウェイン・イーグリングが再構築したもの。オリジナルがどうであったかは知らないが、一般的には悪い魔女のカラボスは男性によって踊られるが、今回は女性が踊る。逆に、結婚式で出てくる4人の宝石と金の踊りのゴールド役は、普通は女性だが今回は男性が踊っている。それと、カラボスと良い妖精のリラの精を対比的に描いているのも特徴だろう。プロローグの冒頭で、二人の対立が紹介される場面が追加されている。

この絢爛豪華で登場人物の多いバレエを日本で本格的に見れるのは何と幸せな事だろうとつくづく思い。プロローグだけで早くも感動がこみあげてくる。あのディアギレフだって、このバレエを西欧に紹介したいと思ったが、資金面などで完全版は上演できずに、結婚式の場面のみの上演しかできなかったという。全幕が本格的に西欧社会で上演されるようになったのは第二次世界大戦後らしい。

日本での上演はどうなのだろうと思って日本芸術文化振興会がまとめて新国立劇場が出した「日本洋舞史年表」を見ると、「白鳥の湖」は戦後すぐの1946年から繰り返し上演されているが、「眠れる森の美女」の全幕版は1952年11月の小牧バレエ団の公演が日本初演となっている。戦後のまだ貧しかった時代によくこの作品を上演したと感心したりする。題名はこの時から「眠れる森の美女」だったようだ。

さて、今回の13日はオーロラ姫を小野絢子が踊る。デジレ王子はいつも組んでいる福岡雄大。リラの精は細田千晶で、対するカラボスは何と米沢唯という豪華な配役。

小野絢子は米沢唯と並んで新国立劇場の誇るプリマだけあって、堂々と安定した踊りぶり。1幕の16歳の誕生日の場面では、いかにも16歳らしい溌溂とした若さが表現されている。その後に、4人の王子が紹介されて、テクニックを試すような「ローズ・アダージョ」となるのだが、4人と踊る中で小さなミスがあった。とるに足らぬような小さな問題だが、小野絢子にしては珍しいなと思ったが、全体としては問題ない。第3幕の結婚式の場面の福岡雄大とのグラン・パ・ドゥ・ドゥは安定した素晴らしい踊りを見せて、プリマの貫録を見せた。

休憩時間にプログラムをよく見ると、今回は5回公演でオーロラ姫を踊るのは4人。米沢唯だけが2回踊り、他は1回だけ。リラの精、カラボスもダブル・キャストになっている。他の役も大半がダブル・キャストになっている。問題なのはローズ・アダージョでオーロラ姫の相手をする4人の王子のうち二人がダブル・キャストになっていて、交代出演と書いてある。プログラムを印刷に回す段階でまだ、どの日にどちらが踊るか決まっていなかったのだろうか。ちょっと心配になる。

3幕の結婚式の場面で、赤ずきんや猫たちが日替わりで代わっても、本人たちだけで踊るヴァリエーションなので問題ないと思うが、4人の王子たちは1幕でオーロラ姫の相手をする役割だ。オーロラ姫も日替わりで、4人の王子も日替わりでは一体どうやって練習して、練度を高めていくことができるのだろう。せめて王子を4人とも固定しておかないと、これでは細かなミスが出るのは当然だろう。これは踊り手の責任というよりも、製作スタッフの問題だと思う。

日替わりでいろいろなキャストを出せば、一部のマニアはいろいろと比較してみたくなり、全部に足を運ぶかも知れない。ファンもいろいろ見る事が出来て、観客動員も増えると劇場側は考えているかも知れない。だが、5月5日から13日の1週間の間に同じ演目を4回も見るのは異常ではないか。これでは短期的には良いかも知れないが、長期的には観客も踊り手も育たないのではないだろうか。

キャストをいろいろと見せるならば、数か月おいて違う公演として見せるべきではなかろうか。オーロラ姫に過度の負担がかからないように、キャスティングには細心の注意を払ってもらいたい。

さて、今回の製作の目玉でもあるカラボスとリラの精の対比はどうか。カラボスを踊ったのはこれも新国立の誇る米沢唯だから、踊りに問題は全くないというか、カラボスという役はそれほど踊らない。しかし、悪役だから意地悪で憎らしく、他人では太刀打ちできないような力も感じさせる必要がある。そうした点では、米沢唯では迫力不足の感じがある。ちょっと可愛さの残ったカラボスというイメージで、凄味が感じれれない。

もう一方のリラの精の細田千晶は、包容力と優しさで舞台を包み込んでほしかったが、そうしたスケールの大きな踊りにはなっていなかった。多くのリラの精を従えているのだから、そうした大きな包容力がこの役の踊りには欲しかった。

結婚式の場面では、青い鳥を踊った井澤駿が見事に踊った。さすがだなと思う。

いろいろと、細かな点では気になったが、この作品はやはり面白い。チャイコフスキーの音楽も、器楽曲として評価されるかはともかく、バレエ音楽としては最高の出来で、アレクセイ・バクラン指揮の東京フィルハーモニーの演奏も楽しめるものだった。雨の中をわざわざ出かけた甲斐があった。帰りは近所のスペイン・バルで軽い食事。イカのフリットスや若鳥のローストを食べる。

次のシーズンでもこれは演目に入っているが、是非とも4人の王子は固定してほしいものだ。



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